第4話 第二回戦

文字数 1,632文字

 二回戦の相手の名前はモーリス・ブラコンショ。
 また哲学してそうな奴が相手なのが見るなりわかり、正直「うわー」っと怖気で鳥肌がたつ。
 しかしここは知性の象徴、眼鏡の名を冠する私立眼鏡学園。
 哲学野郎だらけなのかもしれない。
 相手のモーリスは眼鏡で芋な大学生野郎だし、おれだって中二病幼稚園生の眼帯くんだしな。
 モーリスは言う。

「我々は何故、この砂嵐電脳界へ連れてこられて、電脳体で剥き出しの魂となって生きていかねばならないのでしょうか。……ねぇ、あなた、そう思うでしょう?」

「そうだな」

 おれは答える。

「フフフ、クックック」

 噛み殺す笑い。

「なにがそんなにおかしい」

「青いですねぇ。我々は選ばれたのですよ、この素晴らしい新世界に。生身の肉人形では成しえられなかった悠久の時を体験するということが、ここでは理論上可能なのです。魂こそが人間の中心。中心さえあれば、あとはなにもいらない。仮初めの肉人形を捨て去ったことのその価値がわかる私こそ、ここで運営……理事会と話をつける必要があるようですね」

 モーリスがイカスミマシンガンを腰で構える。
 独特のポーズだ。
 そして、炸裂するイカスミ弾。
 肩の辺りから攻撃が来ることしか想定していなかったため、イカスミ弾が発射された時の回避に若干ロスタイムがあった。
 この悪い流れを、モーリスは逃さない。


 ここで説明が必要だ。
 おれたちが戦っているのは大きい港の倉庫街。
 路上。
 遮蔽物は倉庫の建物。
 フィールドの端は海。

 イカスミ弾は地面のコンクリートや建物の煉瓦に当たると弾けてペイントが広範囲に広がる。
 ペイント弾の一種だ。
 イカスミマシンガンはイカスミ弾を連続で撃つことが出来る。
 イカスミ弾のイカスミは神経毒付きだ。
 撃てば撃つほど、辺りはイカスミ色に染まっていく。
 色と神経毒の刺激臭をまき散らしながら、モーリスはおれを追い詰める。
 攻撃はサディスティック。
 一弾一弾が重い。
 ……ような気がする。
 こっちも精神を研ぎ澄まさなければまき散らされた毒の揮発だけで神経が狂いそうだ。
 気持ち悪いったらありゃしない。

 ただ、モーリス・ブラコンショ。
 こいつはサディストだったとしても、三流のサディストだった。
 なぜなら、マシンガンは段幕を張っていればいい、という考えであることが次第に露呈してきたからだ。

 杜撰だ。

 サディストたるもの、的確に、ウィークポイントに一撃を叩き込まなきゃ。
 そんなことを考えて逃げるおれだが、アバターが幼稚園生のため、ダッシュするにも移動が遅くて敵わない。
 モーリスは自分の放ったイカスミ弾が揮発した、そのぴりりとした神経毒が鼻腔をくすぐり、恍惚とする。
 撃ったマシンガンの反動の振動の体感もまた、恍惚に拍車を掛ける。
「お、お助けを。許して下さいィィィ」
 おれは叫んでみる。もちろんわざとだ。
 するとモーリスは、
「愉快愉快」
 と、愉快だから、愉快だとしゃべるというトートロジーを発生させる。
「愉快愉快」の反復は脳波キーボードでひたすら打ち込まれる。
 負荷がかかりすぎて文字が吹き出しに読み込めなくなり「Now Loading」のメッセージがずっと表示されたままになる。
 負荷により会話モードはフリーズした。
 と、同時にモーリスは口から絶え間なくよだれを垂らし、あげく失禁し始めた。

 脳内報酬系が暴走してしまったのだ。
 そして、モーリスは精神が自壊した。

 さすがにこの光景はいたたまれなかった。
 おれは奴がおれを見失っているのを確認し、後ろに回る。
 そして後頭部に思い切りイカスミ弾をゼロ距離で掃射し、叩き込んだ。
「愉快愉快」の吹き出しが粉々に分解され、モーリスは揮発した神経毒に塗れ、自分が垂らしたよだれとイカスミの池の中に沈んだ。
 第二回戦、終了。

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