第18話 姉妹の願い

文字数 1,006文字

 慶賀は、シーボルトは何とかすると言ったが、

本当に時間を作る事が出来るのか心配だった。

千歳の病状が悪化しているからだ。

日に日に、死に近づいている気配がする。

「引田屋」では、滝以外は、千歳を敬遠しているようだ。

花魁であるはずの千歳は今では、

「引田屋」の部屋の中で一番小さくて狭い粗末な部屋にいる。

その部屋には窓はなく一日中、暗くてジメジメしている。

千歳の美しかった乳房の一部は、

見るも無残に、青白く腫れ上がっている。

かつての居場所は、2番手の遊女に乗っ取られたらしい。

どんなにみじめで、情けないことかしれない。

それでも、千歳は、嫌な顔せず泣き言すら言わない。

それどころか、慶賀が来ると、精一杯、明るく振る舞う。

ある日、慶賀は、

砂糖を白湯に溶かしたものを千歳に飲ませた。

千歳は食欲がなかったが、砂糖入りの白湯だけは喜んで飲み干した。

滝は、千歳に花魁時代のような華やかな着物を着せている。

「千歳。安心しろ。じきに良くなる。オレが治してみせる。

シーボルトには話をつけたから、じきに、往診に来るはずだ」

 慶賀が、千歳を励ました。

すると、千歳が弱々し気に微笑んだ。

「滝。あんたはもう、

私の世話はしなくて良いから部屋へ戻って支度しなさい」
 
 千歳が姉らしく、滝に言い聞かせた。

 近じか、滝は、遊女として表に出る予定だ。

その準備のため、先輩の遊女の下で、作法を仕込んでもらっている。

滝には芸鼓になるか、ただの遊女になるか2つの選択肢がある。

千歳は、生活のために遊女に成り下がったが、

千歳が、滝を芸鼓にしてほしいと「引田屋」の主人に頼んだそうだ。

一方、滝の方は、

姉の病を治す事や家族を養う事への重圧により、

冷静な判断が出来なくなっている。

芸鼓ならば、体を売らずに芸の道で生きていけるかもしれない。

千歳は、滝を自分のようにはしたくないようだ。

「慶賀さん。滝を助けてやってくださいまし。

あの娘は遊女には向いていない。

本当なら、ここにいるべき人間ではないの。

あの子は、幼いころには、賢くて手先が器用だから、

父の跡を継ぐだろうって、周囲から期待されていたの。

父があんな死に方をしてしまったせいで投げやりになっているのよ。

最後の頼みと思って叶えて下さいまし」

 千歳が、慶賀にすがりつくと懇願した。

 慶賀は、千歳を抱きしめながら千歳の頭を優しくなでた。

千歳の頬には、一筋の涙がつたっていた。

ただ、抱きしめるだけしか出来ないことがはがゆかった。

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