第23話 出島式結婚式

文字数 1,673文字

 再会した翌日。滝が、

シーボルトの部屋から慶賀のいる画工室へ来た。

「慶賀さんのおかげです。ありがとう」

 滝は幸せオーラに包まれていた。

これでひと安心だ。シーボルトは、

出島乙名へ滝の「長期滞在許可」を申し出た。

それから数日後。滝は、

シーボルト付きの遊女として「長期滞在する許可」を得た。

何も知らない人間からすれば、「引田屋」の遊女が、

商館医に見初められて、恋仲になったとしか見られていないだろう。

慶賀以外の人間が、滝が、シーボルトと添い遂げるため、

一大決心をして、遊女に戻ったことを知る由もない。

 一方、シーボルトは、滝を

単なる遊女として軽くあしらう事はせず、

商館員や使用人たちに、

滝を「シーボルト夫人」として接するよう求めた。

滝は、そんなシーボルトの気持ちに応えたいと、

オランダ語やインドネシア語を必死に覚えて、

シーボルトに関わる人たちとも打ち解けるよう努力をした。

その甲斐あって、シーボルトの周囲の人たちは好意的に滝を見るようになった。

「慶賀。滝とまことの夫婦になるためにはどうしたら良いんだい? 」

 シーボルトは、滝を自分の妻として公表したがっていた。

シーボルトが、全国的な有名人である一方、滝のことを知る者は少なかった。

「慶賀さん。気にしないで。私は、お傍にいられるだけで満足なんだから」

 滝は、シーボルトとのことを世間に知らしめようとは考えていなかった。

 2人の愛は静かに育まれている。

 慶賀は昔、出島で結婚式が行われたという話を思い出した。

式を挙げることが出来れば、2人は、形式的に夫婦になれると思い立った。

 滝が、「いずれ、シーボルト様は帰国する運命ではあれど、

それまでの間だけでも、夫婦として過ごせれば十分幸せだ」と

言うのを聞いて、何かしてやりたいとずっと思っていた。

「出島で、結婚式を挙げられないでしょうか? 」

 慶賀は、町年寄にかけ合った。

 町年寄をはじめとする地役人たちは最初、

慶賀の突飛な発言に対して、前代未聞だとして却下した。

それでも、慶賀は必死に懇願し続けた。

やがて、慶賀の熱意は、出島の地役人たちの心を動かした。

出島内で、シーボルトと滝の結婚式が実現したのだ。

某日。慶賀、シーボルトの側近、

商館員、町年寄1名、出島乙名1名、出島町人10名、

オランダ通詞10名が出席しての出島式結婚式が開かれた。

皆、久しぶりの華やかな催しに盛り上がった。

新郎新婦は、

神父の資格を持つ商館員の前で指輪を交換した後、

参列者へ向けて夫婦の誓いを述べた。

新郎新婦は、参列者から花びらの祝福を受けた。

庭園に設置されたテーブルの上には、豪華な料理が並べられた。

参列者たちは思い思いに結婚式を楽しんだ。

慶賀も、普段は飲まないジンをたくさん飲んで、

しまいには、酔っぱらって千鳥足になった。

いくら呑んでも吞み足りない気がした。

「慶賀。呑み過ぎではないか? 

まるで、娘を嫁にやった父親みたいだな」
 
 ビュルゲルが、慶賀を介抱しながら言った。

「今日は何て良い日なんだ! 」

 慶賀は酒の勢いを借りて大声でさけんだ。

「来月には江戸参府をひかえている。

今のうちに、大いに羽目を外しておくんだな」

 中山作三郎が笑いながら言った。

 パーティがお開きとなり、参列者たちが帰る中、慶賀だけは、

ジンのボトルを抱えながら、庭園の隅で酔いつぶれて眠っていた。

「慶賀さん。こんな所で寝ると風邪引くわよ」

 遠い意識の向こうで、滝の声がかすかに聞こえた。

式の間、慶賀はぼんやりと、千歳の事を思った。

もっと、早く、自分が身請けしていたら、

千歳が、病死することはなかったかもしれない。

「慶賀さん。泣いているの? 」

 気がつくと、涙が頬をぬらしていた。

 幸せに水を差すみたいで忍びないが、なぜか泣けてくる。

「滝ちゃん。今は、そっとしておいた方が良いと思うよ」
 
 茂伝之介が、滝に言うのが聞こえた。

 結局、慶賀は、

シーボルトの屋敷の応接間のソファで夜を明かした。

慶賀をソファの上まで運んだのは、

吉雄権之助と中山作三郎の2人で、慶賀があまりに重たかったため、

後日。吉雄権之助は腰を痛めたらしい。


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