第15話 ミゼリコルディア

文字数 1,465文字

 慶賀は、シーボルトの薬草採集に参加する事になった。

 シーボルトの薬草採集の案内人は、植物学に精通している茂伝之介と

日本植物学の専門家でもある高良齋の2人が交代で勤めている。

高良齋は、シーボルトの研究に共感して門人になったという。

2人の若者は、シーボルトの日本語の先生としても力を発揮していた。

特に、高良齋の方は賢くて、オランダ語にも精通していることから、

シーボルトから信頼されているようだ。

シーボルトは遠慮なく、慶賀に対していろいろと注文をつけた。

 1日に、何10枚もの同系色の薬草を

写実させられるため自然と薬草の名前を覚えた。

シーボルトは早足で、野原を歩きまわりながら、早口で、細かく指示を出す。

頭の回転が速くて、記憶力や判断力は抜群だ。

体力に自信があった慶賀も1日中、シーボルトに連れまわされた

初夜はへとへとに疲れた。

しだいに、慶賀の中に、

シーボルトは、長崎奉行所が警戒するような

不審な人物ではないと信じたい気持ちが芽生えた。

ある日。外科室に採取した薬草を運ぶと、

ビュルゲルが、コーヒーを飲んで休憩していた。

「シーボルトと慶賀はまるで、親子みたいだ」

 ビュルゲルが、シーボルトと行動を共にする

慶賀の様子を見て、「親子」と表現した。

ビュルゲルは薬剤師だ。

実験や実測において、シーボルトを手助けしている。

シーボルトの専属絵師に就任した当初、

最初に親しくなった商館員が、ビュルゲルだ。

「親子だって? せめて、兄弟と言ってほしいな。

そんなに、年は離れていないぜ。ビュルゲルおじさん」

 慶賀は、おじさんの部分を強調して言い返した。

ビュルゲルは苦笑いすると、慶賀のコーヒーカップにコーヒーを注いだ。

「シーボルトのやつは、足が速いし口も達者だ。

最近は、腰や目が痛くてかなわんよ。

それもこれも、あいつにふりまわされているせいだ」

 ビュルゲルが愚痴をこぼした。

「あんたも、たいしたものだぜ。

責任感が強いのも良いが、休む時には休めよ。

働きづめでは、この先、からだが持たねぇぞ」

 慶賀が言った。

「お気遣いどうも。

おまえさんの優しさの半分でも、あいつにあれば良いがね。

あいつは、他人のことには無頓着だから困る」

 ビュルゲルがぼやいた。

ビュルゲルの背後の台の上には、資料や書物が山積みになっている。

また、ガラス戸棚には様々な薬品、試験官・器具がぎっしり入っている。

何日も洗濯していないようなうす汚れた白衣が壁に掛けられていた。

植物園へ入ると、見知らぬ日本人が、シーボルトと談笑していた。

その日本人は、着物でなく、詰め襟の西洋服を着ていた。

「あそこにいる日本人は誰だい? 」

 慶賀は、シーボルトの下僕を捉まえると訊ねた。

この下僕は、シーボルトが、

インドネシアから連れて来たまだ十代の少年だ。

名前は、ジャモニイという。

「あちらにおられる紳士は、ミゼリコルディアの医師です」

 ジャモニイが答えた。

「何だい、そのミゼリコルデイアというのは? 」

 慶賀が前のめりの姿勢で訊ねた。

「ご存知ありませんか? 

孤児や身寄りのないお年寄りのために、慈善事業をなさっている団体です。

なんでも、無償で、診察や治療をなさるそうです。すごい方たちなんですよ」

 ジャモニイが目を輝かせながら答えた。

「無償だなんて、どうやって、運営を維持するんだい? 

資金がなければ、薬を調達出来なければ、満足な治療も出来んだろ」

 慶賀がそっけなく言った。

「それが、ふしぎなんですよね」
 
 ジャモニイが決まり悪そうに言った後、

シーボルトに呼ばれたと言い訳すると、そそくさと、慶賀の前から立ち去った。

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