第5話 私たちはバグプログラム

文字数 2,111文字

 二回戦を突破したおれは、その勢いを逃さず、テンションを維持して八連勝を挙げた。
 いろんな奴がいたが、勝った。
 一日で十回戦を戦ったことになる。
 これで、やっとのことで準々決勝にコマを進める運びとなり、ひとときの休憩時間が割り当てられた。
 おれはイカスミマシンガンを運営キャンプのロッカーに入れ、しばしの散歩を楽しむ。
 ここは学園の特別会場。
 港の倉庫街だ。
 今日のスミんこパーティのために屋台も出され、みんな思い思いに海を眺めながら、焼きそばやフランクフルトを食べ、バトルの休憩時間を楽しんでいる。
 もう、夕方になっていた。

「あら、アルファくんじゃないの」

 セクシーな、でも子供っぽい、高い声。

「先生」

 現れたのは、担任の姉崎さちえ先生。
 いや、姉崎さちえというアバターだった。

 にっこりおれに微笑む。
 さちえ先生はなにが哀しくて、電脳体になってまで教育者なんかをやっているのだろう。
 しかも、アバターだから実年齢なんかわからない。
 その笑顔も、本物の笑顔じゃないのか。

「海、素敵ね。3Dテクスチャなのにね」
 見透かしたことを言う。
「ええ。ですよね。偽物なのに、美しい」
「準々決勝進出おめでとう。まさかあなたが残るなんてね。昨日、図書室の本と、バーチャルルームでのバーチャル実践講義、受けただけなんでしょ」

 ものすごくウケている。
 そりゃそうだ。
 ここに来てから、一度もマシンガンを触ったことがなかったのだから。
「これを飲みなさい」
 さちえ先生はそう言って缶を放り投げる。
 おれがキャッチしてラベルを見ると、先んじてさちえ先生は笑いを堪える。
 ラベルには「二日酔いに効くシジミ茶」と書いてある。
 シジミ汁じゃなく、シジミ茶。
 それだけでも笑えるが、おれは二日酔いじゃない。笑える。
「飲んだら? おいしいわよ」
 飲む。
 先生が歩く。
 おれはついていく。
 埠頭。
 海の間近までやってきた。
 のぞき込むと、深い海の青色が、ゲーム内らしくラメのように光る。

「でも、これは本当の飲み物なんかじゃない。ゲームだもの。ぜーんぶ、嘘」

 口は微笑んでいるが、先生のその瞳は潤んでいて、今にも泣きそうだ。
 哀しいのだろうか。
「あなたは、ここへどうやって来たの」
「サングラスでスーツの男達にイカスミをかけられて」
「魂を無理矢理身体から離脱させられたのね」
「ええ」
「一種の、幽体離脱。でも、身体は今も現実で動いている。肉人形として」
「そうでしょうね」


「今、現実の世界では人間同士の脳を並列接続し、巨大で本物の『人力検索エンジン』をつくろうとしているわ。その技術は三十年くらい昔、共同作業という名目で、ひととひとの脳内活動・実作業の共有として進められていたプロジェクトの延長線上なの。世界の統一国家がつくれないのは、人にはひとりひとり、心の国境線があるからだ、と誰かが考えた。それでつくった。全人類の脳の並列接続による『全知全能の脳みそ』。ニューラルネットワークが作り出したこの電脳界を見て。成立する。並列接続すると、心はひとつとなり、ひとつの個体として生きる」


「おれたちはバラバラですが」
「私たちはバグよ。今、私たちはバグプログラムとして、修正を受けている。ここへ連れてこられてね」

「バグ?」

「ええ。間違ったコードのかたまり。そんな風にプログラムされてしまったのが、私たち。ここに私たちが囚われているのは、脳の息抜きゲームを徘徊するバグとして、そしてテストプレイヤーとして。大昔のゲームにはバグ技、と呼ばれるものがあった。バグプログラムは、なにをしでかすかわからない。でも、そこが楽しいのね。観賞用として。監視され、管理される、自律型プログラム、それも、壊れたプログラムとしてこの砂嵐電脳界にいる。修正するか、放置するか。観賞用の私たちに選択権はない。ここで優勝すれば、外の世界と繋がりが持てれば、わからないけどね」

「先生? なんでいきなりおれにそんなことを話して……」
「ごめんね」
 身体中に衝撃が走り、おれはシジミ茶の缶を地面に落とす。
 コンクリートに叩きつけられた缶から、黒い液体がこぼれ、地面に大きなシミをつくっていく。
 缶だったので気づかなかったのだ、中身の液体がシジミなんかじゃないことに。
 なんとなく「こういう味なのかな」と思っておいしく飲めてしまったのは、この黒い液体が食材としても使用されるイカスミだったからで。
 見ればわかる。
 つい十分前には使っていた、ウォーターマシンガンの中身の、イカスミだから。
 そして、このイカスミはウォーターマシンガンと同様、神経毒が仕込まれていた。
 神経毒にやられて痙攣を起こすおれの身体は揺らめき倒れ、こともあろうに海中に落下する。
 ああ、魂が死ぬとどうなるんだっけ?

「あなたはここで幼稚園生をやっていなさい。クラスから黒ずくめを出すなんて、私が認めません。……宝井くん、あなたには悪いけど、……私と一緒に幼稚園生活を楽しみましょ」

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