第5話

文字数 9,038文字


 5章

「そういえば、銀行強盗のイレズミについて何か新情報は無いかな?」
「お前の友人が色々と調べているようだったな」
たけおに聞いてみるつもりで、冬気は携帯電話を取り出す。
「おっ、今度は電話が通じる」
「通じたり通じなかったり、面倒くさい街だな」
 師匠がぼやく。
「この街の人もそう思っているよ」
 電話を掛けようとして、止まる。
 たけおは警察の関係者だ。彼と話せば話すほど、自分が場違いなことをしていると意識してしまう。
 ヒーローとしての活動とその新しい環境に人生が乗っ取られて振り回されているように感じられる。けれども、自分に関係することだし、事態を収拾する力があるならばそれを使用するのは当然のことである。
 意識すればするほど迷ってくる。
「どうした?」
 師匠が思考の迷宮に入り込んだ冬気に聞いてくる。
「お前は、無理やり押し付けられた、と思っているが選んだのは自分である。それはすなわち心のままに受け入れた、ということだ」
 冬気の気持ちを察した師匠が解説する。
「つまり、自分で理解していないだけで本心からの素直な行動だった、ってこと?」
「そのとおりだ」
「わかったよ」
 冬気が答えて電話をかけなおす。
 電話に出たのは友人のたけおだった。
「やあ、元気してる?」
「冬気か? いったいどこ行ってたんだ?」
「色々と事情が立て込んでいて」
「歩き回っている余裕は無いと思うが……ここでの生活にまだ慣れていないんだろう?」
 冬気の言葉にたけおが探りを入れてくる。
「むう、そんなことよりも事件について何か進展はあった?」
 冬気が無理やり話題を変えようとする。
「……実はな」
 たけおは言いにくそうに話す。
 彼の話では自分たちを人質にとった銀行強盗たちが釈放されたとのことだ。
「ふむ、そんなに容易く」
 師匠が疑問の声をあげる。
「保釈金は支払われたが、弁護士が隠していてその出所はまだわからない」
「つまりは、裏の奥で誰かと繋がっているということ?」
 金の出所は時間をかけて調べればわかりそうだが、その時間が惜しい。
 銀行強盗たちには入れ墨があって、それは師匠の宿敵の神のものだったらしい。何か関係があるかもしれない。
「わかった、ありがとう」
 保釈された強盗を探して確かめてみよう。
「ハンターからは逃げられん」
 師匠の言葉に冬気がうなずく。冬気たちは保釈された銀行強盗の棲家に来ていた。場所は途中にあったパトカーの機械を無断で操作して住所を調べ上げた。たけおが前にパトカーの装備されている機械について教えてくれた。
 裏通りの建物だ。周囲に他の人の気配はない。影から覗いても本人はまだ戻ってこない様子。
「出直すか?」
「まだ早いぞ。ほれ奴が来た」
 自分が前に見た顔の男が建物に入ってくのを見る。テレビで銀行強盗の顔は世間にさらされていたから覚えている。
 冬気は師匠と融合してジャガーマンになり、爪の具合を確かめて、男の後を追う。
表玄関に鍵はかかっていないことを確かめる。
中にこっそりと入る。男は冬気が入ってきたのに気づかずに玄関に背中を向けている。冬気は音をたてずに静かに近寄る。
「よう」
振り返った男に向けて挨拶をする。
冬気は驚いた相手よりすばやく動いて襟首をつかんで、そのまま投げ伏せる。男は何も行動できずに床に倒される。
「さあて、素直に吐いたほうが身のためだぞ。誰が保釈金を払った? 誰と繋がっている?」
 すごんで脅してみる。
「金を払ったのは“教団”だ」
「お前の入れ墨と関係しているのか?」
「……そうだ」
 男は寝ころんだまま声を絞り出す。
「(これで入れ墨と繋がったな)」
 冬気が心の中でうなずく。
「何でお前みたいな軍人崩れが宗教にはまったんだい?」
「軍人崇拝カルトだからな」
そりゃまた物騒な。
「テスカトリポカっていう戦争の神を崇めるものだ」
「(ほう、奴が絡んでいるとはな)」
「教団に金を流している奴は?」
 冬気はさらに問い詰める。
「知らん」
冬気が爪を伸ばして見せつける。
「嘘じゃねえ! 本当に知らないんだ!」
 男の言葉はウソではないようだ。長さを持て余したような爪をひっこめる。

「警備員が連中の仲間とはね」
「(仲間なら誰でも入れるはずだ)」
 冬気たちはテスカの教団に潜入することになった。教団の場所は倒した強盗に聞いた。強盗から建物に入るには教団のメンバーである警備員に連絡をしてこっそりと建物内部に入ることを聞き出した。
「しかし、まあ警察に連絡したほうがいいかな?」
 冬気がふとした疑問を口にする。
「(ふむ)」
「ヒーローとしての活動をしたくないわけではないけれど、無理して潜入することはないかもしれない」
「(そうだな、それはこの状況では合理的な判断だ。しかし、まだ奴の言うことが本当かはわかっていない)」
「本当かどうか確かめる必要があるね」
「(そうだ)」
 とりあえず、潜入してどんな危険なことをしているかを調べる。それに、師匠の宿敵と戦うにしても警察の介入は邪魔になるかもしれない? じきじきに決着をつけなければならない相手のようだし……。
 教団ビルは普通のビルに見える。しかし、このビルのいくつかの階層が丸ごと教団のアジトであるらしい。
 警備員の隙を突いて、建物の中に侵入してみると、教団があるという階層は武器だらけだった。
軍人崇拝教団、というが聞いた話からすると実際には戦争していればいい、という連中のようだ。
静かに歩き回って広間のようなところに来る。そこは天上が高く、騒いでいるせいか誰にも気づかれずに中に入ることができた。中には大勢の武装した教団メンバーと思われる者たちがいる。
「(ここまで派手に集まっているのならば証拠としては十分なのではないか? 警察に連絡しようではないか。彼らは治安維持のための兵隊なのだろう?)」
「まあ、兵隊と言うか、訓練を受けた人々だね」
 広間の異様な光景を眺めた師匠の言葉に冬気が答える。彼の感覚はやや時代遅れなところがある。
「たぶん、警察よりも獲物を追い詰めるハンターのほうが速いかも」
 冬気が推測を言う。根拠があるわけではないが、直感的に言う。
「(警察は組織で、ハンターは個人であるからな……面倒な手続きが無い)」
 師匠は狩りの神のせいか自慢のように話す。
「まあ、そうだね」
 冬気は曖昧に答える。
とはいえ、この武器だらけの状況を見たら、手続きどころかすぐに逮捕だろう。
「便利なものがあるよ」
無造作に置かれている箱には閃光手榴弾と書かれている。
「(何だ、それ?)」
 冬気が手に取った物について師匠が質問する。
「目くらましさ。大きな音と光で相手の動きを止める」
さらにナイフも何本か拝借する。
そして携帯電話で外部に連絡しようとする。
すこし考えて、警察へのコネのある友人のたけおにかけることにする。
「警察に直接電話すると掛け合ってくれないかもしれないが、たけおのコネならば、普通の警察よりは深く調べてくれるはず」
「(まずい、誰か来るぞ)」
誰かの足音が聞こえてきてあわてて物陰に隠れる。
「(ハンターを探すことができるものか)」
 師匠の言う通りジャガーマンであるところの冬気は完全に気配を隠して潜んでいる。
 だがしかし、上手いこと隠れたつもりだったが、やってきた男はナイフが無くなっているのに気づく。
「(まずい! ばれるぞ!)」
「させないよ」
 冬気が物陰から飛び出て、相手の顔に拳の一発を食らわせる。
 男が倒れた拍子に箱に当たって派手な音をたてる。
「あちゃ~」
 物音に気付いて奥から大勢やってくる。
「(何やっとる。奴らは出口を塞ぎにかかるぞ?!)」
「平気、平気、世界最高のハンターなんだろ? 何とかなるさ」
 冬気は軽口をたたいて楽観を装うが、虚勢でしかない。
 やってくる教団員が気勢を上げているのに呆れつつも、広間に向かい閃光手榴弾を投げる。すぐに耳を塞ぎ、目を閉じる。
爆発が起きて、強烈な光と音が広間を覆い、皆が動けなくなる。
「(よし、行くぞ)」
 動けなくなっている集団の中に飛び込んでいく。
 まずは、手身近にいる男の顔を殴って、武器を取り上げる。
さらに集まって動けなくなっているところに飛び込み、爪を振るって、武器だけを切っていく。
「敵だ!!」
光と音から運よく、免れた者が侵入者のことを皆に警告する。
冬気は声を上げた者のほうに二本のナイフを投げる。
一本が、銃口に刺さり、もう一本は、正確に肩口の衣服を貫き、背後の壁に縫い付ける。
 部屋中を駆け回り、一人一人殴り倒していく。思ったよりも簡単に部屋の中を制圧できそうだなと思ったとき、異様な気配に気づく。
気配の方角を見ると、白いフードを被った黒い豹人間のような者がいつの間にかそこにいた。
「(あれこそは、テスカトリポカ!)」
 あれが師匠であるジャガーの精霊の宿敵である戦争の神か。
 黒豹人間はすぐに部屋から逃げていく。
「(急げ、奴を逃がしてはならぬ)」
 師匠が冬気を急がせる。
「わかってるよ」
 そうは言っても、まだダウンしていない者たちが、光と音から回復して侵入者を探そうとしている。
 まだ倒れていない奴らにとどめを与えるために、最後の一つとなる閃光手榴弾を投げる。
 再び、轟音と光が発せられて、動けなくなる。
 塞いでいた耳から手を放し、動けない者に飛び蹴りを食らわせる。避けることさえできない相手は失神してそのまま床に倒れる。
 他に動いている者を探すが、見つからない。
 後は警察に任せよう。
「(奴を追いかけるぞ)」
 追いかけようとすると足首をつかまれる。
 まだ意識を持っている奴がいたようだ。そいつは立ち上がって、つかんだ足を引っ張って、力任せに投げ飛ばされる。
 体勢を直すこともできずに木箱にぶつかる。中には何も入っていなかったようで、それは粉々になって木片をばら撒く。
 冬気が自分を投げた相手を見ると、その男はかなりの大柄で体力に自信がありそうに見えた。
「(こんな奴に構っている時間は無いぞ)」
冬気が師匠に言葉に無言でうなずいて、大男が殴りかかってくるのをかがんでくぐりぬけて避ける。
さらに相手が背後に対して回し蹴りを放ってくるのを垂直に飛んで避けて、そのまま大男の顔に蹴りを放つ。大男はたまらずによろめき、後ろに退いて膝をつく。
大男が足元にある銃に躓いてそれに気づく。
「まずい!」
拾い上げた銃で撃とうとする。
冬気は先ほど床に転がった木片を拾って投げる。それは大男の顔に当たり、仰向けにのけぞる。そこに冬気が大男めがけて跳躍して飛び蹴りをくらわす。
大男は体ごと吹っ飛ばされて地面に倒れて動かなくなる。
 見た感じ、大男は完全に失神したようだ。
「(よくやった、行こう)」
 師匠が冬気に促す。

テスカポリトカを追いかけるうちに、屋上にたどり着きそうだ。
さらに上に向かうと、階段の壁に黒豹男の影が見える。相手に追いついたようなのでスピードを緩めて慎重に近づく。ジャガーマンの感覚を十二分に活用しようとする。
背後から何者かに体当たりを食らい、冬気が前に転がる。
隙を突かれたようだ。
「(気をつけろ!)」
 師匠に警告される。冬気が立ち直り、自分にぶつかってきた相手に対面する。相手は下で見た白い上掛けを取り去って黒豹の顔を見せていた。
「あんたがテスカポリトカ?」
「そのとおり、この世界の神々の頂点の存在だ!」
その傲慢な物言いに初対面の冬気が辟易してしまう。これは出井蘭に負けず劣らずの傲慢さだな。
「教団のほうは潰したし、すぐに警察が来てお前の信者を連れて行くよ?」
「(終わりだな)」
 師匠と冬気が勝利宣言をする。
「そうだな」
しかし、この軍神は動揺せずに、落ち着いているようだった。相手は話を続ける。
「良い申し出がある。神のハンターを辞めろ、人の子よ」
 テスカトリポカよくない申し出をしてくる。
「無理」
 冬気は即答で拒否する。
「強制はできないが、それはお前に取りついている精霊も同じだ」
 確かに……ジャガーの神にして精霊のハンターになることは強制ではない。
「新しい環境を受け入れたいのに、ヒーローの真似事をしているせいで、それができなくなっている」
 図星ではあるが、ずいぶんと知ったような物言いをする。
テスカトリポカが話を続ける。彼は冬気の現状の生活を指摘している。なぜ知っているのかはどうでもいい。超常の存在ならば調べる手段などいくらでもある。
問題なのは奴が立場上、新旧の交代を否定していることだ。新しい生活に四苦八苦している冬気の状況と重ならないこともない……。
「そっちのほうこそ、出井蘭たちの悪事をかばうのを止めたらどうだい?」
 テスカトリポカの言葉に対して冬気は強がって言い返す。
「新しければよいというわけではない。長い間、人類を見続けて新しいものに翻弄される者たちを見てきた。私は古きに帰るときである、と考える」
 結局のところ彼の考えるところはひとつなのだろうな、と冬気は思い始める。
「すなわち、別れた半分の神は融合し、古き時代のテスカポリトカに戻るべきだ!」
 この戦争の神は師匠に聞いた通りで一つのことしか頭にない。すなわち、戦争。それはともかく会話は平行線をたどりそう。
遠くに聞こえるパトカーの音をジャガーマンの聴覚が捉える。それはだんだんと近づいて来ていて、かなりの数であることがわかる。
「MAAを送りつけたことはあんたの指図?」
 素直に答えるとは思えないけど、真相に近づかなくてはならない。
「私ではない。奴には奴の計画がある」
「奴って出井蘭のこと?」
 テスカトリポカは答える代わりに口の端を上げて笑う。
「手を切るんだな、お前の中の精霊に命を助けられていても、お前が命を賭ける理由にはならんだろ?」
 再度、同じ申し出をしてくる。師匠との縁を切れ、と。
 恩義というものを無視した考え方だが、必ずしも命を懸けて報いるわけではない。
「そう言うのなら、出井蘭の悪事を止めさせてくれ、あんたが黒幕なんだろ?」
「すべては出井蘭に任せている。私はほとんど関与していない」
「だいたい、僕はこの街で新しい生活をしているんだ。昔に戻すのは無理だよ」
 黒豹が階段の上に向かうそぶりを見せる。そこから先はビルの屋上だ。
「出井蘭の奴もこの街に固執している。お前の望みは叶わない」
 冬気もどうにかして黒豹との距離を縮めようと考える。
「今度、会ったら命を奪う」
 そう言い捨てて黒豹が逃げ去ろうとする。
「(交渉決裂だ、追いかけろ)」
 師匠に言われるまでもなく冬気が追いかける。追いかけて行った先はビルの屋上だ。テスカトリポカはビルの端まで逃げていく。
 それを冬気たちが追いかける。
 ビルの屋上に傾いた太陽の光が屋上ごと冬気の顔を照らす。
テスカトリポカが上空に居合わせた軍用輸送ヘリを見て、手を動かす。ヘリがバランスを崩したのか、奇妙な動きを見せて、まっすぐこちらに落ちてくる。
「(墜落させてぶつけるつもりか?)」
「とりあえず、逃げよう」
そう言って冬気が階下に逆戻りして、逃げる。
壁の陰に身をひそめる。
 墜落の衝撃とともに大爆発が起きて爆風が冬気たちの隠れている壁にぶつかる。
 爆発がおさまってから物陰から出ていく。
「(直撃は避けたようだな)」
かろうじて衝突を避けたようだ。
 武器代わりにされて墜落したヘリを遠巻きに眺めつつ、その脇を通り、屋上に再度向かう。テスカトリポカはまだ屋上にいて、ビルの端に立っていた。その身を翻してビルの屋上から飛び降りた。
「(まずい! 逃げられる!)」
 師匠の動揺する声が冬気の頭に響く。
 慌てて追いかけようとするとジャガーマンの感覚に反応がある。超人的な聴覚が人の声を聴き分ける。それは墜落したヘリの方から聞こえてくる。
 冬気はヘリの方を見て、そしてテスカトリポカの逃げた方向を見る。もう姿は見えないが、急げば追いつけるかもしれない。しかし……。
「(パイロットが生きているようだ)」
 師匠の言うとおり気配はする。人命救助が優先だ。冬気は迷いを吹っ切って炎上しているヘリに向かう。
 機体のそばに行ってドアを無理やりはがす。中にいるパイロットを外へと引っ張り出す。
「俺はいいから、向こうの相棒を助けてくれ」
助けたパイロットが言う。助けたほうは見た目よりも元気なようだ。
冬気が彼の示したほうを見ると、操縦席の奥にもう一人いる。
そのパイロットのほうを引っ張ろうとする。気を失っているようだったが、うめくので助ける手を止める。
「(挟まっているようだ)」
 師匠の言う通り、操縦席が歪んで足が挟まっている。
「急げ! 爆発するぞ!」
 さっきのパイロットが声をかける。彼は自力で陰になる安全な場所まで歩いて避難している。
 冬気の耳に燃料が流れ出る音が聞こえてくる。火花の音も聞こえる。引火したら炎上するに違いない。
いったん外側から回り込んで、操縦席の外面を爪で切り裂く。それはハサミで薄い紙を切るよりも容易かった。
切り裂いた場所から手を入れて、腕力で無理やり挟んでいる部分を曲げる。
挟まった部分を曲げて隙間ができたのがわかると、今度はパイロットを拘束しているベルトを切り、体を引き出して肩にかつぐ。
目の端に火花が引火して、燃料が燃えるのが見える。
「(すぐに移動するぞ!)」
「あいよ」
 冬気が師匠の声に応える。
さっきのパイロットが物陰に誘導するべく、手招きしているのが見える。そちらに走って逃げる。
「こっちだ!」
 冬気が物陰に走りこむのと同時に背後で爆発を起きる。
 爆風と炎がさっきまでいた場所を吹き飛ばす。爆発がこれ以上大きくならないのを見計らって安堵の息を吐く。原型が残っていたヘリは二度の爆発で粉々になったようだ。
「ありがと」
 冬気がさっきのパイロットの誘導に感謝する。
「こっちこそ助かったよ」
 そう話しかけながら、元気なほうのパイロットが電話で連絡している。すぐに救急車が来るだろう。

「どうやら、奴は私よりも力を持っているようだ」
 現場は騒然としていて冬気たちはその様子を離れたところから眺めている。
「そうみたいだね」
 師匠の言葉に返答に一瞬躊躇して答える。事実を指摘されるのは誰でも嫌なことなのだ。
 ビルの屋上に軍事用ヘリコプターが墜落して爆発したという大事故が発生したからだ。加えて、ビルの内部での戦争まがいの銃撃戦が発生したので、数十台のパトカーと消防車が駆けつけている。野次馬よりも事態を収拾しようとする人々のほうが多い。
「しかし、テスカは戦争の神だから、軍縮の傾向にある今の世の中では本調子ではないのかもしれない」
「だから襲わなかった?」
 軍神の行動について冬気が尋ねる。
「奴が出井蘭と組んでいるのなら、奴の計画を優先しているのかもしれん」
「まあ、不正に関してはあの荒っぽい神様の担当では無さそうだね」
 冬気たちは都合上、警察や消防を誘導する必要があったので、まだ現場にとどまっている。爆発からの炎上はビルの消防設備などがあって、冬気たちも手伝ったのでどうにかなった。
 ビルの所有者であるという出井蘭がテレビのインタビューに答えているのが見える。出井蘭がビルの内部のことについてシラを切っていた。
「私はまったく関係ない。武装集団たちは私のビルを勝手に占領して使っていたのだ」
 出井蘭の言葉はどこか白々しい。けれども、この手のビジネスマンたちは裏を持っているのが普通だし、それにみんな出井蘭のことに慣れているせいか深く疑わない。
 それよりもテスカトリポカを崇拝する連中のいるビルの所有者が出井蘭だったとは、もう偶然ではないな。
「あんな言い訳が通じるのかな?」
「(さあな)」
 冬気の疑問に師匠が曖昧な答えを返す。
しょうがない……対決しよう。冬気は意を決して、直に話そうとする。
「やあ、出井蘭さん」
 冬気は気安く声をかける。出井蘭がジャガーマンに向きなおる。
「ビルの内部に戦争教団を呼び込んだのはあんたなのかい?」
「知らんな」
 冬気のストレートな質問を出井蘭が否定する。
「抜け目の無い経営者なのに、あんな危険な連中がビルを借りていることを知らないというのはおかしいね」
「誰にだって欠点はある。完璧ではない」
 出井蘭の話は続く。
「君にだって欠点はある、そうだろう? これはそれだ」
 追及しても答えそうにない。手堅く、そして尻尾を出さない。
「こういう顔に見覚えはある? これをもっと黒くしたようなの」
 冬気は自分の顔を指差して聞く。
 出井蘭はジャガーマンの顔を見て言葉に詰まった様子である。
「そんなことよりも」
 気を取り直して話題をそらしている。視線もそらしてしまった。どうやら当たりのようだ。
「そうそう、ビルには保険をかけてある。私は損をしない。ご苦労だったな猫くん」
「「(ジャガーだ!)」」
 出井蘭の挑発の言葉に思わず言い返す。
「(あんな挑発に乗るでない!)」
「自分だって怒ったくせに」
 冬気と師匠で言い争う。結局、出井蘭は不利と見たようで、用事があると言って現場からいなくなってしまった。現場のほうは収まりつつあったので冬気たちもその場を後にした。
 日が傾いてオレンジ色の太陽光を浴びながら会話は続く。
「ともかく、出井蘭はテスカと組んでいる。はっきりとした証拠はないけれど……」
 証拠は警察や世間を納得させられるようなものでなければ意味がない。
「そもそも、出井蘭は現実的なビジネスマンだから、オカルト集団に金を払うとは思えないし」
「(しかし、オカルトが現実のものならば違うであろう?)」
夕日を浴びて伸びていく自分の影を見る。
「まあ、確かに。師匠の言う通りだね」
「(出井蘭とテスカトリポカが組んでいて協力していればこそだ)」


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