第12話

文字数 1,616文字

#レクチュール07

私は「不気味な感覚の中」レクチュールの続きを聞くことになる。

〈〈 後日、私はこの邸の中で婚約者「大塚栄治」さんと会います。
彼と私は、結婚の約束をしています。
男子の居ないこの家に婿に入ってもらうことになっているのです。
彼は製薬会社社長の次男で「私と彼の出会い」は、父の仕事の繋がりからの紹介です。そこから賀上家と大塚家の間で縁談の話が進みました。
家と家で交わされた縁談ですが、私たちは何度も会っていく中でお互いを知り愛し合い、今ではお互いの幸せを考えられるのです。私は栄治さんと心が通じあい、栄治さんのことを愛しています。
ですが「この状況で彼と会っていいものか」と悩みました。
今は悲しみの中で、彼と会っても私は笑うことが出来ない。
今日会うことは、事前から決まっていて、不幸の最中でその予定を断ることを忘れていたのです。彼がこの邸に来る予定になっていて、私は邸で待っていました。
扉のベルが鳴る。彼がやって来ました。
今、私の心のうちを誰かに伝えられるとするのならば、その人は栄治さんだと思っています。父と母は、今日も警察署に「捜査に何か進展がなかったのか」を問い合わせるために警察署へ外出していました。私は邸に訪れた彼と大広間で話すことになりました〉〉

「スーツ姿の男性」が邸の中に居る。
この男性が「大塚栄治」さんだろう。
顔立ちはハンサムと呼べる。短く切った短髪が清潔な印象だ。
この日、高級なスーツを来て邸にやって来た理由は「弓華さんの父親と母親を意識したため」のようで、邸の中の様子を見て「本日はご両親は?」と彼女に聞いた。
「それと今日は柚香さんも外出なのかな?」
そこで彼女は彼に妹が亡くなったことを話した。
話している最中に弓華さんは涙声になっていた。

「今日、あなたに会っていいのかさえも分からなくなってしまった。これがただの悪い夢であると思いたいのに、どう目覚めていいのかも分からくなってます。あの日のようにここに妹が居て、笑い合えたらよかったのに。そう思うと涙がこぼれてしまう」

彼女の頬に涙がこぼれる。
黙っていた彼は彼女の手を取って誠実に話す。
「人はいつかは何者でも亡くなる。僕は製薬会社の息子だから人よりも死について考えることが多くある。だけど、どのような悲しい理由があっても命は戻ってこない。薬でさえも、人の生死を操ることは出来ないんだよ」
泣いている彼女をそっと抱擁する。
「それでも人は悲しみを乗り越えて、その先の未来へと歩むことが出来る。今、弓華さんが一人で立ち上がれないと言うのなら、僕はその悲しみに寄り添って、君が前を向いて立ち上がれるように共に生きるよ」
栄治さんは抱きしめる手を強くする。
彼は弓華さんの前でたくましく彼女を支えようとしていた。
彼のその表情は「抱きしめる以外に、何も出来ないことが悔しい」という表情だ。それでも彼は、弓華さんの悲しみを受け止めるために、強くあろうとしていることが分かる。

〈〈 そんな時でした。
警察署から帰って来た父と母が私たちのこの様子を見たのです。妹の死などもう忘れて、私たちが色恋をしていると父には映ったようで、父はその行き場所のない怒りを私と彼にぶつけて晴らすかのようでした〉〉

玄関。警察署から帰ってきた父親と母親が大広間で抱き合う二人を見た。
激怒した父親は栄治さんが事情を説明することさえも許さなかった。
湧き上がった悪意をそのまま栄治さんにぶつけて怒鳴った。
「今すぐこの邸から立ち去りたまえ!」
まだ父親の怒りは収まらないようだった。
その後、父親は弓華さんのことを責めた。
「お前は妹が亡くなって悲しくないとでも言うのか!?」

〈〈父の酷い言葉が、私に問いかけたのです。このまま永遠に悲しみに呑まれたまま暮らしていくのか、と。既に妹の柚香が亡くなって多くの時間を悲しんだのに、これから先の未来も、永遠に悲しみ続けるのかと〉〉

私はそのように聞かれても何も答えないことにした。
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登場人物紹介

「黒田霊子」

大正の東京にて「秘密探偵」を「占い」で生活しているオカルト探偵。言霊や呪符の扱いが一通り出来るくらいの腕前。今回は、オカルト事件の調査を依頼されて、弟の霊一を連れて事件の調査へ出かける。

「黒田霊一」

霊子の弟。海軍のエリートだが、吉凶混合の相を持っている。何かと事件に出くわす。理性で物事に当たり、切れ者であり、度胸も据わっているが、姉の霊子のことは少し苦手。装備の短銃は二発式。

「イラストアイコンについて」

koboshinnさん制作。

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