第4話

文字数 2,283文字

「お茶を持ってきました」
香苗さんはお茶を私と霊一の前に置く。
「ああ、すまない。ありがとう」
「奥に居ますので何かあれば呼んでください」
香苗さんは気を遣ったのか、この場から席を外すようだ。

霊一は着替えることもなく畳に座っている。
「もしかすると、着替えてもすぐに外に出るようなこともあるかもしれない」と予想しているのだろう。この後、私に連れだされるのなら、ここで着替えても仕方ないなというような表情だ。
「それでこれが事件ファイルか?」
霊一は事件の調査報告書に目を通す。
事件ファイルには「未解決怪事件について」という依頼人から示された案件が書かれている。簡易な報告書は「なるべく伝わるよう」丁寧に書かれているが、その内容は薄く、読んでいても不明な点が多く残っていた。
「霊一はどう思うかしら?」
「待ってくれ、まだ報告書を読んでいるところだ」
霊一は頭の回転が早い。
「報告書というものが存在しているということは、姉さんの前にもこの件で調査解決に当たった人物が居るな。それが解決出来ずに姉さんに回ってきたということか」
霊一はインテリで書類を読む速度は早い。
「書類を読む限りだと相当「怪しい事件」のようだ」
霊一は読み上げていく。

「東京の夜に「活劇レクチュール」なる見世物があり。そこに入ったものが霊障を患っている。以前に調査を依頼した別の者の手帳には「賀上弓華」という覚えのない名前の記載あり。この人物、あるいは活劇レクチュールそのものについて調べてもらえれば、御礼は弾む。さらに事件を解決してもらえれば多額の報酬を支払う予定、か」

霊一は事件ファイルを閉じてふっと笑う。
「朗読〈レクチュール〉か。一つ気になることは「関連した人物たちが霊障を負って、今も悪夢に囚われていること」だ。関わること自体に実害があるということだ。こうして解決に向けて秘密探偵に頼むということは、被害者の中に身分の高い者でも居るのだろう。オカルト、となるとこの事件は姉さん向きの仕事ではあるんだろうな」
「ええ、これが警察に解決出来る事件だと思う?」
「まあ、確かに警察の仕事でもないだろうな」
そう理性で考えるのが霊一だ。
「心霊、オカルトは姉さんの専門だろう。実際に霊的なものに対する結界を貼れたり言霊を使えたりするんだから、オカルトとやり合うことも出来るわけだからね」
「霊一は何か対抗手段を持っているのかしら?」
「俺はこれだ。幽霊が相手でもね」
腰の短銃を見せる。
「随分と物騒なものを使うものね」
「霊だろうが人間だろうが、一応は有効だからさ」
幽霊や怪奇現象に物理的な攻撃は効かない。
それでも霊一は「短銃」に一つ「心霊の相手に対する有効打」を見つけだしている。
最悪な状況では「短銃による発砲にて何かを物理的に壊したり、怪奇現象そのものに撃ちこむことで突破口を見いだせることがある」と。それが何故なのかよく分からないが「突破口になった」という経験は既にある。
実のところ、霊一は何回も私にこのようなオカルトな事件に付き合わされて、何度か怪奇現象に巻き込まれていたからだ。
霊一の持つ短銃は二発式のもの。
あくまでも「自己防衛」のために使われる。
「個人的には何も起こらないでもらいたいけれど、それは無理なんだろうな」
霊一はため息を吐いた。事件の内容が内容で「そこに私と霊一が関わるとなると何も起こらないはずもなかろう」と観念したかのようなため息だ。

「さて、霊一も事件の詳細を知ったところで行きましょう」
私が立ち上がると霊一は「もう行くのか?」と休みたがった。
「ええ、霊一の休みは三日だから行動は早い方が良いでしょう。霊一だって「着替えずにいる」ということは「この後すぐに出れるように」と思っていた、ということでしょう? 姉思いの弟でとても嬉しいことだわ」
霊一は「待ってくれ」と言って奥の「趣味部屋」へと向かった。

「霊子様、もう出て行かれるのですか?」
「ええ、霊一を連れてね」
「お仕事頑張ってくださいませ」
「ところで霊一は何をしているのかしら?」

「せめて紅茶の一杯くらい飲んでいく」
霊一には密かな「高級な紅茶を嗜む」という趣味がある。
留学の際、海外で紅茶の味を覚えた霊一は日本でも良い紅茶を見かけると、買っては戸棚に収めている。そうして時折自分で淹れては飲んで楽しむ。以前には香苗さんが「私が紅茶を買いに行きましょうか?」と聞いたこともあったが、買うことも含めて霊一の楽しみだったようで「いや、いいよ」と断ったと聞く。
趣味部屋には厳選された小さいお洒落な紅茶缶がいくつか見える。
だが、このところ忙しくて霊一は紅茶も切れたまま買い足していなかったのか、紅茶の缶を開けては「これも空なのか?」とその全てを飲み尽くしていることに気付く。
最後の希望の一缶も無慈悲にも空だったため「南無三……」と呟いていた。
「事件が解決したなら珈琲を奢ってあげるわ」
「俺は紅茶派なんだが」
「霊一は「銀ブラ」って知っているかしら?」
「流行り言葉は知らないけれど」
「霊一の報酬はそれにするわ、では留守をよろしくね香苗さん」
「はい、行ってらっしゃいませ」
休む間もなく霊一は私に連れられて邸を出ることになる。
「はぁ、三連休だったのになあ」
霊一が先に家の外へ出ると香苗さんは口元を押さえて「ふふ」小さく笑う。
「本当にツキがない人なんですね」

その表情に私は「おやおや?」と思った。
香苗さんはどこかかっこよくなりきれない霊一のことを「可愛い人だ」と思っている様子だ。私は「二人が進展すれば面白いのに」とも思ったけれど、霊一がこのことに気付いていないあたりが、霊一らしい。
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登場人物紹介

「黒田霊子」

大正の東京にて「秘密探偵」を「占い」で生活しているオカルト探偵。言霊や呪符の扱いが一通り出来るくらいの腕前。今回は、オカルト事件の調査を依頼されて、弟の霊一を連れて事件の調査へ出かける。

「黒田霊一」

霊子の弟。海軍のエリートだが、吉凶混合の相を持っている。何かと事件に出くわす。理性で物事に当たり、切れ者であり、度胸も据わっているが、姉の霊子のことは少し苦手。装備の短銃は二発式。

「イラストアイコンについて」

koboshinnさん制作。

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