第9話

文字数 11,730文字


9章

「どうやら休憩中のようだ」
「そのようだね」
冬気は師匠と共に高級カフェにやってきていた。父親を探す手がかりを求めて、出井蘭の秘書が飲んでいたコーヒーから彼女の居場所を割り出した。
彼女も事件に関わっていると推測されたからだ。
そうして冬気たちはカフェで張り込みをしている。
「中に踏み込まないのか?」
 師匠の言葉を受けて冬気はカフェに視線を巡らす。
 店の外からは中でくつろいでいる出井蘭の秘書が見える。
「この店は高いんだ」
 冬気の答えに師匠が唸る。
「そんなところでくつろぐとはな」
「給料の支払いがいいのかもね」
 ここでは人が多くて尋問はできない。早くこの店から移動してくれ、と思う。
 そもそも、出井蘭は冬気の父親はクビにしたくせに、彼女は雇い続けているのだ。そんな間接的な感情から、彼女のこともだんだん怪しく見えてくる。
 自動車のキーをテーブルに置いているのが見える。
「駐車場で待ち伏せしよう」
 きっと自動車で移動すると推測して、冬気が提案する。
冬気たちは駐車場に潜んで待ち伏せを始めた。
駐車場は人気もなく静まり返っている。
すぐに状況は動いて、秘書が駐車場に来るのが見えた。冬気は師匠と融合してジャガーマンに変身する。
車に近づく秘書に背後から近づく。
 充分に近づいたら、彼女の襟首を左手でつかんで、彼女の体を車に押し付ける。
そして、伸ばした爪を首筋に立てる。
「さあ、言うことを聞いてもらいましょ」
 しかし、冬気の脅しを気にせずに秘書が携帯を探ろうとする。
「騒ぎたいならどうぞ。君が森瀬忠夫の家の事件に関わっているということは調査済みなんだからね」
 状況証拠ばかりであるが、警察が彼女から事情聴取をしようとするのは明らかである。
 電話を探る動作を止める。どうやら抵抗しないらしい。
「取引をしましょう」
「ほう?」
 たとえハッタリだったとしても、ジャガーマンの直感でウソを感じ取ることはできる。
 ひと呼吸を置いて彼女が話を続ける。
「あいつと手を切りたいから協力をしたいの」
「あいつって?」
 冬気が聞き返す。
「あなたのような動物野郎よ……見た目は黒い毛並みだけれど」
「(テスカトリポカだ)」
 師匠の言う通り、彼女の動物野郎には聞き覚えがあった。
 しばらくしてから彼女の車に同乗しているジャガーマンの姿があった。秘書は桃山と名乗り、捕まっている父親のところまで案内してくれるらしい。
「取引条件として、あなたがわたしと手を組んでいたことを話さないこと」
「(つまりは、自分はあくまでも無関係を通したい、ということだな)」
 師匠の正確な指摘に冬気は黙ったままだ。
「……」
「わたしは自分を守るために行動しています」
 彼女の話は要するに父親を助ける手助けをしてくれる、ということだ。誘拐の片棒を担いだのは彼女であるが、一方で、社長である出井蘭が人ならざる黒いジャガーと会話していたのを見たため、逆らえばどんな目に遭うかわからなかったからだ。
「警察に話してもしゃべる動物のことなど相手にしてくれないだろうし」
「まあ、確かに」
 冬気は彼女の言い分に一応は納得する。
「戦うことのできる誰かが現れるまで、わたしは言うことを聞くしかなかった」
「(どうとでも言えるな……)」
「わたしのことが信用できない?」
 桃山は車を運転しながら横目にジャガーマンを見る。
 冬気はその視線に動じない。
「そもそも、君が僕に協力すれば、雇い主である出井蘭を裏切ることにならない?」
 彼女は出井蘭の部下なのだ。疑って当然なのである。
「ええ、そうね。でも、このところは社長のやり方が強引になってきたから」
 最近は社長の指示が強引でひどくなってきた、と秘書さんは説明する。
「わたしの忠告にも耳を貸さなくなってきたから手を切る頃合い、と思っていたのよ」
 冬気は彼女から目を離さずに頭の中を巡らす。
彼女の自白ですべての物事はつながった。
 テスカと出井蘭は手を組んでいた。邪魔になった父やほかの者を排除して、アルマの村を壊した。
 皮肉なことに、それがテスカの善の半身を冬気の元に届ける結果となり、二人の計画を妨害することになった。
 秘書は冬気たちに協力して父親が捕まっているところに案内する、という。それは出井蘭を失脚させて、自分の身を守るためである。
彼女を信用したわけではないが、しかし、あまりにも方法が少ない。
何よりも、妥当な取引のようにも思える。
この取引に関する彼女の気持ちが本当ならば、だが。
「君を信用するよ」
 そう言って冬気は会話を締めくくった。
冬気たちは車で出井蘭の会社の施設に入った。
施設の門番は彼女の証明書を見せて通ることができた。
冬気は隠れながら様子を見ていたが、彼女が協力するというのは本当らしい。
車から降りた後は、セキュリティ装置のある倉庫に向かう。
「(これは、我々の戦いである)」
 師匠と融合しているから彼の声を桃山が聴くことができない。
「(新しい者と古い者のどちらが、真のテスカトリポカであるかの戦いである)」
 それは師匠がこれまで言い続けてきたことだ。
 しかし、冬気はその精神性にイマイチ納得できていない。
「君はどう思っているの?」
 秘書さんが振り返る。
 冬気は本名を名乗ることはできないし、詳しく聞けばジャガーマンの素性を調べられることになる。だから慎重に言葉を選ばなければならない。
「社長がクビにした連中が留まるのと、今の社長である出井蘭が居直り続けることの」
 この問いかけは精神の問題である。出井蘭が今回の不祥事で会社を追い出されたら、彼に不満を持っていた者たちが取って代わることになるだろう。
 そうなれば、出井蘭の秘書である彼女も今までどおりに優遇されるとは限らない。
「出井蘭は優秀かもしれないけれど、他のもっと優秀な人に替わったらどうする?」
 三歩分ぐらい歩いて答えが返ってくる。
「正直、どうでもいいのです。わたしにとっては」
 彼女の答えは冷たい。
「誰がなっても、わたしにとっては社長であることに変わりありません。わたしにできることはいつも通り仕事をすることだけですから……」
「君の言う黒豹も社長なんじゃない?」
 彼女がテスカトリポカに対して考えていることを確認したい。
 冬気のほうを見ずに質問に答える。
「出井蘭さんは、会社が潰れても責任は取ってくれるでしょう。経営者なのですから」
「しかし、あの黒豹は、表に出ないように行動しているので、きっと会社を使い捨てにするつもりでしょう」
「(まったくその通りだな。奴にとっては人間との約束など使い捨てだ)」
 師匠も彼女の意見に同意する。
 ほんの少しだけ安心感が漂う。
「つまりは本当に重要ならば、表に出て堂々と正体を現せ、と」
 冬気が軽口をたたく。
秘書の後をたどり、ある扉の前にやってくる。
「自分の車を使ったのはわたしの失敗です」
彼女は話しながら扉の施錠装置にパスワードを入力する。
「あなたという不確定要因が出てきてから、状況が読めなくなり、計画がおかしくなっていったのです」
 人殺しの計画について解説されてもなあ。それも自分や親しい者に対すること……。
「施設の内部の者を引き付けるために、すこしだけ時間を稼ぎます」
「(それは助かるな)」
 冬気は無言で彼女の提案にうなずく。
「あとはあなた次第です……あのわけのわからない黒豹と戦うことはわたしにはできそうにありませんし」
 そう言って諦めの口調の秘書に見送られて、冬気たちは倉庫に入っていく。

倉庫の中は明かりがついていて、端から端まで歩くには長い時間かかりそうだ。薄緑色のコンテナがいくつも積まれていて、傍らには人の手で運べそうな頑丈そうな箱も積み上げられている。
 無造作に置かれている箱の上にはガスマスクらしきものが置いてある。好奇心に駆られて近寄って調べると箱の蓋が開いているので中身を見てみる。長物の武器が置いてある。
「(これは何だ?)」
「ロケットランチャーという物だよ……爆発物を発射する武器」
冬気はガスマスクを顔に合わせてみる。ジャガーマンに変身しているので、動物の顔には合いそうにないことがわかる。
 倉庫の端から話し声が聞こえてくる。
「(先を急ぐぞ)」
 奥に近づくにつれて声ははっきりと聞こえてくる。
「今に、息子が見つかれば、すぐにでも2人揃って始末してやる」
ちょうどよいタイミングに来たようだ。
声は二人分、出井蘭と冬気の父親のものだ。出井蘭は事情を知っている者は全員、始末するつもりらしい。
「(いたぞ)」
「確かに、無事だね」
 声のほうに近づくと、冬気の父親と銃を持った出井蘭がいる。
 出井蘭が銃を突き付けて移動させようとしている。
そばにある長いコンテナの中に隔離しようとするつもりのようだ。
「出井蘭、あなたが社長から降りることになったのは、社員の皆が望んでいたことだ。私一人の考えではない」
「黙れ、私が会社の支配者だ。古い考えだろうが、やり方は変えない。文句を言う奴はすべて始末する」
 つまり、出井蘭の古い考え方についていけず、社員が新しい経営者と考え方を望んでいたわけか。
 新旧の考え方の違いが犯罪行為にまで及ぶとはね。
「(すぐに助けたいだろうが、焦ってはいかん)」
「わかった」
 師匠が焦る冬気を思いとどまらせる。
冬気は気を取り直し、こっそりと背後から出井蘭に近づく。二人とも後ろを向いているので冬気には気が付かない。
充分に近づいて、爪を振るう。出井蘭が持っている銃が真っ二つに切り捨てられる。
出井蘭が自分の武器が壊されたことに驚いている。驚いている出井蘭をつかんで、殴って、投げ飛ばす。投げられた出井蘭は背中を地面に打ってうめく。
その辺にあるもの――おそらくは冬気の父親を縛るための――ロープで縛り上げる。
 冬気は自分の父親に向きなおる。
「冬気くんの親父さんだね? 彼の頼みで助けに来たよ」
「そうか、すまない。私がうかつなばかりに……もっと早く」
 目立ったケガなどは無いようだった。
 ともかく、父親を外に出したほうがいいと考えて倉庫の外に誘導する。
「(出井蘭を忘れるな)」
「ちょっと待ってて」
 そう言うと冬気は、地面に転がっている出井蘭を倉庫から出すために中に戻った。この殺人犯を警察に突き出さなくては……。
中に戻った冬気の背後で兵器庫の出口が閉じられる。
慌てて出口に戻っても、完全に閉じてしまった。
「おかしいねぇ」
こうなると他の出口を探すしかない。
「無理やり壊そうか?」
「(ここへの侵入は他の者に気取られては困るのだろう? 穏便にことを済ませたい)」
 冬気は師匠の言葉に同意して他の出口を探そうとする。無理なら強硬手段を取ることになるだろう。
「それにしても、どういうことかな? あの秘書さんが裏切っちゃったりしたのかな?」
「(あの女が裏切ったのではない、この出口に閉まり方には私と同じような力を感じる)」
「ああ、そうかぁ。何となくわかった」
 どこからともなく黒豹がゆっくりと歩いてきた。倉庫のどこかに隠れていたのだろうか?
「(テスカトリポカだ)」
 師匠が冬気に注意を喚起する。
どうやら出口が閉じたのもこいつの仕業のようだ。
出口の近くにいる冬気は出井蘭のところまでは距離があって、奥から現れた黒豹は出井蘭のそばに近寄る。
「私もお前をクビにするときが来たようだ」
 テスカが口を開くと、出井蘭が黒い霧のようになってそこに吸い込まれていく。
後には出井蘭を縛っていたロープだけが残った。
「(奴の魂を取り込んだのだ)」
 師匠が説明してくれる。
「あんな魂でも失った力の足しにはなる」
 組んでいた仲間をあっさりと切り捨てるとは、冷酷なものである。
 出井蘭を体内に取り込んだテスカはジャガーマンと同じような獣人に変身する。ただし、毛皮の色は黒豹のものだ。
「(長い間、出井蘭の奴がテスカポリトカの力を借りていたために、肉体の中に軍神に取り込まれる隙を作ってしまったのだろう)」
「魂を取り出すことはできる?」
とりあえず冬気は聞いてみる。
「(無理だろうな)」
結局のところ取り込まれた出井蘭ともども、軍神を倒さなければならなくなったようだ。
 テスカトリポカの見た目は冬気のジャガーマンと同じ二足歩行の豹人である。冬気との違いは毛皮の色が黒いということ。他は片目に傷がある。
 それがこれからの戦いに有利になればいいけど……。
そして、手から伸びている爪はジャガーマンと同じぐらい鋭いように見える。
 テスカがこちらをうかがいつつ、距離を詰めてくる。
「それにしても人命救助を優先するとは、たいしたものだな」
 建設現場でのことについて話しているのだろうか、あるいは冬気の父親のことか。
 冬気のほうも見た目からして同等の能力を持っていると推測して間合いを計る。
「その原因を作ったあんたに誉められてもうれしく無いねぇ」
 冬気が言い返す。おどけているがこれでも怒っているのである。
「(すべては運命だ、受け入れろ)」
 師匠が襲ってくるテスカに宣言する。しかし、この状態だと相手の神様には聞こえない。
 向かってくる獣人に冬気が爪で刺そうとして腕を突き出して攻撃する、が相手にかがまれて避けられる。
 普通の人間だったら当たっている速度を難なくかわしたことに違いを実感させられる。
「運命を受け入れろ、って言ってるよ?」
 軽口をたたいて弱気になった気持ちを振り払う。
下から大振りに腕を動かして爪を振るう。テスカが後ろに退いて避ける。避けたテスカが大振りになった冬気の隙を突いて低い回し蹴りを放ってくる。
腹を蹴られて吹っ飛ばされる。
「自らが滅ぶ運命など受け入れるつもりはない」
 テスカが冬気たちの問いかけに答える。
冬気は蹴り飛ばされて、よろめいた姿勢を直すも、敵との間に距離が開く。
相手が降参などしないことはわかっているが、お互いの精神をぶつけて対立するところを決定しなければならない。
「だってさ」
 冬気は自分に取りついている師匠に話す。
 近づいてきたテスカが頭上から右手の大振りで冬気を切り裂こうとする。冬気は思い切って後ろに跳ねて避ける。
「(運命とは言え、敗北した以上は結果を受け入れるべきだ)」
「敗北した結果を受け入れろって」
 攻撃を受けながらも冬気は師匠の言葉を相手に伝える。
 テスカの左手の爪が横なぎに振るわれる。
冬気はさらに背後に大きく飛んで避ける。
バランスを崩して後ろに転がり、地面の堅さを背中で感じ取る。すぐに立ち上がる、呼吸を整えることもなくまっすぐにテスカに向かっていく。
テスカの虚を突いたようで、飛び込んで間合いを詰めることができた。
表情が見えなくても驚いているであろうテスカの胸元に爪を振るい、胸を切り裂く。傷から血しぶきが飛ぶ。
「(惜しい)」
 師匠が悔しがる。冬気が切り裂いた傷は深くはない。
「敗北さえも、神々の決まりごとだ。新しい神が、古い神に取って代わられるなど許しがたい」
 負け惜しみか、それとも虚勢か、テスカトリポカが声を張り上げる。黒い豹人は、倉庫の内部に置かれている荷物の間に紛れて姿を消す。
天井の明かりがついたままなので視界は良好である。外からの騒ぎは聞こえない。この程度、暴れたぐらいでは外まで物音が聞こえないのだろう。
コンテナや木箱の間に逃げ込んだテスカトリポカを探そうとするが、相手の足音も聞こえない。騒々しい武器に囲まれているのに静寂が漂っていることを奇妙に感じる。
「(テスカの奴が気配を消しているな)」
 相手は戦争の神である。それぐらいのことはできるか。
 しかし、同じ力を持っているというのは厄介だな、と冬気は思いながら探し歩く。
探しているうちに背中に何かが当たる。背中の痛みが、背後から蹴り飛ばされたことだと理解しながら冬気は前方に転がる。
「能力が同じでは決着が着かないねえ」
 地面から立ち上がると一息つく暇もなく、テスカが爪を振り上げて襲ってくる。
冬気は横っ跳びに避ける。積まれた木箱の上に着地する。
さらに追撃をしてくるテスカをジャンプして飛び越えて、相手の背後まで飛び越える。
すぐさまテスカトリポカが背後に振り返ろうとする。冬気はその無防備になった腕をつかんで、相手のバランスを崩して投げ飛ばす。
投げられたテスカトリポカが木箱にぶつけられて、箱が潰される。
潰された箱から何か黒い物体が転がり出る。
冬気は転がり出たそれを良く見ようと目を凝らす。
「(まずいぞ!)」
 物体を見た師匠が警告を発する。テスカトリポカもその兵器であるマシンガンに気付いて拾い上げる。
銃撃から逃れるために慌てて物陰に隠れようとする。
マシンガンからの騒音は倉庫内に響き、放たれた弾丸は冬気たちの隠れたコンテナに当たる。
「銃を使うとはね」
「(奴は戦争の神だからな)」
 戦争の神だから現代兵器の扱い方もわかるってわけか。
 冬気はコンテナや木箱などで溢れた倉庫を見渡す。見ただけではわからなかったがここに置いてある物はすべて戦争に使う武器だったらしい。どうにもテスカトリポカを有利にさせる場所であった。
「一度撤退しようか? テスカのほうはともかく出井蘭のほうは警察に知らせて逮捕できそうだけれど……」
 もっとも、その出井蘭はテスカトリポカに吸収されてしまっているので、冬気の父親たちの証言が頼りだが。
 出井蘭を軍神から解放するのも難しそうだった。
「(それはできん)」
 師匠が撤退案を拒否する。
「(テスカトリポカはいつか私の力を手に入るだろう。そうなれば出井蘭の手を借りなくても好きな場所で戦争を起こせるし、兵士の魂をイケニエにして吸収することもできる)」
「今以上に強くなるってわけだね」
「(そうだ、世界が混乱するだろう)」
冬気は小さくため息をつく。逃げたいわけじゃないけれど、相手に有利な状態で戦いたいとは思わない。
師匠の言葉からして、ここで逃げても状況を悪化するだけならば……。
「わかったここで決着をつけるよ」
冬気はそう答えて、周りに置いてある木箱からナイフを何本か手に入れる。
ナイフの刃だけ覗かせて反射させて、相手の位置を確かめる。
再びテスカの撃った弾丸が隠れているコンテナに当たり、ナイフをひっこめる。相手の位置は把握した、ナイフを頭上に放り投げる。
ジャガーマンの技能のおかげで、こんな投げ方でも相手に正確に当てることができる。テスカはナイフから逃れるためにこちらへの攻撃をやめるはず。
相手の銃撃が止んで、ナイフを避けようとする気配があった。
隠れていた物陰から飛び出して地面を転がりながらナイフ投げる。投げた一本は銃口に刺さり武器を封じる。もう一本のほうは手投げ弾の付いているベルトを裂いて地面に落とす。
「(よし、このまま押すぞ!)」
 師匠が喝采を上げる。
冬気は、さらに追撃でナイフを投げるが、テスカは飛んでくるナイフをジャンプでかわす。追撃を避けたテスカは、手から稲妻状の怪光線を発射する。それは置いてあった戦車に当たる。
「そんな力も持っているんだねえ」
 冬気は敵が物理的に戦う以外の力も持っていることに感心してしまう。
無人であるにもかかわらず戦車が動きだした。
「(のん気なことを言っている場合じゃないぞ?! 奴は兵器を支配したぞ)」
 師匠の怒鳴り声が終わらないうちに戦車の砲塔がこちらを向く。砲撃から逃げようと横っ飛びに逃げる。さっきまでいた場所が砲撃されて爆発する。
獲物を狙う猛獣のように戦車がゆっくり動き出す。
「こりゃやばいね」
「(とりあえず逃げろ!)」
 冬気たちはとりあえず逃げるが、当然のごとく追いかけられる。倉庫の内部は無限に広がっているわけではないので走り回っていても限界が来る。
外にでも逃げようか、と冬気が考えている隙をついて戦車がまっすぐに加速して突進してくる。その突進を冬気は身をねじって必死に避けて、脇に転がり込む。
「さて、どうするかねえ」
「(簡単には壊せそうにないな)」
「役に立ちそうなものはないかな?」
そう言って冬気は周囲を見渡す。ここは軍事武器の倉庫なのだから、役立ちそうなものがあるはず。
 移動しようとして足に何かが当たる。見ると野球ボールよりも小さくて丸いものが落ちている。これは先ほどテスカトリポカのベルトを切って落とさせた手投げ弾だ。
 ピンが付いていて手のひらに収まるぐらいのそれを拾い上げる。
「これを大砲の穴に投げ込むことはできる?」
 冬気が師匠に聞いてみる。
「(できるとも)」
 師匠は自信をもって答える。
通り過ぎた戦車は方向転換をして、辺りのコンテナにぶつかりつつ追いかけてくる。冬気は大きくジャンプして、その場から離れて距離を置く。戦車から離れたのを確認する。
戦車から離れれば体当たりをするよりも、砲撃をしてくるはず。そのために動きを止めるに違いない。
砲塔がこっちを向くのを待つ。
「さあ、こっちを向け」
戦車が追撃を停止して、砲塔が回転して冬気のほうに向けられる。冬気の思惑通りになった。ピンを抜いて振りかぶり、砲塔の穴めがけて投げる。手投げ弾は穴に入り、そのまま奥の操縦席まで入っていく。奥に届いて転がっていく小さな音がジャガーマンの耳に届く。
爆発に巻き込まれないように冬気は地面に伏せる。
戦車は重く激しい轟音とともに大爆発する。
うつぶせの冬気から離れたところを破壊された戦車の部品が音を立てて転がっていく。周りが爆発から徐々に静かになっていくのを聞いて完全に壊したのを確信した。
「どうやら倒したみたい」
「(そうだな……奴はどこだ?)」
 師匠の言う通り敵の操っていたものを破壊しただけ、まだ軍神のほうは倒していない。
 金属音が複数聞こえてきた。
 冬気が音のしたほうを見ると、金属容器のようなものが床に転がっていて煙が出ている。
煙が冬気たちのほうに届いてはいないが、ジャガーマンの優れた五感が煙の種類を嗅ぎ取り、目から涙が止まることなく出てくる。
「これは催涙ガスだねえ、うぇっ」
 冬気は涙をぬぐいながら指摘する。テスカは感覚を刺激するものに弱いことを知っているのかどうだか。ともかく、不利になることは確かだ。
煙を投げ込んだ張本人を探すと、積み上げられたコンテナの上から高みの見物を決め込んでいた。
「(これはまずい)」
「動物の感覚が仇になったね」
そういって冬気はせき込む。早いところ安全な場所に向かわなくては。あるいは換気装置でも探すか?
鋭敏な鼻を刺激臭が貫いてきて、眉をしかめる。
「(このままではまずい。分離するぞ)」
「分離して戦うの?」
「(お前は私の力が無ければ、普通の人間だ。何もできないであろう?)」
 それはそうだけれども……逃げたら相手の思いどおりになる。
 師匠は自分を犠牲にして逃がすつもりなのだろうか?
「お前は離れて出口を探せ」
 師匠の考えはわからないまではないが、冬気自身の問題なので生身の徒手空拳でも戦わないと。
冬気は傍らに転がっているガスマスクを見つけて、手に取る。肩撃ちのロケットランチャーを持つ。
「手伝うよ」
「(まったく……)」
 師匠が冬気の行動にぼやく。
 二人は分かれて行動する。冬気が相手の側面か背後に回り込む役割になる。
 冬気としては、軍神との実力差はともかく、師匠に注意が向けられている間になんとかしなければならない。
 冬気はマスク越しに息を吸う。ガスマスクに動物用のものはない。さっきまで吸い込んだ煙でのどが少々むせるけれど我慢する。
師匠が銃撃されているのだろう、発砲音が聞こえてくる。
 背後にはまだ到着しない、冬気は物陰から戦いの様子を見る。
 テスカトリポカが銃を両手で頭上に掲げる。何かの儀式のようにも見える。そして構え直して撃つ。炎を纏った弾丸が放たれる。
撃たれてしまったようで師匠が声を上げる。
 テスカトリポカが、師匠を負傷させたことに思いのほか喜んでいる。
 そのせいか冬気が動いても、気付く様子はない。その隙に冬気は背後に回りこむ。さすがにこの位置からの攻撃にすぐには対応できないだろう。
「これで終わりだな。お前を滅ぼし、吸収して再び一つの神となるのだ」
 テスカトリポカが高らかに宣言する。
「そうだな」
 師匠の言葉に絶望感はない、むしろ余裕がある。冬気のことを信じているのだろう。
その冬気は下の別の場所から高みの見物のテスカに背中にロケットランチャーの狙いをつける。相手はまだ気付いていない。
引き金を引いて発射する。
弾頭が勢いよく飛んでいき、テスカトリポカの背中に当たる。
体ごと爆発し、その爆風が冬気のところまで来て、避けるために思わず身をかがめる。
 辺りが静かになってから冬気が姿を出す。
「し~しょう」
 冬気が声をあげて探す。
煙を感知しました、という自動的なアナウンスが聞こえてきて、倉庫の排煙機能が作動する。
遅いよ、と流れていく煙を見ながら冬気は思う。
もう一度、声を上げて師匠を探す。気を失っているのかもしれない……。
 まだ晴れていない灰色の煙の中から、黒い影が飛び出してくる。その影は半身が爆発で吹き飛んだ人型の黒豹だ。
 生身の人間である冬気は全身が石であるかのように鈍くて、生きていたテスカトリポカのスピードに反応できない。
その背後から黒と黄色の動物が黒豹のノドに食らいつく。
冬気が探していたジャガーの精霊である。
かみつかれたテスカトリポカは動かなくなる。しばらくして、その体が黒い霧のようなものになって、師匠の口に吸いこまれる。
「長い戦いは終わった」
「ようやく終わったんだね」
「うむ、奴と私は一つになった。もはや現れることはない」
 それを聞いて冬気は、危ういところを助かったのと事件が解決したことで安堵の息を吐く。
「そんなことより、ここはダメだ、離れよう」
師匠がまだ残っている煙にせき込みながら冬気に促す。
冬気は師匠の言葉に同意して、出口を探しだす。
「おっと」
「どうした?」
 外に続く出口の前まで来て、冬気はあることを思い出して足を止める。
「親父が外にいたっけ」
「そうであったな、変身しておくぞ」
解放された父親に正体がばれないように変身して外に向かう。
冬気たちが出た後で、背後の倉庫が大爆発した。たぶん、倉庫の内部の弾薬か何かに引火したのだろう。
外に出ると冬気の父親が待っていた。その隣では倉庫の損失を計上しているのか桃山が計算機を打っている。
 大損害になるのかもしれないが、もはや冬気たちにとってどうでもいいことだ。

 事件解決から数日がたった。
出井蘭の魂がテスカトリポカによって食われたせいか軍神を倒しても彼は生き返らなかった。それで出井蘭は行方不明としての扱いになった。
冬気の父親は社員たちの合意で社長になって、会社を率いることになった。出井蘭の独断的な経営になっていたので、本人がいなくなった以上は誰かが率いらなければならなかったのだ。
会社は出井蘭がかつて強引に追い出した部族への補償も行う。それでアルマたちも納得した。
事件が一段落して一人と一匹は中央公園に来ていた。師匠がドーナツを食べていたあの公園だ。
冬気たちがベンチで休んでいると、以前に見かけた犬が飼い主と共にやってくる。
犬は前と同じものを感じ取ってか尻込みしながら前を通り過ぎる。
師匠が器用に口の端を上げて笑う。
「長い間、テスカポリトカと二つに分かれていたせいか、二つの力を融合させるのに時間がかかる」
そのように師匠が冬気に説明する。
冬気たちの前を白い蝶が横切っていき、隣のベンチにとまる。
「しばらくは厄介になるぞ」
 どうやら二人の師弟関係はまだ続くらしい。
父親は会社に新しい社長として受け入れられた。
ジャガーマンもヒーローとして市民に受け入れられた。
冬気自身は新しい生活に慣れたわけではない……皆に受け入れられるのであろうか? それはこれからの問題だ。
白い蝶がベンチを離れて青空へ飛んでいく。
「これからはジャガーの神様と呼ばなければならないね」
 ジャガーの精霊は以前とは似て非なる新たな神、テスカトリポカになったのだ。
 師匠がヒゲを前足で整える。
「いいや、師匠で良いぞ」
 師匠が大きく口を開いてあくびをする。
「なんで?」
 冬気が疑問に思って聞く。
「気に入ったからだ」
 一人と一匹は笑った。

END
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