第6話 かくてロジックは『切り裂きジャック』を切り裂く

文字数 6,770文字

「うはー、貸し切りだー! 風きもちー!」

 屋上の扉を開くなり、美由が走って飛び出した。

「ちょ、美由! あんまり全速力で走るとパンツ見えるわよ! ばか!」

 綾は風でなびくスカートを気にしながら美由を追いかける。

 俺は美由のスカートを注視した。ぱたぱたと動くスカートの裾。しかし、肝心のパンツが見えない。あんな布切れ一枚で鉄壁の守りを見せるとは。女子のスカート、恐るべし。

「貴志くん、大輔くん。パンツ見ようとしない」

 静香が俺と大輔の頬をつねった。ギターで鍛え上げられた指でつねられると、結構痛い。というか大輔。お前も見ていたのか。

「み、見ないはら。ゆるひて」

 上手く発音できなかったが、謝罪の意が伝わったのだろう。静香は俺たちを解放した。

「もう。二人とも、えっちなんだから」

 静香が半眼で俺たちを睨んだ。大輔が隣で「怒った静香も可愛いな」とほざいている。お前、怒られている自覚ないだろ。

 俺たちは屋上の中央に集まった。
 七人で、立ったまま円を描くように丸くなる。

「みんな。今日は集まってくれてありがとう。話をする前に……飯田くん。悪いね、いきなり呼び出して」
「いや、いいよ。玲奈から話は聞いてる。俺に協力できることがあるなら言ってくれ」
「ちょ、ちょっと! みんなの前で玲奈って呼ぶの禁止って言ったじゃん! 玲奈って呼んでいいの、二人きりのときだけっ!」

 里中が顔を赤くして抗議するが、飯田は「ごめん、ごめん」と笑いながら謝っている。里中よ。お前、ツンデレだったんかい。

「私たちが集められたってことは……事件に関係すること?」

 美由が俺たち軽音楽部の顔を順番に見る。

「ああ。犯人がわかった」
「えっ、もう!?

 美由が驚くより先に、里中が声を上げる。

「本当なの? 昨日の今日じゃん」
「まぁな。里中は知らないと思うけど、こう見えて俺、推理小説好きだし」
「いやそれ絶対関係ないし……で、犯人って誰なの?」
「気持ちはわかるけど、そう焦るな。推理を披露する前に、一つだけ……犯人に告ぐ。今、この場で自白する気はないか?」
「ま、待って! それってこの中に犯人がいるってこと?」

 美由の問いに俺がうなずくと、みんなは不安げな表情を浮かべ、顔を見合わせた。
 十秒ほど待ったが、誰も手を上げる様子はない。

「……そうか。わかった。じゃあ、俺の推理を聞いてくれ。まず事件の概要を説明する。大輔、頼む」

 大輔は無表情のまま、制服の内ポケットからメモ帳を取り出した。あれには事件のことが記されている。ちなみに俺が書かせた。
 大輔だけには真犯人が誰か伝えてあるし、今日の段取りも説明済みだ。

「それじゃあ、貴志に代わって俺が説明するぞ。事件発覚は六限の体育の授業後。教室の美由の机の上にあったグローブがなくなっていて、窓の外の茂みに切り刻まれて捨てられていた」
「説明不足だから補足すると、美由のグローブが机にあったことは、美由自身が確認している。最後に見たのは着替えの時間だそうだ」

 大輔は「それ今言おうと思ってたから」と小声で文句を言いつつ、説明を続けた。

「教室の侵入経路はドアしかない。しかし、それらは全部施錠されていた。つまり密室だったってことだ。鍵を持っていたのは静香だが、里中と美由にも貸している。ここまでで矛盾はないか?」
「あのさ。矛盾はないけど、一応、窓からも侵入できるんじゃないの?」

 里中の指摘に、大輔は「その質問は想定済みだ」と言わんばかりに、余裕の笑みを浮かべる。

「たしかに窓から侵入した可能性もなくはないが、限りなくゼロだ。教室は三階だし、しかも窓は校庭側に面している。足場のないあそこに昇って鍵を開けて侵入し、密室トリックを作ってから帰ったというのは考えにくい。体育で校庭にいた生徒から目撃情報も出てくるだろうしな。つまり、実質的に侵入経路はドアに限られる……で、合ってるよな、貴志」
「ああ。つまり鍵を持っていた人物が圧倒的に怪しいってことになる。となると、容疑者は鍵を持っていた静香、里中、美由だな。では、一人ずつ犯人かどうか検証していくぞ。まずは静香だ」

 みんなが見守る中、俺は静香に向き合った。

「静香は施錠した後、鍵はポケットに入れていた。どこかに落としたりしていない。間違いないな?」
「間違いないよ。私が持っている間は、誰も教室を開けることはできないはず」
「そうだな。で、静香は足を擦りむいて、美由とともに保健室に行った。保健室で治療中、里中に鍵を貸したと」
「うん、貸した」
「里中はタオルを教室に忘れたらしく、鍵を持って教室へ行った。その後、帰ってきた里中から鍵を返してもらい、再びポケットへ。その後、教室の開錠を頼むために美由に貸した。ここで重要なのは、保健室へ行っていていた間も含めて、体育の時間、静香のそばにずっと美由がいたという事実。そうだな、美由?」
「うん! 静香ちゃんが犯人なわけないよ!」
「つまり、静香には美由の監視があった。これは立派なアリバイだ。美由が常にそばにいたのなら、途中で授業を抜け出して教室に戻ることは不可能だろう。よって静香は容疑者から除外していい。疑って悪かったな、静香」
「ううん、いいの。信じてたよ、うちのベーシストさん」

 静香が優しく微笑みを投げかけてきた。俺ってそんなに信頼されていたのか。ちょっぴりくすぐったいな。

 ……と、ほっこりしている場合じゃない。次からが本番だぞ。

「さて。次の容疑者は里中だ。悪いけど、嘘だけはつかないでくれよ?」
「何それ。やっぱり、私のこと疑ってるわけ?」

 里中の言葉には棘があったが、彼女の手は震えていた。犯人扱いされていることに怯えているのだろう。
 俺は里中の問いには答えず、推理を始める。

「里中は教室にタオルを忘れた。取りに戻りたいから鍵を借りた。そうだな?」
「そうだけど、私が行ったときにはグローブはあった。本当だよ、信じて――」
「言ったよな? 嘘だけはつくなって」

 俺がそう言うと、里中はビクンと肩を震わせた。
 すかさず彼氏の飯田が里中をかばう。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! たしかに教室に戻った行動は疑わしいかもしれない。でも、だからといって、直ちに犯人扱いはおかしい!」
「飯田くんは少し黙っててくれ。里中……お前、タオルなんて持ってきてなかっただろ?」

 里中は「え、え?」と急におろおろし始め、飯田と俺を交互に見ている。

「たかが体育のバレーボールで、タオルが必要なほど汗をかくとは思えないんだよね。走り回るわけじゃないし、あんなの遊びみたいなもんじゃん?」
「そ、そんなの人によるでしょ! 私は一生懸命やるタイプなの!」
「まぁそうだな。今のは俺の主観的な疑問だ。証拠でもなんでもない。だけど、里中が嘘をついていることに変わりはない……静香、それに美由。二人に聞くぞ。里中が静香に鍵を返却したとき、里中はタオルを持っていたか?」

 静香は何かに気づいたように口を開けて驚いてから、首を左右に振った。美由は目を閉じて熟考したが、結局タオルを見ていないらしく「……ごめん、記憶にないみたい」と申し訳なさそうに言った。

「だそうだ。里中。何か反論は? 道中で失くしたとか、探したけど、よく考えたらそもそも持ってきてなかったってのはナシだぞ。昨日の証言になかったからな」
「タ……タオルは校庭の水道のところに置いといたんだよ! 授業の後で顔を洗いたかったから!」
「はい、二回目の嘘。お前は昨日、俺が『タオルを取った後、鍵を返しに保健室に向かったのか?』と質問したら『直行した』と答えた。しかも、静香は保健室に『いなかった』。その後『小走りで校庭に行ったら、ちょうど戻っていくところだったから、合流して鍵を返した』とも言っている。つまり里中……お前は鍵を返却する前に校庭の水道に寄っていない。タオルは所持していたはずだ」
「なっ……そ、そうだったかもしれない。でも、タオルは持ってたから! 二人が見落としたんだよ!」
「一人ならまだしも、二人も見落とすか?」
「そ、それは……」
「まぁでも、たしかに二人が見落とした可能性はゼロじゃない。でも、もう一つ里中はボロを出した」
「な、何を言って……」
「里中。お前、本当に教室に行ったのか?」

 里中は何か反論しようと口を開くが、言葉が出ず、空気を食むにとどまった。

 そもそも、静香の話を聞いた時点で不自然だったんだ。静香の証言では鍵を貸してから返しに来るまで十分くらいまで時間がかかったらしいじゃないか。教室に行くだけなのに、十分もかかるのはおかしい。
 そしてもう一つ、里中は事実と矛盾する証言をしている。

「昨日の里中の証言……あれは明らかにおかしい。『うちの教室がある廊下で誰かと会ったか?』という俺の問いに対し、お前は『誰とも会ってない』『廊下は授業中で、他の教室の生徒は真面目に板書していた』『廊下は静かだった』と答えた」

 そんなわけない。
 だって、二年三組の授業は――。

「あのとき、三組は美術の授業だった。絵を描く授業だったらしい。だから板書なんてしていないんだよ」
「あ……」
「お前……三組の授業が美術だったとわかると、不都合なことがあったんじゃないのか? だから俺を騙すような証言をしたんだろ。違うか?」
「あの……み、見間違いだったかも! そう、見間違いで――」

「もういい、玲奈。これ以上、嘘を塗り固めるな」

 飯田が里中の言い訳を遮る。
 俺は飯田に向き合い、彼を問い詰めるように質問する。

「今の言い方、飯田くんは真実を知っているような言い方だったな? 教えてくれないか?」
「だ、だめ飯田くん! 言っちゃやだ!」

 里中が飯田に必死に訴えるが、彼の意思は変わらなかった。

「これ以上、玲奈が追い詰められる姿を見たくない。俺は真実を話す。許してくれ」

 飯田が里中をなだめていると、静香の顔が真っ青になる。

「もしかして……里中さんが犯人なの? レギュラーを取られた腹いせに、美由ちゃんのグローブに悪戯したの?」
「違うよ、静香さん。玲奈は犯人じゃない。今からそれを証言する」

 飯田は一度深呼吸をした後、意を決して口を開いた。

「あの時間、玲奈はタオルなんて取りに行ってない」

 そうだな。俺の予想が正しければ、彼女は――。

「白状しよう……玲奈は美術の授業を抜け出した俺と会って、イチャイチャしていたんだ!」

 すぐに静寂が訪れた。
 みんなの顔には一様に「何してんだこのバカップルは」と書いてある。

 ……あれ? イチャイチャしてたの? 俺の推理と微妙に違うんだけど。二人は密会して楽しく会話していたくらいだと思っていたけど、イチャイチャしてたの?

 ちらりと里中を見る。彼女は顔を両手で覆い、「恥ずかしい。もうやだ。死にたい」と弱々しい声を漏らしていた。どんまい、里中。俺、お前のこと男勝りで怖い女だと思っていたけど、今回の件で好きになれたよ!

「ちなみに飯田くん。イチャイチャというのは、具体的にどこまでやっちゃったの? ちゅうまでなら大目に見てやるが――」
「やめなさいよ、ばか!」

 ほんのりと頬を朱に染めた綾が、俺の腹に水平チョップをくらわせた。地味に痛い。

「ぐはっ……ま、まぁその件に関しては詳しく聞かないでおこう」

 腹を擦りつつ、気を取り直して推理を続ける。

「整理するぞ。里中はタオルを取りに行くという偽の理由で授業を抜け出した。その嘘にリアリティーを持たせるために、静香から鍵を借りたってわけだな。タオルを取りに行くと言っておいて、鍵を借りないのは不自然だからだ。で、飯田くんは美術の授業だから、水を入れ替えたり、パレットを洗ったりする名目で教室を簡単に出ることができる。二人はこうして授業を抜け出したってわけだ」

 生徒が水道に行くたびに、いちいち先生も監視したりしない。容易に抜け出せるだろう。

「まぁとんでもないカミングアウトがあったが、里中は『教室に行ってない』。つまり、犯人ではないってことだ」

 そして、残った容疑者は。

「美由……あとはお前一人だ」

 美由に向き合うと、彼女は慌てて首を振った。

「わ、私が犯人なわけないじゃん! 自分のグローブを切り刻む理由なんてないもん! えーと……こういうの、動機がないって言うんでしょ?」
「たしかに動機はわからない。だから俺は動機からじゃなくて、状況から推理しようと思う」
「よくわからないけど、かかってこい!」
「まず結論から言うと、美由が犯人ではない、という確証はない」
「犯人ではない、という確証はない……? どういうこと?」
「犯人ではないと完全に証明することは無理だったってこと」
「ってことは、やっぱり私を疑っているの!?
「いや、疑っちゃいないよ」

 そう。美由が犯人であるなら、かなり不自然な点がある。

「そもそも、だ。この事件が美由の自作自演だった場合、お前はなんで容疑者候補になってるのって話になる。普通は誰かを犯人に仕立て上げるだろ」
「あ、そうか!」

 静香がぽんと手を打った。

「静香はわかったみたいだな」
「うん。鍵をずっと持っていたのは私でしょ? つまり、私が犯人の最有力候補なわけ。でも、美由ちゃんは、私が犯人ではないって証言をしてくれた。もし美由ちゃんが犯人なら、私に保健室になんてついて来ないもの。だって、そうすれば私は保健室に一人で行ったことになるから、その時間のアリバイがなくなる。そうすれば、美由ちゃんは私に容疑をかけられる!」
「そのとおり。犯人は普通、誰か別の人物を犯人に仕立て上げるように行動する。もし美由が犯人なら、静香をかばうような証言はしない。しかも、美由はずっと静香と行動していた。この行動により、静香のアリバイは成立している。美由が犯人なら、静香のアリバイ作りに協力するような行動は取らないはずだ」

 現状、三人の中で犯行可能なのは美由だけだが、彼女の行動はかなり違和感がある。

「以上の理由から、俺は美由が犯人の可能性は低いと思う」
「あ……でも、それっておかしくない?」

 推理の途中で、静香が待ったをかける。

「容疑者は三人でしょ? 貴志くんの推理だと、容疑者全員犯人じゃないってことだよね?」
「ああ、そうだ――真犯人は別にいる」

 そう……たった一人だけ、犯行可能な人物がいる。

「静香。この事件の犯人の条件ってなんだ?」
「えっと、犯行が可能なのは『鍵を持っていた人物』でしょ? だから里中さんと美由ちゃんと私が容疑者……そういう推理だったよね?」
「惜しいけど、厳密には違うんだ。犯人の条件は『グローブを捨てることができた人物』だ。グローブを捨てることができれば、必ずしも密室を破る必要はない。つまり、鍵は絶対に必要というわけではないんだ」
「グローブを捨てるためには、密室を破るしか方法はないんじゃないの? それに、鍵を使う以外の方法で密室を破るなんて無理じゃ……あ、ピッキング! あれなら鍵を持っていなくてもできるよ!」
「思い出せ、静香。三組は美術だったんだぞ?」
「あ……美術の授業は水を取り替えたり、パレットを洗う必要がある。三組の生徒が廊下にある水道に行き来するだろうから、堂々とピッキングしている時間はない……?」
「ああ。そのとおりだ」

 美由が鍵を開錠しに教室へ向かったとき、廊下で生徒とすれ違ったと言っていた。そいつはおそらく三組の生徒で、パレットを洗いに水道へ向かったのだろう。六限の時間帯、あの廊下は三組の生徒がうろつく危険地帯だったのだ。

「しかも、犯人はご丁寧に鍵を閉めて帰っている。人の目があるのに、そこまでするのはリスクが大きすぎる。それに鍵は閉めないほうが容疑者を絞りにくいだろ? 犯人が鍵を閉める理由はない」
「鍵を閉める理由はない……つまり、犯人は鍵を閉める理由があった?」

 静香が難しい顔をして尋ねた。

「それは少し違うな。俺の推理だと、鍵を開け閉めせずに犯行が可能だった人物が犯人だ。おそらく、静香が教室を施錠してから美由が開錠するまで、誰も教室の鍵を開けていない」
「ど、どうやったらそんなことできるの? 間違いなく鍵は全部閉めてあったのに、教室に入った人がいるってこと? 鍵なしで密室を破るなんて無理だよ」

 静香の言うとおりである。
 密室を破ることは不可能――その結論こそが、この事件の答えだ。

 密室が破られていないとすれば、密室になる直前か、または密室じゃなくなった直後、事件は起きたんだ。

 教室が施錠される直前、教室には二人いた。
 つまり、容疑者は二人いる。
 そのうちの一人――美由は、犯人である可能性が低いと断言したばかりだ。

 これが俺の導き出した真実だ。
 犯人は教室が施錠されたとき、美由と一緒に教室に残っていた人物――。

「綾……お前が犯人だ」
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