第16話 千歳の妹、滝

文字数 1,453文字

 豊臣秀吉が将軍だった時代、ポルトガルの宣教師が中心となり、

初の慈善団体「ミゼリコルディア」が創立された。

その後、信者たちから集められた寄付金により病院や孤児院を設立した。

「ミゼリコルディア」は知る人ぞ知る存在で、

隠れキリシタンが関与しているといわれており、

これまで何度も、幕府から迫害や妨害に遭いながらも活動を継続している。

シーボルトが、「ミゼリコルディア」の医師と知り合った経緯が気になる。

そんなおり、花魁の千歳が、「いわ」(乳がん)と呼ばれる病になったと

「引田屋」の主人から知らせを受けた。

千歳は疎遠になっている間も、慶賀を思い続けており、

死ぬ前に一目会いたいと懇願したらしい。

千歳が花魁になってすぐ、偶然、慶賀は、「花魁道中」に出くわした。

慶賀は、きらびやかで美しく磨き上げられた

千歳をまぶしく感じて、遠くに行ってしまった気がした。

己の運命を受け入れた後の千歳は見る見るうちに、

人気者となり、花魁まで昇りつめた。

慶賀は、千歳が、苦悩していたことを知っていればこそ、

尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

病の淵にある今は、頬はこけてやせ細り、かつての面影はなかったが、

どんなに、痛く辛くても、

弱音ひとつ吐かず辛抱している千歳を放ってはおけなかった。

千歳の妹、滝が禿として、千歳の身の回りの世話をするため

傍にいることがせめてもの救いらしい。

滝はまだ幼いが、姉の千歳に似て美人だ。

遊女になれば、すぐにでも、上客がつくだろうと期待されている。

慶賀は仕事の合間をぬって、千歳のお見舞いに訪れた。

千歳は自力では、起き上がれないほど衰弱していた。

「千歳。大丈夫か? 」

 慶賀が千歳の顔をのぞき込むと訊ねた。

「大丈夫よ。来てくれてありがとう」
 
 千歳がか細い声で答えた。

「あなたが、川原慶賀さんですか? 」

 滝が、慶賀に訊ねた。

お滝は、気立てが良くて優しい娘だと聞いたが、

慶賀に対する態度が冷たい気がした。

「そうだよ。あんたは、千歳の妹さんかい? 」

 慶賀が言った。

「どうして、今の今まで、

姉さんに会いに来てくれなかったのですか? 」

 滝が、慶賀を責めた。
 
「滝。おやめ」

 千歳が、滝を小声でとがめた。

「姉さんはずっと、あなたを待ち続けていたせいで、

心労がたたって病気になったのよ」

 滝が訴えた。

「会いに来るまで、時がかかってしまってすまない」
 
 慶賀は頭を下げると、心から詫びた。

「姉さん。疲れたでしょう? 少し、眠った方がいいわ」

 滝が、千歳に告げた。

「慶賀さん。せっかく来てくれたのにごめんなさい」

 千歳はそう言うと、目を閉じた。

「気にするな。また来るよ」

 慶賀はそうは言ったものの、

いつまた会えるのか約束出来る状態ではなかった。
 
 慶賀が引田屋を出た時、滝が追いかけて来た。

「慶賀さん。お願いがございます」

 滝は、慶賀に追いつくと頭を下げた。

「何だい? 」

 慶賀が訊ねた。

「出島に来られたオランダさんに、

どうか、往診して頂けないか頼んで頂けませんか? 

そのオランダさんは、名医だと聞いております。

もしかしたら、姉さんの病を治してくれるお方かもしれません」

 滝がすがるような目で懇願した。

「シーボルトの事を言っているのかい? 」

 慶賀が訊ねると、滝がこくんとうなづいた。

「誰でもない、千歳のためだ。

無理やりにでも、往診に来させるさ。約束するよ」

 慶賀が告げた。

「ありがとうございます。先だってのご無礼お許しくだされ」

 滝はそう言うと、深々と頭を下げた。

「謝る必要はないよ。それより、千歳を頼む」

 慶賀が告げた。

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