第4話

文字数 10,218文字



四章

「(火事のようだ)」
ジャガーマンに変身した冬気は火災現場に通りかかる。
冬気は師匠とともに、自分たち親子が狙われる可能性を考えていた。そこで、父親が狙われていると仮定して、ひどい目に遭う前に探し出そうと動き続けていた。
「まだ中に人がいるようだね」
「(うむ、ジャガーマンの超感覚が反応している)」
赤い炎と黒い煙が建物を包む。ときどき風に煽られて熱気が冬気たちを覆う。何が燃えたのかわからないような臭いを嗅ぎ取る。
周囲を見る限り、消防車は到着していないようである。
「消防車が来るのを待つわけにはいかないよ」
「(そうだ、こんなときのための力だ!)」
冬気ことジャガーマンは燃え盛る建物の中に飛び込む。
救出すべき人物はすぐに見つかった。ジャガーマンの直感と超感覚が居場所を探り当てる。逃げ遅れて倒れているのは老人であった。
まだ息があったのですぐに外に運ぼうと考える。ときどき建物のどこかが焼け落ちる音が聞こえてくる。炎の中でその音は妙に大きく響いている。
運んでいるときに抱えている老人が目を覚ます。ジャガーマンの姿を見て驚いているが、自分たちを取り巻く炎を見てもっと驚く。
「大丈夫?」
「ああ」
 老人は思いのほか元気のようだ。
「他に人は残っていない?」
 ジャガーマンの超感覚では他に人がいないことを認識できたので念のための確認である。
「ああ、隣の岩清水さんは、出井蘭の会社をやめてから留守にしがちだったから」
 その言葉にジャガーマンの歩みが止まる。
「だから、他に人はいないと思うよ」
火事の真ん中にいるにもかかわらず、みぞおちの当たりが冷える。老人の部屋の隣人は岩清水さんだったらしい。彼は冬気の父親と会う約束をして、その待ち合わせ場所で殺されてしまった。似たような名前で人違いということもあるが……。
「(今はここから出ることが先決だ)」
 融合している師匠が冬気の頭の中で断言する。
「うん、そうだね」
 冬気たちは外へ出る窓を見つけてそこから飛び出す。
 しばらくしてから、救急車と消防車が駆けつける。彼らの働きで火は消し止められて、老人の命は助かった。
 ジャガーマンから変身を解いた冬気と師匠は近くの人気のない空き地で、それを遠くから眺めていた。
「親父の持っているもの以外の証拠は、完全に消えたようだね」
「確かに、偶然にしては都合が良すぎるからな。誰かが意図的に火災や殺人を行っているとしてもおかしくはない」
 師匠が大きく口を開いてあくびをして、体を伸ばす。
「出井蘭の仕業とわかったら奴のいるところに乗り込んで対決するんだけど――」
「直接のつながりが見つからないから無理だな」
 師匠が冬気の考えを否定する。点と点の距離は短いことがわかったのに、つながりを示す線がはっきりしない。
色々と上手くいかなくて気落ちして視線を地面に落とす。土の上に足跡を見つける。
「猫の足跡……ではないな」
「私の足跡と比べてみろ」
 師匠がその足跡の隣に自分の足跡をつける。
 二つの足型は一致する。
「町の中に猛獣がもう一匹いるのか?」
「いいや、ここまで同じ足跡はない。私と同じ足跡の者は他に一人しかいない」
 動物の足跡も一匹一匹異なる。師匠は冬気と一緒にいたから容疑から外れる。
「そいつが放火の容疑者かもね」
「容疑者というよりも容疑動物だな」
 師匠が冬気の言葉を言い直す。
 親父の行方だけでなく、逃げたサイボーグのことも探していた。しかし、相手が全身機械のせいか匂いがわからない。その上、臭いを消されていた。
結局のところサイボーグを捜しても見つからず、時間だけが過ぎた。
「むやみに動いても見つからないぞ?」
「だからと言って、誰かが攻撃してくるのを待ち伏せするのは精神的に悪くてねえ」
 師匠の指摘に冬気が答える。
これまで、火災現場に遭遇するまで、あてもなくうろついていた。
「これからどうする? 冬気」
「待ってくれ、考えを整理しよう」
親父は、元いた企業の不正について頼まれて調べていた。そして、殺し屋と推測される連中が現れて、さらに、サイボーグが襲ってきた。
不正の駆け引きはどこまで進んでいるのだろうか? これまでの推測が当たっているならば、親父は引き返せないところまで調査していることになる。
親父に調査を依頼した人の家に行って見る、という選択肢はその家が燃えてしまったので消える。そして、サイボーグも強盗たちも、臭い消しをしていて追跡できない。
「とりあえず携帯電話でメールを送ろう、ともかく親父と連絡をつけなければ」
「便利な道具だな」
文明の利器に感心する師匠。
「・・・ダメだ通じない。圏外だ」
「不便な道具だな」
あっさりと、師匠が手の平を返す。
「ここいらは携帯電話が通じないことがあるんだよ」
「ほう?」
「地下にUFOが埋まっている影響だとか、校外に映画の撮影にも使われた魔女の森の呪いのせいだとか、あるいは街のどこかで行われている怪しげな科学実験のせいだとか、謎が多くて信じる人間もいるんだよ」
 冬気が説明しながら、近くのビルに掲げられている映画宣伝の看板を示す。そこには『クリスタルウィッチ・プロジェクト』というホラー映画の題名が書かれている。
 携帯電話がときどき通じないせいか、街では色々な噂と憶測だらけになっている。
「ここで携帯電話を見てもらえ」
 師匠が示す先には大型電気店がある。いつのまにか電気店の前まで冬気たちは来ていたようだ。壁のポスターには冬気の持っている携帯電話と似たようなものを載せている。
「そうしよう」
 電気店に入ろうとする。入り口の出会い頭に誰かとぶつかりそうになる。冬気が自分の家族以外で見慣れた金色の髪の少女である。
「冬気?! こんなとこで何やってんのよ」
 冬気はすぐに答えずに傍らの師匠の方を横目に見る。
「桜花こそ、ここで何をしているんだい?」
「私が機械のある場所にいるのがそんなに不思議?」
 冬気の友人である桜花が逆に尋ね返してくる。彼女はメカオタクだ、電気店にいるのは不思議でも何でもない。
 桜花が冬気の傍ら見るが何も気づく様子はなく、すぐに冬気のほうに視線を戻す。
「携帯電話を見てもらおうと思って」
 とりあえず言い訳をする。状況的に誤魔化すのは難しそうだ。
「とりあえず中で話そう」
 冬気が強引に桜花を店の中に押し込む。師匠のため息が聞こえてくる。
 自分が冬気の電話を調べてみると言い出す桜花を抑えて、電気店の店員に携帯電話を渡して不調の原因を調べてもらう。
「病院はどうしたの?」
桜花が今日の行動について母親のように詮索してくる。
「病院へ行ったけれど、機械のカタマリが暴れて……それで親父と別々に逃げたよ」
「そう……それにしてはずいぶんとススの臭いがするわね」
 桜花は冬気の体の臭いを嗅ぎまわる。
「逃げただけでこんな臭いがつくものなの?」
 冬気はサイボーグが暴れる現場に居合わせただけでなく、ジャガーマンに変身して長いこと戦っていた。そのときに煙の臭いが体に付いたのだろう。
「まあね」
 怪しんでいる桜花を誤魔化すために曖昧な返事をする。
冬気は電気店に置いてあるテレビの様子を見ながら、映っているサイボーグについて聞いてみる。
「ここに映っている機械人間はどういう奴?」
「超重量級のサイボーグよ、改造されていないのは脳みそだけという業界の話よ」
 メカに詳しい桜花が機械の業界の知識を語ってくれる。
「(詳しいな)」
「あの機械の体は、私たちのようなメカに詳しい者たちに注目されているわ。最新鋭だ、ってね」
 桜花は機械に関連する部分を熱っぽく語る。中の人のことはどうでも良さそうだ。
「(少々熱が入りすぎだな)」
「何か言った?」
「何も」
 師匠の言葉に気付いたのか、それとも彼女の直感が反応したのか、桜花が冬気に聞いてくる。
「本名はわからないけれど、マン・アット・アームズと呼ばれているわ……略すとMAAね」
 気を取り直して桜花が説明する。
元は軍人で作戦中に大けがをして、機械の体に改造した、というのが桜花の知識によるあのサイボーグの経歴である。
「MAAは人殺しを請け負うという話は聞いている?」
 冬気が思い切ったことを聞く。
「いいえ。でも彼は傭兵として働いているから、そういう仕事も引き受けるかもしれないわね」
 話し終えて桜花は冬気の方を眺めていたが、冬気の事情を問い詰めることをやめたようだった。
「そういえば」
 一度、現場に戻って回収してきた部品を見せる。
「これは……ジャガーマンがサイボーグから抜き取った物だけど、見覚えある?」
桜花がさきほどのバトルの様子が流れているテレビニュースを横目で見ながら怪しむ。
「拾ったんだ」
余計なことを言わないようにする。
「……部品についてだけど」
桜花が携帯型ハンディPCで調べる。彼女のハンディPCは、家にあるPCに繋げられるという、発明品であるとのこと。
「最近開発されているもので、軍事用はまだ作られていないわよ」
さらに、ネットとPCのデータ検索から、MAAが元は出井蘭と同じ部隊にいたことを明かす。MAAはネットや業界でも話題になっている存在なので、研究・分析のデータなどが掲載されていたりもする。深い分析は無いけれど……。
「改造費用を出したのも出井蘭みたいね」
「どうすれば倒せる?」
言ってから問題発言だったことに冬気は後悔した。
桜花が冬気を驚いて見つめる。
「あ~、例えばの話だよ」
慌てて否定する冬気。まだ友人たちにはジャガーマンのことは秘密のままだ。
 いぶかしみながらも、桜花が考える。
「家に戻って調べてみるわよ」
「(まったくうかつなことを……)」
 師匠にしかられる。
 店員が携帯電話を手に戻ってきた。調べてみたところ異常がない、とのこと。
「最近、多いんですよね~、こういうの」
 店員が気さくに話しかける。声は明るくても、声をかけられる冬気の心は暗い。電話については諦めるしかないか。
思い直して桜花に携帯電話について聞いてみる。桜花の電話は通じるのだろうか?
「私のは普通に通じているわよ……言いそびれていたけどあなたのお父さんから連絡が来ていたわ」
電話が通じないのは何だったのだ? 
「(まったく難儀だな)」
彼女の話では桜花の父親の方に電話が来て、それで冬気を探すための連絡が回って来たらしい。
 冬気は彼女から借りて父親にかけようとするが、通じない。しょうがないので無事だというメールだけ送る。
「無事だと伝えてくれ、って」
桜花の聞いた話では、冬気の父親は群衆と一緒に警察に保護されたようだ。とりあえず無事なようだ。
「後でちゃんとかけ直すよ」
 そういって桜花に携帯電話を返して、安堵の息を吐く。
 ともかく冬気たちは電気店を後にすることにした。やるべきことは他にもあった。
「ちゃんと病院に行きなさい」
別れ際に桜花が母親のようなことを言ってくる。

「公園ならば森林が多いから、あんたも気に入るだろう」
 休憩をするつもりで公園にまで来た。栗須樽市中央公園は街の中心にある割には森やミュージアムまで存在していて広い。
「新しい木で溢れている。私の崇拝されていた密林とは違うな」
 師匠が公園の木々を見渡して言う。だが、冬気には違いなどわからない。森などどれも同じように見える。
「だが気にはしない・・・どこででも生きていけるものだ」
 公園前の売店『マン・オブ・ドーナツ』は特売日である。買ったドーナツを持って公園に入る。
 さらに冬気は途中の自販機で缶紅茶を買う。
「お前にはこっちの炭酸というやつが向いているな。気品など無縁だ」
師匠が謎のダメだしをしてくる。冬気はそれには答えずに肩をすくめるだけだ。
「ドーナツで休憩、まるで警察官だ」
 公園内を歩きながら空いているベンチを探す。
「よくもまあ、新しい森を受け入れられるな」
師匠が公園内の森林を眺めながら話す。
「古いものを捨てられないところがあるからだよ」
 冬気は自分で古いものに対して執着するところがある。
「私は、新しい存在になる途中だ。だから新しいものと古いものを交換することなど否定しない」
 師匠はジャガーの精霊のままなのは、狩猟の神になる途中で自分の転生前の戦争の神の企みで中途半端な存在になってしまった、と言っていた。
「だから、大いにやればいい」
師匠は新旧交代には肯定的である。彼自身がそういう立場だからだ。
「そりゃ自分が新しい存在で、負けるほうの人間じゃないからねぇ」
 最初から勝負で勝つことが確かならば、どうとでも言えるし。
「いずれは、自分も他の新しい者に取って代わられるかもしれない。良いことばかりじゃないぞ?」
 すぐ目の前のベンチに座っていた人が立ち去る。ようやく座る場所を見つけられた。
「それを受け入れるのかい?」
 勝った者はすぐに次の座を狙う者によって追われることになる。
「そうだ。なぜなら、古いままだと全体がダメになるからだ」
「ずいぶんとまあ無情だねえ」
 古くなったというだけで自分が滅ぶ運命なんて受け入れられそうにない。
 ベンチに座ると通りかかった人の散歩中の犬が、近づいてくる。
「ふむ。こっちに気付いているようだ」
師匠のいう通り、その犬が臭いを嗅ぎ始める。
「見えるのかな」
 小声で冬気が聞く。
「今の状態では、感覚でなんとなく気づく、ぐらいだな」
師匠がうなって犬を追い払う。飼い主は逃げていく犬に引っ張られて走り去る。
「見ての通り、ペットとやらとの違いを見せてやったぞ」
「わかったわかった」
 冬気は得意げな師匠の言葉に適当に答える。
「それよりも、そのメシは何だ?」
 師匠が買ってきたものに興味を示す。
「ドーナツだよ。……そういえば、動物はドーナツを食っても大丈夫か?」
「私はただの動物ではないぞ?! こう見えても精霊である」
 師匠が誇らしげに宣言する。
「でも、ここで食べたら公園の人間に姿を見せることにならないかな?」
 今は姿を見せないようにしているが、物理的に干渉するには、姿を見せることになる、と言っていた。
「それに」
「安心しろ周囲に敵はいない」
 周囲を警戒する冬気の言葉を師匠が黙らせる。
「向こうの林で食べる、ひとつ貰うぞ」
 ドーナツをひとつくわえて、林の中に入っていく。その後姿を見ながら冬気はそっとため息をつく。

しばらくして食べ終わったドーナツの紙箱をゴミ箱に捨てる。冬気は師匠が入っていった林の方を見る。まだ、戻ってこない。
「世話の焼ける……」
そういいながら冬気は戻ってこない精霊を探すために、林に入っていく。
「どこ行った~」
 声を上げて林をかき分けて探す。動物の感覚は敏感だから聞こえないはずはないと思うのだが……。ときどき道に迷わないように来た道を振り返りながら進む。
傍らで何かの音がして冬気の足が止まる。
そちらを見ると木にさっきまで無かった矢のようなものが刺さっていた。慌てて近くの木の陰に隠れて地面に伏せる。
誰かが枯葉を踏んで近づいてくる。
敵はいないと師匠は言っていたのだが、どういうことなんだ?
「像を返しなさい。あなたが持っていていいものではないのよ」
 冬気にかけられた声が若い女の声だ。少女なのかもしれない。
「像って?」
「ジャガーを祭ったものよ」
 冬気が持っていて、師匠が押し込められていた物か。
「それはできないね」
 どんなことであれ今の状況では渡すわけにはいかない。
「そもそもいったい誰なんだい、君は?」
「私はアルマ、あなたたちが持ち出した像を守る者です」
 師匠の入っていたあの動物人間の彫像に関して深く考えたこともなかった。
 それに親父は拾ったものだと言っていた。
「わざわざ南米から来たのか?」
弓矢とは原始的な武器である。隠れている木にもう一本刺さる。相手が次の矢を準備しているうちに物陰から隠れ見る。
衣装は原色を使った、部族の衣装だ。頭には何らかの鳥の羽飾りを差している。しかし、変なことばかり起きるこの街では服装など珍しくない。
 持っている弓矢はかなり原始的で、スポーツ用品などでは無い。肌は日焼けしているみたいに茶色で、年齢は未発達の体格と幼さの残る顔つきから、自分とそんなに変わらないように見える。
「ええ、精霊使いたちの占いで、ここまでたどり着きました」
 どうしよう、と冬気は頭を悩ませる。今の状態ではジャガーマンに変身することはできないから苦戦するかもしれない。まずは、ジャガーの師匠と会わせてあきらめさせたほうがいいかもしれない。さすがに師匠は耳も鼻も利くから、この危険な状況を察知したらすぐにやってくるだろう。
多分。
林の中は木々が込み入っていて隠れる場所が多い。
一方で、冬気のいる場所は公園にいる人々からは見えない。助けを呼んでもいいのだが、声を出しても騒動を広げるだけのような気がする。
まずは、説得しなくては。
冬気は見つからないように隠れながら移動して背後に回り込もうとする。
途中で足を止めて相手の様子を見る。
低木の陰からはアルマの側面が見える位置になる。しかし、彼女は周囲を警戒して背中を冬気のほうに見せない。
「どうするかねえ」
 小声でつぶやきながら冬気は考える。相手が弓矢を持っているので逃げている途中で後ろから撃たれるのは嫌だ。考えていると足元に石を見つける。
それを手に持ち、陽動するつもりであらぬ方へ投げる。
投げた石が木にぶつかり、その音に反応してアルマが冬気に背中を見せる。背後に近寄り、腕をつかんでひねり上げる。
「さて武器を捨てておとなしくしてもらおうか。手荒なことはしたくないんだ」
 アルマは身動きせず、弓矢だけを落とす。その行動に冬気は安心した。
 状況が落ち着いたと思ったら離れたところの茂みが動いて音をたてる。ジャガーの精霊がようやく到着したかと思ってそちらに注意を向けると、二羽の鳥が空に向かって羽ばたいていった。
「人違い、というよりも動物違いか」
 紛らわしいな、と思いながらも、腕をひねる力がゆるんでしまう。
 冬気の不注意をアルマは見逃さなかった。
すばやく体を移動して冬気の背後の位置に回りこみ、逆に手をひねりあげて捕まり、立場が逆になる。彼女には武術の心得があるのかもしれない。
「ジャガーの神像は私たちのものだ、返しなさい」
 凛とした声で冬気に命令する。
「そのジャガーの神様が、俺に力を与えたんだ」
「嘘だ」
 冬気の言い分も聞かずにアルマは否定する。
「嘘なもんか」
 冬気はどうにかして相手を納得させようと話の糸口を探す。
「お前のような貧弱な奴をジャガーのハンターに選ぶはずがない」
「貧弱はよけいだ」
 説得するどころか余計なことを冬気は言ってしまう。アルマは冬気の腕をつかみながら、石造りのナイフを取り出す。
 これはまた原始的なものを……いったいどんな辺境の土地から来たんだ? そんな冬気の考えを猛獣の吠え声が打ち消す。
 ジャガーの精霊が横から不意に襲いかかってきた。
 飛びかかられたアルマが驚いて冬気の腕を放す。
その隙に冬気はその場から離れる。
 ジャガーは倒れてしまったアルマの上にのしかかり、大口を開けて威嚇する。
「遅れてすまん」
「どこ行っていたんだ?」
 冬気が服に付いた落ち葉を払いながら話す。アルマは上で自分を押さえつけているジャガーが何者か理解したようでおとなしくしている。
 冬気はアルマについて説明する。
「そういえば、見たことがあるような」
説明を聞いて、師匠は彼女が自分の信者であることを思い出したようだった。
「敵はいない、って言ってたのに」
「敵では無いだろう?」
「そりゃ、あんたにとっては味方かもしれないが」
冬気の不満を相手にしないで、アルマから師匠が離れる。アルマは威儀を正して師匠に向きなおる。
 冬気に対する態度とは打って変わって崇拝するような態度だ。
 問いただすアルマに対して、本当にコイツを神のハンターとして選んだ、と師匠が説明する。
「そんな……」
 アルマが失望の表情をする。そんなに失望しなくてもいいだろうに、と冬気が思う。
「そういうわけだから、冬気をいじめるのは止めるのだ」
師匠が助けたことを恩に着せて、アルマに冬気への態度を改めるように言い聞かせる。
遠巻きにパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。人のいるところでじっとしてはいられないな。
「ところで、携帯電話とか持っている?」
 知り合いがいるならば、その人に迎えに来てもらうつもりだ。
「何ですか、それ?」
 ……かなりテクノロジーの未発達の場所から来たようだ。
「ここを離れて別の場所に行ったほうが良さそうだ」
「賛成」
師匠の言葉に冬気も同意する。
師匠と融合してジャガーマンに変身する。アルマはその姿を見て、驚き、そして不承不承納得する面持ちをする。
アルマを連れて公園から離れることにする。必然的に移動速度を維持するために彼女を両手で抱える。
武器持ちの少女とケンカなんて面倒だ。いろいろと状況が悪くなっているのにこれ以上のトラブルは困る。

しばらくして少女の働く場所にやってくる。古代の中南米の料理を出す店だ。ここに居候している、ということを運んでいる間に聞いた。
 店の入り口に木材を使用していて、それが古さを感じさせる。人の目があったので、裏通りに向かう。
 彼女は、ここで自分の精霊術の師匠的存在と暮らしているらしい。
「どうして逃げる? 何が問題だ?」
 アルマが尋ねてくる。
文明を知らない人のようだから、警察に渡すと面倒になるから連れて逃げてきたのだ。
「そりゃ、あんたが何も知らないからだ」
 冬気の言葉にアルマは納得しない。
店に到着した時に冬気とジャガーの精霊は分離している。吹いてきた風が人間状態になって毛皮を持たない冬気の肌を冷やす。
「お前が都会のことを何も知らなさ過ぎるからだ」
師匠が自分を棚上げにして、アルマを叱る。
 少女がかしこまって、精霊の言うことを聞く。しかし、冬気に対してはまだ頑なな態度を崩さない。
「ともかく、納得はいきません。彼に精霊様のハンターとしての資格が本当にあると思えません」
 アルマはまだ諦めず、不信を持っている。
「そんなに執着する必要もないだろう?」
「理由があるんだ。察してやれ」
冬気の言葉に師匠が答える。
 アルマが暗い口調で身の上話を始める。
「私が住んでいた場所は無くなりました」
 アルマたちは、ある強欲企業によって強引な開発が進んで村と森から強引に追い出された。像が無くなり、村人は慌ててしまって組織的に抵抗ができなかったのも一因だった。
 彼女以外の者たちはバラバラになって方々に住んでいるらしい。これでは団結のしようがないらしい。
「私はまだ諦めていません。あの出井蘭たちを追い出すつもりです」
 彼女は決然と意思表示する。
「いま出井蘭って言った?」
「ええ」
 そういえば、親父が像を持ってきたのだった。盗んだわけではなく拾ったと言っていた。親父がウソを言うとも思えないから誰かが持ち出したのだろう。あるいは、それも出井蘭の計画のうちなのかもしれない。
合法的かもしれないが、十分な悪事だな。その企業について調べれば何らかの犯罪の証拠が出てくるかもしれない。
父親の不正の告発内容のひとつに未開地の開発の問題があったような気がする。
「それならこのまま、ジャガーマンになったままのほうがいいね。僕はその一件の関係者だと思うから」
「こやつは、お前たちの故郷を奪った奴とは対立している」
師匠が冬気の言葉を補ってくれる。
 冬気は自分たちの事情を説明する。強盗やサイボーグに追われている、かもしれない、ことを。そして、何か気づいたら連絡してくれ、とも頼む。
「だから、納得してくれる?」
 冬気の言葉にアルマは返事代わりにため息をついた。
アルマを送った後、冬気と師匠は駐車場を通り抜けて近道しながら話す。
「手詰まり」
 冬気が短く宣言する。
MAAの行方はわからない。父を狙って逃げた連中もわからない。テスカと父を追い出した出井蘭の会社との関係はわからない。何とかわかったのはMAAと出井蘭が古い知り合いということだ。だからといってそれだけでは証拠にならない。
「こうなったら出井蘭の会社に押し入るしかないな」
 師匠は出井蘭の会社での強行突破を提案する。
「そういうのは無理。確かな証拠が無ければ、こっちが警備員に返り討ちだ」
 何も見つからなければ押し入り強盗という濡れ衣を着せられることになる。
「ではどうする?」
警察のところにいるはずの、親父の護衛をするのが一番かもしれない。それとも出井蘭の会社に行って見るか? あるいは、出井蘭のマンションに行って見るか?

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