思い込み

文字数 1,126文字

夫が家を出ていって半年以上経った。夫の不祥事は厳重注意という一番軽い処分にとどまり、家を出て3週間で職場復帰を果たしたと、義妹から聞いた。年度末で、自主退職の可能性があることもほのめかしていたので、そのタイミングで離婚の話が進むかと思ったけれど、夫は違う中学校への異動が決まって、校長職を続けているらしい。
夫は本当に昔から、いろいろなことを覚えていない。家族で行ったところも、一緒にやったことも話題にしたことも覚えていなくて、子ども達にも「父さんもいたよ」とよく指摘されて笑いを取っていた。覚えていないことを自分でも不思議がって、脳ドックを受けたこともあった。異常はなかった。きっともう、自分に妻や子ども達がいたことを忘れて、生活していられるのだと思う。
私の身に何が起こったのか、私の四半世紀が何だったのか、私はそれに意味を与えたくてもがいている。もう復縁はない。ただ夫にも私にも、何か意味があったのだとして、前に進みたいだけだ。
夫について考えを巡らしたことは、私の中で苛立ちだったり同情だったり障害の疑いだったり、収拾がつくことはない。ただ私が得たことを考えると、私達は気付かないだけで、様々な思い込みに囚われて生きているということに辿り着く。
私は両親のもとに生まれて、そういうものだと思い込んでいたことに、私自身が苦しんでいたことに気づいた。学校で認められること、学業を終えて就職すること、適齢期には結婚すること。子供が生まれたら責任を持って立派に育てること。養ってくれる夫を立てて尽くし、横暴にも目をつぶること。親の顔を潰さないこと。それらは両親から刷り込まれたことでありながら、両親には、この国のその時の社会に刷り込まれたことでもあった。
人はその時の社会で生き抜く強さや正しさを求めて、子供の行末を案じる親心の顔をする。無垢な子供はそれを信じて自分のものにする。時代が違えば、正義のために戦い、人を殺すことを求めるのが国や社会だ。平穏にあっては正しく選択できることも、恐怖を前にしたときには生きるためにやむを得ない選択をすることもある。誰のせいでもない。みんな生きようとしているだけで、社会での強さや正しさは、こんなにも不安定で簡単に移り変わる。
私が夫について言及することを、夫は望まないと思うけれど、私は私の平穏のためにこう納得したいと思っている。夫はまだ、子供の頃親から思い込まされた迷路の中だ。立派な親の顔を潰さないように自分に何かを課し続けている。それを失うと生きていけなかった恐怖が、夫を捕らえて離さない。何かが苦しくて自分が幸せでないことが分かっていても、そこから抜け出すのは難しい。そんなところが私に似ていて、共鳴したのだと思う。
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