第5話
文字数 2,308文字
二人で報告書に記載されていた手書きの地図をもとに東京の街を歩く。
「本当にこんな路地に邸なんて存在するのか?」
「それを確かめることも調査ね」
「それもそうか」
迷路のように入り組む東京の路地を歩いている。
近年、大都市になっていく東京。その至るところに近代的な建物が増えた。街に「影」は多く、存在してその中に魑魅魍魎が居る。私はそのことを霊一に伝えるけれど、霊力のない霊一は力の弱い怪異の存在を感知することは出来ない。
「だとしても、本当にこんなところにありうるのか?」
霊一は報告書の地図を訝しげに見る。
「そもそもこの地図が間違っている可能性もあるか?」
霊一がそう言っていると。
突然、狭かった空間が開けてそこに「真鍮のレリーフのついた扉」が見えた。
私たちを誘うようにその扉は僅かに開いている。
「気を付けて、さっき「私たちは入り込んだ」みたい」
「オカルトにか?」
「ええ、ここはもう人の世界ではないわ」
「やはりまともな邸じゃなかったわけだ」
霊一はそう呟いてから報告書の地図に「実在確認済み」と言いながらメモを書き込んだようだ。私は「元来た道」を振り向いてみるけれど、ここから見ると空間が歪んで見える。まるで湾曲した鏡の中を見ているかのようだ。
「それでどうする、姉さん?」
霊一がそう私に聞いた時に扉が音を立てて勝手に開く。
まるで「ようこそ」というように。
「歓迎されているみたいね。どちらにしても邸の中に入らないことには事件の調査も解決も出来ないのだから、行きましょう。中へ入ればおそらく良くないことが起こると思うけれど、進まないことには何も出来ることはないわ」
私たちが建物の中に入るとそこは劇場だった。
建物の中は西洋のオペラハウスのようで豪華な赤いカーテンが見える。邸の中にガラス窓から差し込む鈍い光は太陽の光とは違って見える。窓の外側を見ると、そこにはあるはずの「街」は見えず、何もない地平線と灰色の空が見えた。
「もう別世界に居るということなのね」
突然背後で玄関の扉が閉まった。
私たちが驚いて後ろを振り返った時だ。
『――ようこそ、活劇レクチュールへ』
私たちに話しかける女性の声が聞こえた。
私たちが邸の中に視線を戻すと、階段の前に先ほどまで居なかった「制服姿の女の子」が立っていて私たちを歓迎するように上品な礼をした。
「私の名前は「賀上弓華」と言います」
女の子の見た目は15才ほどに見える。
身長や体格は一般女性の平均と言ったところ、切り揃えられた黒髪はそれほど長くなく、黒い制帽に手を当てて微笑んでいる。
私は霊一に小声で「あの子は生きた人間ではないわ」と伝えた。
彼女にも聞こえてしまったようだ。
「いかにも、私は既に亡くなっています」
自らを死者を名乗った「賀上弓華」は言う。
「この邸で来客に、私「賀上弓華」の悲劇とロマンスとホラーを楽しんでもらえればと思い存在しています。ここに来た人に私の残酷な運命を楽しんでもらえたのなら、そうなればあの悲劇のような人生にも意味があったと言えるかもしれない。今はそう思ってここに居るのです」
「迷惑なことこの上ない。俺たちは遠慮したいものだね」
「ところで「あなたたち」はどちら様でしょうか?」
「名前を言うことは避けておくよ。俺たちはここに来た人物が霊障を患った原因を調べにやって来た。俺たちはそのことを調べに来たわけで、出来ることならば邸の主の君にも「調査と解決へのご協力」を願いたいものだね」
「突然の来客ですが我が活劇と物語にお付き合いいただければ、楽しんでいただければ。あなた方が相応しい上品なお客であるのならですが」
「俺の話なんて全く聞いちゃいないな」
「私が体験した凄惨な現実を、レクチュールとしてお聞かせすることで、あなた方にも同じようにホラーを体験していただけたならば光栄です。朗読というものは語りによって、その世界を楽しむものです。どのような状況下で語られるのか、ということも重要な要素として存在します」
「もっともらしいことを宣うものだ」
「当活劇レクチュールでは朗読に合わせて「過去が再生されます」リアリティーと合わせてお楽しみいただければ幸いです。それではご一緒に悪夢を体験していきましょう、戻れるかまでは保証出来ませんが」
彼女の姿がふっと風に吹かれた煙のように消える。
突然、辺りは暗闇となってガラスの割れた音が響き渡った。
その響きから「どうやら現実の音ではなさそうだ」と私たちも理解する。
暗闇の中から声が聞こえる。
賀上弓華の語りだ。
〈〈私、賀上弓華は「賀上家」の娘でした。
周りには葉の生い茂る山々に囲まれた街から少し離れた場所に住んでいました。父は地元の盟主であります。この頃は西洋邸を持つことが上流の流行りなもので、父もそれに習い立派な西洋邸を建てました。
私はここで生まれ育ち暮らしてきました。この邸は地元で有名で「賀上邸」と呼ばれています。この邸から山々と海が見えます。立地的にも街から遠くもないのに自然に囲まれた静かな土地です〉〉
ぱっと光が灯るように再び世界が映しだされる。
「彼女は消えたな」
目の前の展開と先ほどの声に霊一が感想を呟く。
「ふ「レクチュール」朗読か」
霊一はそう言って口元で冷笑を浮かべた。
「この手の自分語りというものをまさか生きていない存在からされるとはな」
その表情はシニカルなものだった。
「俺は生きている人間ですら過去の悲劇的な話なんてものはお金をもらっても聞きたくないよ。そのようなものに価値を見出だせない。生きている時間こそ俺が大切にするもので誰かの過去を聞いても「そこから何をするいうのか」と思う人間だ。過去よりも現在や未来が俺に取って重要なものだからだ」
「本当にこんな路地に邸なんて存在するのか?」
「それを確かめることも調査ね」
「それもそうか」
迷路のように入り組む東京の路地を歩いている。
近年、大都市になっていく東京。その至るところに近代的な建物が増えた。街に「影」は多く、存在してその中に魑魅魍魎が居る。私はそのことを霊一に伝えるけれど、霊力のない霊一は力の弱い怪異の存在を感知することは出来ない。
「だとしても、本当にこんなところにありうるのか?」
霊一は報告書の地図を訝しげに見る。
「そもそもこの地図が間違っている可能性もあるか?」
霊一がそう言っていると。
突然、狭かった空間が開けてそこに「真鍮のレリーフのついた扉」が見えた。
私たちを誘うようにその扉は僅かに開いている。
「気を付けて、さっき「私たちは入り込んだ」みたい」
「オカルトにか?」
「ええ、ここはもう人の世界ではないわ」
「やはりまともな邸じゃなかったわけだ」
霊一はそう呟いてから報告書の地図に「実在確認済み」と言いながらメモを書き込んだようだ。私は「元来た道」を振り向いてみるけれど、ここから見ると空間が歪んで見える。まるで湾曲した鏡の中を見ているかのようだ。
「それでどうする、姉さん?」
霊一がそう私に聞いた時に扉が音を立てて勝手に開く。
まるで「ようこそ」というように。
「歓迎されているみたいね。どちらにしても邸の中に入らないことには事件の調査も解決も出来ないのだから、行きましょう。中へ入ればおそらく良くないことが起こると思うけれど、進まないことには何も出来ることはないわ」
私たちが建物の中に入るとそこは劇場だった。
建物の中は西洋のオペラハウスのようで豪華な赤いカーテンが見える。邸の中にガラス窓から差し込む鈍い光は太陽の光とは違って見える。窓の外側を見ると、そこにはあるはずの「街」は見えず、何もない地平線と灰色の空が見えた。
「もう別世界に居るということなのね」
突然背後で玄関の扉が閉まった。
私たちが驚いて後ろを振り返った時だ。
『――ようこそ、活劇レクチュールへ』
私たちに話しかける女性の声が聞こえた。
私たちが邸の中に視線を戻すと、階段の前に先ほどまで居なかった「制服姿の女の子」が立っていて私たちを歓迎するように上品な礼をした。
「私の名前は「賀上弓華」と言います」
女の子の見た目は15才ほどに見える。
身長や体格は一般女性の平均と言ったところ、切り揃えられた黒髪はそれほど長くなく、黒い制帽に手を当てて微笑んでいる。
私は霊一に小声で「あの子は生きた人間ではないわ」と伝えた。
彼女にも聞こえてしまったようだ。
「いかにも、私は既に亡くなっています」
自らを死者を名乗った「賀上弓華」は言う。
「この邸で来客に、私「賀上弓華」の悲劇とロマンスとホラーを楽しんでもらえればと思い存在しています。ここに来た人に私の残酷な運命を楽しんでもらえたのなら、そうなればあの悲劇のような人生にも意味があったと言えるかもしれない。今はそう思ってここに居るのです」
「迷惑なことこの上ない。俺たちは遠慮したいものだね」
「ところで「あなたたち」はどちら様でしょうか?」
「名前を言うことは避けておくよ。俺たちはここに来た人物が霊障を患った原因を調べにやって来た。俺たちはそのことを調べに来たわけで、出来ることならば邸の主の君にも「調査と解決へのご協力」を願いたいものだね」
「突然の来客ですが我が活劇と物語にお付き合いいただければ、楽しんでいただければ。あなた方が相応しい上品なお客であるのならですが」
「俺の話なんて全く聞いちゃいないな」
「私が体験した凄惨な現実を、レクチュールとしてお聞かせすることで、あなた方にも同じようにホラーを体験していただけたならば光栄です。朗読というものは語りによって、その世界を楽しむものです。どのような状況下で語られるのか、ということも重要な要素として存在します」
「もっともらしいことを宣うものだ」
「当活劇レクチュールでは朗読に合わせて「過去が再生されます」リアリティーと合わせてお楽しみいただければ幸いです。それではご一緒に悪夢を体験していきましょう、戻れるかまでは保証出来ませんが」
彼女の姿がふっと風に吹かれた煙のように消える。
突然、辺りは暗闇となってガラスの割れた音が響き渡った。
その響きから「どうやら現実の音ではなさそうだ」と私たちも理解する。
暗闇の中から声が聞こえる。
賀上弓華の語りだ。
〈〈私、賀上弓華は「賀上家」の娘でした。
周りには葉の生い茂る山々に囲まれた街から少し離れた場所に住んでいました。父は地元の盟主であります。この頃は西洋邸を持つことが上流の流行りなもので、父もそれに習い立派な西洋邸を建てました。
私はここで生まれ育ち暮らしてきました。この邸は地元で有名で「賀上邸」と呼ばれています。この邸から山々と海が見えます。立地的にも街から遠くもないのに自然に囲まれた静かな土地です〉〉
ぱっと光が灯るように再び世界が映しだされる。
「彼女は消えたな」
目の前の展開と先ほどの声に霊一が感想を呟く。
「ふ「レクチュール」朗読か」
霊一はそう言って口元で冷笑を浮かべた。
「この手の自分語りというものをまさか生きていない存在からされるとはな」
その表情はシニカルなものだった。
「俺は生きている人間ですら過去の悲劇的な話なんてものはお金をもらっても聞きたくないよ。そのようなものに価値を見出だせない。生きている時間こそ俺が大切にするもので誰かの過去を聞いても「そこから何をするいうのか」と思う人間だ。過去よりも現在や未来が俺に取って重要なものだからだ」