第8話

文字数 5,032文字


8章

 近辺に警察車両が停まっている桜花の家に到着する。
冬気の家は彼女の家のすぐ隣だ。
警察に保護されると、冬気たちの追跡行動が止められる可能性があるので、こっそりと家の内部に侵入する……玄関までなら大丈夫だろう。
一応、玄関の呼び鈴を鳴らして入ったので、すぐに 家族が出てくるだろう。家の前の通りには警察車両と野次馬がいるので、玄関で待つわけにはいかない。
たぶん事情聴取されたのだろう、玄関に鍵はかかっていなかった。
彼女の父親が発明家なので、家はかなり広い。しばらくしてずさんなスリッパの音が聞こえてくる。歩き方からすぐにわかる、何度も聞いた馴染みの音だ。
 長い金髪を頭の後ろで結んだ少女がやってくる。玄関に来た桜花は薄着で大雑把な服装をしている。こういう服を着ているときはたいてい地下の研究室で何かをしているのが常であった。
「こんばんは」
「ボロボロね」
 冬気の挨拶に答えた桜花の言葉に辛辣さはない。冬気は一日中、走り回っていたので心なしかやつれている。
「……そうだね。僕の体のほうは修理しなくてもいいよ?」
「遠慮しとくわ。どう直していいかわからないもの。とくに頭のほうは」
 さすがに今度は皮肉を言われる。
桜花の部屋である地下の研究室に案内される。
その地下室には一般人に理解不能な器具が置かれている。かろうじて通れるぐらいの空間が存在していて、そこを通っていく。冬気も師匠も、おっかなびっくりで通り抜ける。冬気にとっては何度来ても慣れない光景である。
置いてあるアナログなラジオから工場跡地で大規模な爆発が起きたことが流れる。
冬気と師匠が顔を見合わせる。
「焦りは禁物だ」
 そうは言っても冬気は落ち着かない。どんどん追い詰められているからだ。
「動物のハンターは、獲物を狙うために、何時間も待ち伏せをし続けるものだ」
「わかったよ。忍耐が必要だってんだろ?」
 小声で冬気は答える。
「何でもない」
 振り返ってこっちを見る桜花に言う。
 桜花は気を取り直して椅子のひとつに座る。
「それよりも、何も聞かないんだね?」
 冬気は話題をそらそうと質問する。
「どんな事情があっても」
 桜花が落ち着いて話し、いったん言葉を切る。
「助けが欲しいときも、本当のことも、あなたから言ってくるだろうから」
 桜花は冬気のことを信頼してくれている。
「その助けだけれども」
 冬気はMAAが爆発した時に散乱していた部品とMAAとつるんでいた科学者のデータ装置を渡す。
 桜花が手渡された部品を見て確かめる。
「それは桜花が言っていた発明品なんじゃないか?」
彼女が前に話していた、出回っていない発明品らしきものである。
桜花は見ているうちに真剣な面持ちになっていく。
「ちょっと違うみたいだけど、同じものね」
桜花がパソコンに向き直っていじり出す。
「待っててね、調べてみるわ」
おそらくは父親のデーターベースを調べようとするのかもしれない。
「(どこから拾ってきた? と聞かれなかったな)」
 信用してくれているのだろう。自分はそれに対して何ができる? 今は何もできない、自分のことだけで他に構うことができない。
 桜花が調べることに熱中してしまったので、冬気たちは邪魔にならないように彼女の研究室を眺めるぐらいしかできない。一日歩き回っていたので精神的にも疲労している。
「時代が変わったな」
桜花がパソコンをいじる姿を眺めながら師匠が何気なく言い出す。いつものように冬気の頭の中に話しかけてくるのではなく、実際に耳に聞こえるように物理的に話している。
おそらくは、ここまでの冒険で戦争の形態や生活スタイルの変化を感じ取ったのだろう。
けれども、師匠の言葉は桜花に聞こえてしまったらしく、パソコンのモニタを見ていた彼女がこっちを振り返る。
「世の中が変わったって言ったんだ」
桜花に師匠のことを知られないように誤魔化す。
「そんなこと気にしたってしょうがないわよ」
 桜花は師匠の存在について追及を止めて答える。
「(ふむ)」
「人類自身が技術の改革で成り立ってきたから。古いものがとってかわられることは当然のことなのよ」
桜花の意見は冬気には納得できるようなものである。この街に来て新しい環境に慣れないことで苦労しているため、すべてに賛成はできないけれど。
「(一理あるな)」
自分の発言で存在を知られそうになったことなど忘れて師匠が納得する。
「ほら、出たわよ」
 桜花がパソコンのモニタを見せる。
 と言っても、冬気たちには詳しいことはわからない。
「説明してくれる?」
 桜花の説明ではマン・アット・アームズの改造に彼女の父の発明が使用されているのは確かである、と。部品の構造や使用されている技術から確実である。
「けれど、この発明はまだ設計の段階で完成していないのよ」
 つまり誰かが作り方を調べて、桜花の父親とは別に作成するしかない。
「欲しがっている奴はいるか?」
師匠が声に出して尋ねる。
「う~ん、そうね・・・」
 桜花が驚いて背後を見る。冬気は慌てているのを何とか知られないように表面を取り繕う。この部屋にいないはずの声に驚いているのだろう。
 前とは違って今回は声を完全に聞き取ることができる……。
「さっき煙を吸い込んで喉が調子悪くてね」
 冬気は咳き込んで誤魔化す。
「(おい)」
 冬気が精神的な会話で師匠に怒鳴る。
「(すまん。じっとしているのは退屈でな)」
 師匠は悪ぶれる様子はない。
「欲しがっていた人間は出井蘭よ、前に取引しようとしてご破算になっちゃったの」
 ここでも出井蘭と事件がつながる。
「では、何らかの手段で設計図を盗んでいったのかもしれないね」
「そうね、あるいは秘密に開発したのかもしれないわ」
 そういって彼女が傍らに置いてある装置を冷たく一瞥する。
「すぐにでもパパに連絡をとって・・・」
「それはそうと、あなたの家の周りを変わった衣装の子がうろついていたわよ?」
 それはアルマのことだ。どうやら彼女は、周囲の住民に目撃されていたらしい。
「(まずいぞ誤魔化せ)」
 師匠の言葉に冬気も同意する。
「そいつは怪しい者じゃないよ、知りあいだ」
 ウソは言っていない、完璧なはずだ。
「ふ~ん……ひょっとしたら彼女じゃないでしょうね?」
 誤魔化せたけど別の勘違いが発生してしまった。
「何を隠しているの? 様子がおかしいんだけど?」
 桜花が冬気に近づいてきてトゲのある態度で威圧してくる。
「もう少し時間をくれ。何もやましいことはない」
今の冬気にとって桜花に言えることはそれだけだった。

 桜花の家を出るとその玄関先に警官たちがいた。冬気が見送りの桜花のほうを見ると彼女は首を横に振って否定していた。
 そうして冬気は警察に“保護”されることになった。
「(偶然とはいえ失態だったな)」 
 師匠に言われるまでもない。
冬気の父親が誘拐されて、家があらされたにもかかわらず、あちこち走り回っていたから警察が捜していたのだろう。
警官たちは冬気を無理やりパトカーの中に押し込めて保護した。
警察車両の外では桜花が警官たちに突っかかっているのが見える。彼女の仕業ではないし、責任もない。冬気を探して保護するために彼らは近くを張っていたのだろう。
警官たちのありがたくない優秀さと熱心さに冬気はため息交じりの息を吐く。
「桜花が父親と一緒に発明品を盗まれたことで出井蘭を訴えられればいいけれど」
 確実な証拠であるし、彼女の父親やその知り合いたちが味方してくれるならば、出井蘭の犯罪を暴き出すことも可能かもしれない。
「(それで出井蘭を追い詰めることができても時間がかかり過ぎる)
「そう」
 お互いに切り札になる重要なカードを所持してしまっている。
「このままだと、親父が殺されるかもしれない」
 冬気は焦りを紛らわすために手のひら同士をすり合わせる。
「(ふむ、出井蘭たちは証拠を減らすために、殺害するかもしれないな。あるいは、我々が警察に保護されて、こっちの証拠隠滅が難しいと判断してそのような行為に及ぶかもしれん)」
警官との口論を終えた桜花がパトカーまでやってくる。
「あの警察官たち、新しく配属されたらしくて緑山の名前を出して連絡してくれって言っても聞かないのよ」
 冬気は彼女の文句に肩をすくめるだけだ。
 緑山はコネがあって、彼の両親は法律関係者に大勢知り合いがいる。
「昔の警官のほうが融通の利く奴ばかり、とは言えないだろう」
「そうかもしれないわね。それに比べれば機械は楽だわ」
 彼女がメカのことを話題にしたので自然と冬気は緊張してしまう。話が止まらなくなるからだ。
「機械なんて役に立てばそれでいいのよ。新しくたって、古くたって」
 彼女はちょっとした天才だ。メカニックの天才である。
 冬気が黙っていると、彼女はさらに恍惚の表情を浮かべ始める。
「でも、新しい機械に古いメカが打ち勝つのってそれはロマンだわ」
 桜花の暴走が始まったようで、次第に話題がずれていっている。
「無関心は吉だな」
 そのように二人に声をかけてきた人物は冬気の友人の緑山だった。彼のメガネは多少曇っているように見える。
「それはあなたが? それともあそこの頭の固い人たちが?」
 まだ不満の残っている桜花が言い返す。
「どちらも違う。冬気の事情を知ったらきっと僕は犠牲的精神を発揮しなければならなくなるに違いない……」
 パトカーの助手席に緑山が座り、そこにある備え付けのパソコンを作動させる。
「他に行く場所があるのなら見逃すことができる。彼らには後で説明する」
 どうやら助けてくれるらしい。持つべきものは友である。
「すぐに戻ってくるのだろう?」
「そんなに時間はかからないよ」
 緑山の問いかけに冬気が答える。
MAAを倒してしまっているし、警察が自分や父親を捜しているのも出井蘭が知るところになるだろう。今夜じゅうに片付けないと、最悪の事態になる。
 冬気が緑山から視線を外すと警官が近づいてくるのが見える。
「待ってて、時間稼ぎしてくる」
桜花が近づいてくる警官のもとへ向かう。
 桜花を見送った緑山が話を続ける。
「あと、前に受け取ったデータについて、わかったことがある」
 そういって書類を取り出して見せる。
「出井蘭の秘書の口座から金が教団に流れている」
「それは証拠になる。MAAの仲間の科学者への投資も?」
「そうだ、な」
 少し言いよどんだが、冬気の意見に答える。すこし疑われたか……科学者について知っているのはジャガーマンであって、冬気のほうではないからな。
「出井蘭は、自分では直接手を汚さないのかあ」
「(慎重だな)」
 冬気の感想に師匠が意見する。
「そういえば」
 そう言って冬気はアルマの教えた車のナンバーについて緑山に聞いてみる。彼は警察車両のPCを使ってナンバーを調べてくれる。
 その調査はすぐに終わった。駐車禁止で警察のデータバンクに登録されていたようだった。データにあった所有者の顔写真は前にどこかで見たものだ。
「(これはこれは)」
師匠が声を上げる。顔写真は出井蘭のそばにいた秘書のものであった。
「(すべてはつながったようだ)」
冬気は師匠の言葉に内心うなずく。事件の原因はテスカトリポカと出井蘭である。二人は組んでいて、出井蘭の事業を後押ししていた。出井蘭の身が危なくなったので、親父は首になり、その同僚は殺された。
「(しかし、不足の事態になった)」
 冬気がテスカトリポカの半身であるジャガーの精霊を解放したためである。
「(我々が立ちふさがった)」
ジャガーマンの活躍によって証拠隠滅を阻止された。
「(そして、MAAなどを呼んで対処しようとしたが、それも無駄に終わった)」
 だいたいのことはわかった。問題は次にどうするかだ。
「どうする?」
 緑山の問いかけに、冬気は考えこむ。車のナンバーから秘書を探すことになるのだろうが会社勤務だから直接乗り込むべきだろうか?
警察車両内部の置いて行ったコーヒーを師匠が嗅ぎまわっている。
その様子を冬気が何気なく眺めていて閃く。
「ああ、そういえばこれを飲んでいたな」
 
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