第2話 砂嵐電脳界をつくる人工ニューラルネットワーク

文字数 2,001文字

 砂嵐電脳界は、人工ニューラルネットワークがつくりだした3Dマップを元に製作運営されている、現実を模した仮想現実だ。
 リアルの身体が若かった頃からうわさだけは聞いていたが、まさかこのおれが黒ずくめの男たちによって砂嵐電脳界に連れてこられるとは思ってもみなかった。
 砂嵐電脳界といえば、リアル世界での居場所を失った者が最後に漂着する所で、そして廃人になって終わる場所だと教え込まれてきたのだ。
 自分もそこの住人になるなんて、怖いよ、さすがに。
 未だに怖い。
 怖いと言いながら幼稚園ライフをエンジョイしていたのだから、おれも既に廃人になりかけていたのかも知れないな。
 電脳廃人に。
 ニューラルネットワークというのは人間の脳の神経細胞をモデルとして構想される情報処理システムのことで、砂嵐電脳界の3Dマッピングというのは、脳内が夢を見ているときに作り出す無意識下の空間を、機械で作り出した仮想の神経細胞で再現したものらしい。
 いろんな奴の脳みその夢の中で見える空間を上手く合成して、それを砂嵐電脳界は独自の地図や空間デザインとして採用している。
 だから、現実の世界とは似ても似つかない色彩の、似ても似つかない形をしたデザインの背景空間で、おれたちのアバターはちょこまかと動いているのだが、さすが人間の脳が作り出したものが元になっているだけあって、違和感を感じることはあっても、そこに順応してしまう魅力を兼ね備えているのだ。
「ちょっとおかしいよねー」とか言いながらもそこにずるずると居続けるから、「ホントはおかしいと思ってないんじゃね?」ってツッコミを入れられるようなレベルの。
 そんなデザインであり、ソーシャルデザインなのだった。

 それにしても、だ。

 ブラックスーツに黒いサングラス。
 黒ずくめの男たちがなにをしたいのかはよくわからなかったし、おれも知ることはなかった。
 ただ、奴らは現れ、おれの魂を身体と分離させ、その魂をここに捕らえた。それがわかる全てだ。

「優勝すれば、電脳界からの解放が約束される」

 ファージはそう告げた。
 スミんこパーティで優勝さえすれば。
 それに上位入賞して中枢に潜り込めば黒ずくめたちのことを、知れるかもしれない。
 おれは早くここから逃げ出したかった。

 一ヶ月前になるが、おれの所属する、眼帯幼稚園のすもも組では、連続して三名の児童が消え去った。
 これまでもそういうことはあったが、とりわけ一ヶ月前の三人とは仲が良かったので、おれは恐怖に打ち震えることになり、逃げたいという欲求は深まった。
 廃人同然となり幼稚園に通っているさなか、おれの心に消しようのない亀裂が走り、幼稚園ライフのエンジョイに自分で自分の脳内に疑義を差し挟む契機となったのだ。
 そこに来て明日のスミんこパーティという名のバトル。溺れる者だから、おれは藁をも掴むぞ。
 
 友人たちの消失。
 自分の目の前で、アバターとはいえ人間が苦痛に呻き、消えていくのを見るのは辛い。
 ここ一ヶ月で三人。
 それも三人ともおれと仲が良かった奴ら。
 おれは心底怖くなった。
 目の前で死んでいった奴の苦悶の表情が怖かった。
 これは意図的に「消された」のだという。
 意図的に消されることも怖かった。
 ファージの話によると、この学園の理事会に消されたのだ、と。
 消されたからって、消された奴らが現実に帰っていったわけではないのだ。
 ここには、身体から離された魂がやってくる。
 砂嵐電脳界で魂を消された現実の方での身体は、魂を失ったまま、脳死状態になるそうだ。
 代わりのAIがアルゴリズムによって行動していたものが、その作動を停止させる。
 魂が再び戻っていくことは、ない。
 この世界にいればわかる。
 ファージの説明は、現実味を帯びている。


 すもも組の教室で塗り絵の途中で自分がテクスチャに塗りつぶされ消された者。
 積み木の途中で、積み木が崩れるようにアバターがばらばらになって消された者。
 そして、鍵盤ハーモニカを吹いていたら空気ではなく血を吹いて消されてしまった者。


 三人とも、最後に見開いた眼球から流れる涙が、その苦痛の、その悲鳴の、全てを物語っているかのようだった。


 魂の消失、とファージは言う。
 それに抗うのだ。もちろん、おれも。
 ファージはノンプレイヤーキャラである「母親」というプログラムにイカスミマシンガンの使い方を叩き込まれているらしい。
 おれはまず、すもも組へ、参加を表明しに行く。
 その後は、ヴァーチャル図書室に行こう。
 心構え指南書を読破したら、ヴァーチャルルームで訓練だ。
 それだけで大丈夫なのかと訊かれたら、大丈夫だ、とおれは答えるだろう。
 こういうゲームは、悪いが得意な方なんでね。


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