第7話

文字数 1,695文字

#レクチュール02

〈〈 私には将来を誓い合った婚約者がいます。
名前を「大塚栄治」といいます。
賀上家と大塚家の間で取り交わされた正式な婚約の内容は、大塚家の次男である栄治さんが賀上家に婿入りするというものでした。その後、賀上家と大塚家は蜜月な関係を維持して、両家共々に繁栄することを願い取り交わされた婚約です。
家と家との婚約でしたが、私たちは心の通いあった本当の恋人同士だったのです。その結婚の日は近づいて考えては胸が高鳴っていました〉〉

目の前の場面がぱっと変わる。
邸の中、窓の外を見る限り夜になっていた。
弓華さんは一人、階段の前に立って飾られている一枚の写真を見ていた。私が彼女に近寄ってその写真を見ると「弓華さんと高級なスーツを着た青年」が写っている。弓華さんはしばらく写真を見つめた後で、自分の部屋へと戻っていった。
私と霊一はその写真の前に立つ。
「彼が「大塚栄治」さんみたいね」
私は「彼女が今見ていた写真」を霊一にも「よく見ておいてね」と伝えた。
「家と家の間で交わした婚約で向こうが婿入り、ね」
霊一はメモを取りながら会話を続ける。
「まあ、確かに大塚家が、長男が跡取りとしてしっかり決まっているなら、このように有力な家に婿入りさせても問題ないのかもな。賀上家が有力な名家というのなら、大塚家にとっても「婿入り」も悪い縁談でもないな」
「霊一は誰と結婚するつもりなのかしら?」
「姉さんに聞かれるのが怖い」
「私が良い相手を見つけてこようかしら?」
「止めてくれ……姉さんの連れてくる相手は怖い」
秘密でお化粧と変装をさせた香苗さんを正体を隠して霊一の前に連れて来ようと思っていたわ。けれど、当の霊一はまだ恋愛事に興味がないのかしら?

「姉さん、良くない空気みたいなものは感じとっているのか?」
私は霊一のその問いに頷く。
「この邸の中が良くない空気であることは確かね。おそらくは「私たちを呑み込もうとしている」このレクチュールと見せている映像によって」
「ふ、そんなところだと思ったよ」
「呑み込まれると霊障を患った人たちのようになりそう」
「このようにしてこの邸の中に招き入れて朗読を聞かせて、物語と映像を見せて徐々に意識をこの世界の中に向かせて、最終的にこの世界の中に取り込むということか。ろくなものじゃないな。あいつは悪霊の類には間違いない」
「霊一も随分とオカルトに詳しくなったものね」
「おかげ様で。姉さんにこうやって呼び出されるものでね。それはそうと今のうちに「何が出来るのか」を確かめておいた方が良さそうだな。やつの言う「相応しい上品な客」が何なのか知らないが、俺たちの身の安全は保証してくれなさそうだ。俺たちの安全は、俺たちで何とかしないといけないだろう」

霊一はすぐに行動に移す。
霊一はまず一階をくまなく物色し始めた。
「随分と慌ただしいわね」
「それは当然のことさ。ここに迷い込んだ者たちは例外なく霊障を患って悪夢を見ている。中には今も心を壊して生活さえ難しくなっている者も居るとも書かれていた。つまり「やつに悪意がある」と考えた方が自然だ」
「それは私も否定しないわ」
「俺と姉さんが今回の標的という具合だろう」
「そのようね。物騒なものね」
「だが俺は一方的にやられることは嫌なんでね。あいつの思惑を壊してここから無事に脱出するために行動していく。今のところは「特別な物」は何も見つけられていないが、調べられるものは手当たり次第に調べていこうと思うよ」
霊一が理性に基づいて行動してくれる姿は頼もしい。
霊一は全く別のことも試し始めた。

階段の手すりに近づくと「懐から取り出した一枚の硬貨で」階段の手すりを何度も削ろうとしていたけれど、手すりに傷は付かなかった。
「霊一、さっきから何を気にしているの?」
「いや「俺たちは完全にレクチュールに取り込まれたのか」を確かめるために色々と試していた。現在、邸自体に大きく干渉が出るのかどうかを。引っ掻いても傷は付かない、まだ外側に居るようだ」
そう言って手に持った硬貨で階段の手すりを引っ掻いて見せるけれど、硬貨は手すりの上を滑るように一切の傷を付けることが出来なかった。
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登場人物紹介

「黒田霊子」

大正の東京にて「秘密探偵」を「占い」で生活しているオカルト探偵。言霊や呪符の扱いが一通り出来るくらいの腕前。今回は、オカルト事件の調査を依頼されて、弟の霊一を連れて事件の調査へ出かける。

「黒田霊一」

霊子の弟。海軍のエリートだが、吉凶混合の相を持っている。何かと事件に出くわす。理性で物事に当たり、切れ者であり、度胸も据わっているが、姉の霊子のことは少し苦手。装備の短銃は二発式。

「イラストアイコンについて」

koboshinnさん制作。

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