第7話(最終話) 全人類並列接続

文字数 2,956文字

「なぜここが私立眼鏡学園と、眼鏡の名を冠するか、解けたかね」

 界外上総(かいげかずさ)理事長は、おれとファージの二人にイカスミウォーターマシンガンを突きつける。
 その姿は優雅そうで、こいつは優雅そうにひとを殺すタイプなのだな、と感じる。

 尋ねてきたから、おれは答える。

「眼鏡で見えるように。もしくは眼鏡で見えなくなるように。全てを同時に見るなんて不可能だ。絶対にフィルタリングが必要になるし、フィルタリングを解除すると全てが可視化するかといったらそうじゃなく、フィルタリングを解除すると目の盲点のように、知覚できなくなってしまうものもある」

 界外は満足そうに、
「然り」
 と張りのある声を出す。

「然りじゃねぇッ!」

 ファージが理事長室の棚を蹴り飛ばす。
 色々な優勝カップなどが棚から落ちて割れた。


 おれたちは今、私立眼鏡学園理事長室で理事長の界外と向かい合っている。
 スミんこパーティはもう、終わっている。
 決勝よりも先にいる、ラスボスが二人にとってはこいつである。
 殺気立つおれらと向かい合って、ラスボスである界外は理不尽なほどに余裕の表情だ。
 いや、アバターがそういう顔しか出来ないような仕様なのかもしれない。
 ラスボスの威厳が感じられる。

「しょせんバグプログラムはバグにしか過ぎんようだね」

 マシンガンを下ろした界外は理事長用テーブルに肘を掛けて安楽椅子に座る。
 おれたちは立ったまま、対面(といめん)している。
 まるで教師と子供のような図。

「ここは元のゲームオリジナルではなく、そのゲームを他の物でエミュレートしたもの。だが、データを他の言語でエクスポートした際に生じた文字化けを起こしたもの、それが君たちバグだ。ゲームのオリジナルデータ、つまり本物と、それをエミュレートしているこの世界では、記述言語が違うのだ。故の、バグ。織り込み済みだったはずが……」

 一息吐くと、界外はおれたちを交互に見て、「凛々しい姿だな」と、褒める。
 それから、話を戻す。

「全人類並列接続は脳内言語間の翻訳の不完全さのため、今回のエミュレーション世界でも失敗が観測されたか……」

 ファージは唇を噛みながら直立の姿勢でマシンガンを水平に、前に突きだして構えた。

「界外。おれは優勝した。準優勝のアルファは戦った時にぶち込んだ神経毒をカプセルで中和させてからここまで連れてきた。おれたちは強いし、おれたちは帰りたい。界外、お前ならおれたちを現実に送り返せるし、帰る権利がおれにある。優勝してもぎ取った権利が、な。おれたちは強い。今、おれとアルファのイカスミウォーターマシンガンにはお手製の致死性プラグインが埋め込まれている。優勝者と準優勝者の撃つ致死性のイカスミ弾を喰らいたいのか、って言いたいわけだ」

 界外は高笑いし、笑いきったあとに、大きく息を吐いて呼吸を整えた。
 ファージは照準を絞ったまま、挑発には乗らない。

「愉快だよ。君たち。君たちがそこまで馬鹿で、大馬鹿過ぎて、壊してしまうほど、壊れてしまうほどの大馬鹿者だとは思ってもいなかったよ」

 アハハハハハハハハハハハハハ、という表記そのものを脳波キーボードに界外は打ち込んだ。

「いいよ、いいよ。戻してあげよう、現実に」

 安楽椅子から立ち上がる界外。

「現実に戻る、という言葉を他の言葉に置き換えると、なんていうか知っているかい」

 ファージの鼻息が荒くなっている。
 目も充血している。
 頭にきているのが臨界点間近なのだろう。
 それほどに、この理事長はひとをイラつかせる。

「さあな。言葉遊びしてる暇はねぇぜ。戻すならさっさと戻せ、おれたちを現実へ。さもなきゃ力尽くだ」

「ああ、いいだろう。だから言ってるだろう。君たちを現実へ戻してあげようと言っているじゃないか」

 立ち上がった界外は、テーブルを隔てて対峙しているのだが、威圧感は相当なものだった。
 一方のファージは気を焦らせている。
 おれはその二人を見ているだけだ。

「『現実に戻る』とは、『目が覚める』と類語だ。……今から私が簡単に目を覚ましてあげよう」

 界外の最前まで座っていたテーブルからホログラフィックモニタが現れ、そこに図が示された。

 界外はその図を指さしながら説明し出す。



「いいかい。君たちはこの世界を現実の下位のレベルにあって、その上に上位の現実という世界があるという、二重構造をこの世界が持っていると捉えているのではないかね。いいかい、この世界は二重ではきかない、多重構造をしている。君たちは現実世界というメタレベルとゲーム世界というオブジェクトレベルの二層で成り立っていると考えがちだが、本当の位相レベルの階梯はそのくらいでは済まない。違うんだよ、君たち知ってるだろ。砂嵐電脳界は魂が身体から分離されて来た世界。そして分離後に離れた身体が置き去りにされているのが現実だ、と自分たちが考えていることを。そしてそれが『エミュレートされた世界』だってことを」


「どういうことだ!」

「砂嵐電脳界はゲームの内容のエミュレート。そして君たちの知っている現実とは、ゲームをプレイしているユーザーたちの仕組み、のエミュレートなのだ、と」

 界外はホログラフィックモニタを消すと、机の引き出しから大きな木箱を取り出す。
 桐の箱だ。
 開けると、そこには赤くて大きい押しボタン式のスイッチがひとつだけ出っ張っていた。


「つまり、このゲームを消すと、君たちが『現実』と呼んでいる世界でゲームをしている、このゲームのプレイヤーも消える。なぜならば、ゲームもエミュレーションならまた、ゲームのプレイヤーたる君たちの自我もまた、単なる演算で割り出された単なる魂のシミュレーションでしかないし、それに君たちはバグプログラムだ。君たち電脳体はよく、身体を肉人形と呼ぶ。だがね、本当はここに来た魂すらも、ねつ造された偽物なのさ」

「な、なんだと……?」

 ファージが身体を震わす。

 そうである。
 この電脳だけが偽物なのではなく、それを現実でプレイしているというおれたちの「本体」自体が偽物なのである。
 要するに、おれたちが「現実」と呼んでいた世界そのものが「偽物」だったのだ。
 おれたちは、偽物から逃げだそうとしていたが、最初から全ては、逃げだそうとしていたその先の世界含め、演算されて出現しただけの、偽物だったのだ。

「最後に言い残すことは? どうだい、宝井アルファくん」

 名指されたおれは応じる。
 言葉は詰まらずに自然と出た。


「不要な物によってこそ、この世界は彩られていた。さしずめ宇宙のゴミ、スペースデブリの電脳版、サイバースペースデブリとして。整合性なき合理性。浸潤する境界線。全てが溶け出すなら、必要と不要の差異は引き戻され得る」


「詩人だね。エクセレント。じゃあ、今回もまた、終わりにしよう。宝井くん風に言えば、全てを溶かす、ということさ」

 そして、界外の手によってリセットボタンは押され、宇宙はビッグクランチを迎えた。


〈了〉
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