第3話

文字数 8,410文字

3章

冬気とジャガー精霊は追跡を断念した後、家に戻った。冬気自身は不在だったことをジャガーマンに助けられたことにして説明した。
 通報を受けてやってきた警察たちは現場を調べていたが、ただの盗人にしては不審な点があったので怪しんでいる。
「色々あるが、今は話すことはできない」
 父親がそのように警察にすべてを話さないことを近くで師匠が聞いてきた。
 警察にも話せない理由とは何なのやら……。
「明らかにあの連中は、お前の父親を狙っていたぞ?」
 冬気のところに戻ってきた師匠が指摘する。
 父親を人質にとることもできたはずなのに、ジャガーマンよりも父親を優先していた。
「確かにそうだ」
 状況証拠からは父親が関わっている案件でトラブルに巻き込まれた、と考えられる。しかし、直接の繋がりがわからない。
「動機があるのは訴えられる立場の出井蘭だ。けれども、直接のつながりがない」
告発できない状況を、疑問符だらけの精霊に話す。
「なぜ警察とやらに話さないのか?」
 冬気が父親を眺める。まだ警察と話している。
「たぶん、証拠が揃っていないからだ」
「ふむ、裁判はいつの時代でも面倒なものだな」
近所の住人も野次馬として集まっているのが見える。
「親父は現実主義だ。偶然を排除すると今回の強盗は何も繋がりが無い」
「奴らか、あるいは奴らの背後にいる者はそこまで計算して行動している可能性もあるぞ?」
 師匠がさらに深読みしたことを話す。
「何にせよ、証拠が無いのではまとまらない……こんなことならさっきの奴らを無理してでも追いかければ良かったなあ」
「追跡するのはハンターの本業だ。いずれ奴らにもたどり着く」
 冬気の後悔の念に対して師匠が言ってのける。
 翌日。
 たけおと桜花が冬気の家にやってきた。
「夕べはずいぶん騒がしかったようね」
あくびをしながら桜花が聞いてくる。
「ゆうべは起きていたのか?」
 桜花の問いには答えずに、冬気が様子を聞いてみる。
「地下にこもって機械いじりしていたからよ」
それで学校の成績を維持しているのだからたいしたものだ。一方で自分は学校の勉強が遅れている。
 彼女が機械についてさらに何かを話そうとするのを冬気は手で制する。
代わりにたけおが話してくれる。彼の解説では、桜花の父親の発明を彼女が改良しようとしているらしい。要するにいつもの新たな発明品だ。
「マイクロジェネレーターと言って、超小型大出力発電機ね。エネルギー兵器にも搭載される予定らしいわ……」
「ずいぶん物騒だな」
 師匠の言っていたテスカトリポカは戦争の神という伝説もあるので自分の周囲に戦争が忍び寄っているようで気味が悪い。
 それにしても、彼女や彼女の父親の発明はもっと穏やかなものと思っていた。
「それでトラブルを抱えているんだ」
たけおの言葉に桜花がうなずく。彼女の父親がそれの開発・設計のトラブルを抱えている。
「相手がケチだから断ったって……でも、一番の理由は強引なことよ。兵器利用は断っているのに」
 桜花の言葉に冬気が納得する。
「まあ、エネルギー兵器を相手にすることなんて、まず無いだろうし」
 神だの精霊だのという神秘の力と、最新鋭の兵器の対決なんてぞっとする。
「どういうこと?」
 冬気の言葉に桜花が反応する。
「何でもない」
三人は昨夜の戦闘の跡である庭で話し込む。
「警察は今、別の事件でやっきになっているからな」
 たけおが親戚から聞いたことを話す。
「殺されたとみられる死体が見つかって、それには特徴があったんだ」
 どうやら冬気の一件とは別に、殺人事件がどこかで発生したらしい。
その特徴的な殺され方を説明してくれる。
「警察は何らかの儀式かもしれない、と推測している」
 強盗殺人というよりも、ある種の儀式的な規則性のようなものが殺され方にあった、という。
冬気の家の物盗りの強盗よりも猟奇殺人のほうが優先されるのだろうか。
「それは古代より伝わる暗黒の儀式である」
聞いていた師匠が言い出す。もちろん、二人にはその声は聞こえない。
「私がいた地域の宗教的儀式だ。まさか、それをこの時代に実行している者がいるのか?」
 冬気には答えようがない。師匠は考え込んでしまう。
「マントのヒーローがいて欲しいわよ」
「同感だ」
 荒らされてしまった庭を眺めながら二人が言う。
「人口増加による犯罪が、僕たちにとって身近な問題になりつつある」
「その犯罪者って言うのも怪しげな噂を信じて一攫千金を狙っているって話だものねえ」
 どうやら犯罪の発生に関しては他の問題もあるようだ。
 話題が変わって雑談になってきている。
「いったいどんな噂があるんだい?」
 冬気が興味本位で聞いてみる。冬気はこの街に関しては知らないことが多い。
「犯罪組織の親玉が死ぬ前に大金をこの街のどこかに隠したという噂だ」
「他にも噂があるわよお」
桜花は大昔に墜落してどこかに埋まったままの宇宙人の円盤とか、栗須樽市郊外にある森林の魔女の呪いだとか、怪しげな人体実験とか、街に昔からある噂話について解説し続ける。
「つまり、ビッグになるチャンスには事欠かないわけだ」
 冬気が怪しげな噂の多さに感心してしまう。
 野心家や犯罪者が街に流入するわけである。
「本当の話ならば、だ」
 たけおが楽しげな話し方から、真面目な口調に戻る。
「あら、夢が無いのね。私は信じているわよ」
「まあ、噂だし」
 桜花の自信に満ちた反応に向けて冬気が言う。
「現に地質調査で街の地下から大きな金属反応があったって・・・」
 冬気が彼女の解説を手で制する。科学的な話になると彼女は盛り上がって収拾がつかなくなる。
「きっと、その宗教儀式とやらも、誰かが成り上がるための行動かもしれないね」
 桜花を黙らせた冬気がたけおに向けて話す。
「とにかく僕は病院で検査して、書類を貰ってから学校に行くから」
「学校で会いましょう」
 そういって二人は学校に向かった。
 一方で、冬気のほうは学校へ行くのに二人とは別行動で病院へ行く。
「傷などそのうち治るぞ」
二人の後姿を見送る冬気に、師匠がジャガーマンに変身した影響で傷の回復が早い、ということを説明する。
「これは検査したから事務的な問題で病院に行くわけであって」
 現代社会のややこしさにジャガー師匠が眉間にしわを寄せる。
 冬気は父親に車で途中まで送ってもらうことになった。もちろん、師匠も一緒に乗ってきて後部座席に陣取る。車が珍しいらしく、好奇心のままに車について聞いてくる。
 しかし、父親は黙ったままだった。
「ゆうべの強盗たちは、出井蘭の仕業なんじゃない?」
思い切って父親に夜の襲撃について聞いてみる。
「お前は関係無いことだ」
 父親に否定される。前を向いて運転したままだ。
「父さんを信用しろ」
さらに冬気に向かって言う。信用できないから冬気が尋ねているのだ。
本人は家族を巻き込まないようにしているつもりなのかもしれないけれど。
「警察に保護してもらったほうがいいと思う」
「警察に保護してもらっても一時的なものだ。時間が経てば、いつか私を狙って来るに違いない」
 冬気の提案も却下される。そばで黙って聞いている師匠が眉を吊り上げる。
「クビになったことも、今回の件で調査していることも、古いことにこだわっていてはダメになる、と考えてのことだ」
 父親の信念は正しいかもしれないが、それに巻き込まれるのは困る。全体というもののために正しいことと納得できないからかもしれない。冬気は小さく息を吐く。
「家族はどうすんだい?」
「家族を犠牲にするつもりはない。もしも、犠牲になるようだったら引き受けなかった」
 父親が周りをかえりみない考えを持っているわけではないことに冬気は安心する。
要するに単なる告発や裁判で終わる予定だったのかもしれない。家が襲撃されることは予想外のことになったのだろう。
「ゆうべの連中は強盗だと思うが、もしも、危険なことならば自分たちの身を守るために考えを変えなくてはならないな」
 まだ普通の強盗という可能性はあるけれども、一方で、不正の告発の隠滅のため、という可能性も消えないままだ。
 はっきりとした結びつきが無い。
途中で冬気は病院の近くで車から降ろしてもらう。
「気を付けてな」
 父親は普通の言葉をかけて車で立ち去る。
 冬気は暗くなった気持ちを入れ替える。
「こっからはすぐだ」
 冬気は師匠に向かって説明する。
しかし、道すがら冬気はバイクのパーツショップの前で立ち止まる。
「道草は良くないぞ」
師匠に言われる。
「全くだね」
 冬気は反省して病院に向かう。
けれども、5分もたたないうちにアステカ料理の店の広告が目に入る。師匠がそれを眺めるために立ち止まってしまう。
「すまんな、懐かしいものを見たのでな」
「お互い様だよ」
 冬気が師匠に声をかける。
しかし、師匠は冬気の言葉に答えずに落ち着かない様子で周囲を見回す。
「何かが起きているな」
「どういうもの?」
「大きな音だ」
 しかし、冬気の耳には聞こえない。現場から離れているのだろう。
「融合したほうがいい」
「変身って言ったって、電話ボックスはないしねえ」
「ともかく、どこでもいいから、変身するのだ。私と融合してしまえ!」
トラックの荷台が開いている。入って閉じる。融合してジャガーマンになって外に出る。融合すると爆発音がはっきりと聞こえてくる。
「(急げ)」
 師匠に言われて音のする現場に向かうと騒ぎの元凶である人型が見えてきた。
その巨大な人型の機械は大人の身長の3倍はあって、トラックが小さく見えるぐらいの大きさをしていた。その金属の表面は黒塗りだが、顔の部分が白くてドクロのような頭部が見える。その頭部も頭巾のような覆いで防御されている。
「(見たことのない存在だ)」
 師匠がなんとも言い難い感想を言う。
 機械の巨人は右手に銃身だらけのガトリング銃が装着されている。そこから発射された弾丸が道端に止まっている車両を撃ち抜く。
「あれはサイボーグという機械仕掛けの人間さ」
 ロボットという可能性もあったが、正確なところはわからない。
 ハチの巣のように穴だらけにされた車が爆発して、炎上して、黒煙を上げる。
 冬気は視界が悪くなった中でジャガーマンの嗅覚で父親を探す。すぐに居場所がわかってそちらに向かう。
現場に来ると冬気の父親はドアが歪んで中から脱出できない様子だった。車に近づいてドアを力づくで無理やり剥がす。ジャガーマンの力は見た目よりも強いのだ。
「僕があいつの気を引くから、その間に逃げて」
「わ、わかった」
 ジャガーマンに変身している冬気が声をかけて逃がそうとする。
「標的発見」
しかし、敵も冬気たちを発見した。その声は機械を通したものなので、本当に半分機械のサイボーグなのか判別しがたい。
「おっと、見つかったようだ」
「(まずいぞ! お前の父親を狙っている!)」
相手が逃げていく父親に銃の狙いをつけようとしている。サイボーグに向かって、さっき車から外したドアを投げつける。見た目よりも機敏な動作で、飛んできたドアを腕で防いではじく。
とりあえず銃撃は防げた。
サイボーグはドアが飛んできたほうに向きなおり、反撃のために撃ってくる。
冬気は車を持ち上げて横倒しにして飛んできた弾丸の盾にする。そのまま車を持って投げつける。しかし、サイボーグはそれを容易く受け止めて投げ捨てる。
投げた車は二人の頭上高くを飛んで、地面に落ちる。すごい怪力である。
「俺こそが最強のソルジャーだ」
「(たいした自信だ)」
「ふん、最高のハンターに勝てるかな?」
 父親が逃げていってこの場からいなくなるのを確認する。
前に立ちはだかっているサイボーグの背中から開く音がして、何かが飛び出してくる。
「ミサイルに見えるな……逃げよう」
「(ここは街中だぞ!)」
慌てて逃げる、周囲で着弾した車が爆発していく。炎上で温められた空気が冬気の頬をなでる。
「(街を戦場にするつもりか?!)」
サイレンの音が聞こえてくる。パトカーが到着したようだ。冬気がそちらのほうを見ると、警官たちは現場の混乱した状況に呆然としている。
無理もない。
 サイボーグがガトリングガンで狙いをつけ、パトカーをハチの巣状に撃ち抜く。警察官たちはパトカーから離れて自分たちが撃たれる前に逃げていく。
「やっぱり無理かあ」
「(しょうがない我々でやろう)」
 しかし、警官たちに注意が向いていたので、こっそりと近づくことができた。サイボーグの腕に近寄りその武器に手をかける。
「こいつは反則だから取り上げないとね」
「(これは遊びでは無いぞ)」
師匠に軽口を注意される。ガトリングの回転する動きを手で押さえ付けて止める。銃身を引きちぎる。さらに爪で切り裂く。
 サイボーグが武器の異変に気付いて、腕で振り払う。冬気は背後に飛んでその攻撃を避ける。固いクッションのような風圧を全身に受ける。
 冬気に狙いをつけようとするけれども、腕の武器が動かない。
「これでメインの武器は使えなくなったぞ」
 そう言って冬気はサイボーグの巨体に飛びかかる。サイボーグは張り付いたジャガーマンを振り払おうと激しくもがく。
「武器はまだある、マイクロジェネレーターのパワーをくらえ」
どこかで聞いたような単語だが、思い出せない。
思い出そうとしているうちにその巨体から振り払われる。
「充填率100パーセント」
肩にある砲塔が機械音をたてる。
「これはヤバイかも」
 砲塔からビームが飛んできて、冬気がさっきまでいた場所に当たる。大爆発して、背後からの爆風が背中を押す。
「(まともに食らったらどうなるかわからんぞ!)」
相手の攻撃を一時的に避けるためにビルの裏側に逃げこむ。マシンガンで追い撃ちをされて、ビルの壁面に弾丸が当たる。
「(正面から戦うのは私のやり方ではないし、そういう能力を持っているわけではない)」
「そうだね……」
 つまりは、正面以外から戦ったほうに勝ち目があるわけだ。
 サイボーグはビルの壁面に体をぶつけて、それを削りながら追いかけてくる。
「親父から遠ざけたのはいいが、どうするかな?」
大型のゴミ箱にかくれながら巨体についた小さなマシンガンの襲撃を防ぐ。ビーム兵器はエネルギーを充填しないといけないようだからすぐには撃たれることはないだろう。
「投げつける武器なら扱えるぞ、百発百中だ」
「石でも大丈夫?」
 足元に転がっている石を見ながら師匠に聞く。
「大丈夫だ。穴に詰めるなら大きさを選べ」
冬気は拾った石を投げる。それらはマシンガンの四つある銃口の全てにはまる。
冬気が手を振って気を引く。
「もう終わりかい? 弾切れかな?」
「その生意気な口を黙らせてやる」
 冬気の挑発にサイボーグが怒りの声を上げる。
そして、撃とうとして銃身が爆発する。
「くそっ!!」
さらに冬気はゴミ箱を押し出し、それを踏み台にしてジャンプしてサイボーグを飛び越えて背後に回り込む。すぐに相手の後ろから飛びかかる。
「これは邪魔だろう?」
サイボーグの肩にあるビーム砲塔を引き抜く。これであの強力な武器は使えなくなった、と安心する。
「(しまった!)」
安心して油断した隙に巨大な手で体をつかまれる。
もがいて脱出しようとするが抜け出すことができない。怪力で握りつぶされそうだ。
「ひねりつぶしてやる!」
サイボーグが怒声をあげる。ロボットのように見えたが中身はまだ人間なのかもしれない。
「こうなれば」
爪を振り上げて、冬気をつかんでいる指を切り捨てる。切られた指が地面に落ちて、つかむ力が緩んで脱出に成功する。
 距離を置いてサイボーグのほうを見ると、武器が減ったせいか、動きが鈍い。
「(まだ動いているぞ)」
 師匠の言う通りで、主な武器は壊したが、おとなしくする様子はない。
「(ジェネなんとかを奪い取れ!)」
「そうしたいけど、どこに埋められているのかわかんないよ」
「(直感だ! ハンターの直感で抉り出せ!)」
 反論する余裕もなく、もはやできることは何でもやったほうが良いように思えてくる。
ジャガーマンの俊敏さで、再びつかもうとするサイボーグの腕をかいくぐって、近づく。その巨大な体に張り付くと、直感に任せて、装甲を殴り貫き、中にある装置を手で抜き取る。
「ゲット!」
装置を抜き出すと相手も焦ったようで今までの豪快な動きから、細かくてどうでもよい動きが増えてきた。どうやら奪い取った装置は大当たりだったようだ。
相手は不利を悟ったのか、背中の装置からジェット噴射をして、飛んで逃げようとする。
「(逃がすな、奴には聞きたいことがある)」
「りょ~かい」
冬気はゴミ箱に手に持っていた装置を放り込んで、追いかける。
ジャガーマンの超聴覚に人の声が聞こえてくる。誰かが助けを呼ぶ声だ。声のするほうに行くと、先ほどの渋滞で停車している車のある通りにやってくる。さらに声をたどると歪んで潰れた車の下敷きになっている人を見つける。
冬気は振り返り、飛んで逃げていくサイボーグを見る。自分たち親子も危険な目に遭っているのだが……目の前の人命には代えられない。犠牲者を助ける作業にかかる。
「(人助けが先決だ)」
 師匠も人を助けることを促す。
「そうだね」
 車の歪んだフレームを壊して挟まっている犠牲者を助け出す。ジャガーマンの耳に遠ざかるサイボーグの飛行音が聞こえる。
戦いに巻き込まれた犠牲者を助けた後、かすかな臭いをたどってサイボーグを追いかけてきて、郊外にある廃工場までやってきた。その中まで臭いは続いている。
 廃工場は、壁の隙間から午前の日差しが入ってきている。耳をすましてみるが何も音は聞こえない。外から太陽に照らされた壁にある巨大な換気扇のようなものを眺めつつ、暗闇にある奥に向かう入り口に向かう。
 鼻に刺激を感じて手で覆う。
先に進むと大きな空間があって、刺激臭のある液体の容器が撒かれている。これはアンモニアか? ジャガーマンの嗅覚は人よりも敏感なので鼻を押さえて近づかなければならない。
「また、これか」
「(これでは匂いがきつくて、追跡はできないな)」
 ジャガー精霊が融合から離れる。
「このほうが楽であろう」
離れて動物状態になった師匠が冬気に言う。この姿ならば、動物よりも鼻が利かないから調べることが出来る。
「少しは楽になったな」
人間の嗅覚でもキツイものはキツイ。人間の姿で近づいて容器を確認する。なるべく近づかないようにして、手を伸ばして容器を転がしてラベルを見る。説明書きには刺激臭を示す表記がしてある。
「昨日の連中も臭い消しをしていたけど、こっちのことを知っているのかな?」
「その可能性はあるが……わからん」
 師匠は容器とそこからまかれた液体に近づかないように周りを見回している。
「それに私は、あんな機械のカタマリに知り合いなどおらん」
 まあ、そうだろうな。
 刺激臭のする空間を後にして、工場から出ようとする。その前に入り口から周囲を見て警戒する。
「中にも外にも気配が無い。完全に無人だ」
 師匠の言葉を聞いて冬気は安心して工場の闇から太陽の日差しの下に出てくる。
 短時間であっても暗闇にいたせいか太陽がまぶしい。
「あのサイボーグが、においで追いかけるのを知っていたのだとしたら?」
 冬気が思いついたことを師匠に尋ねる。
「そうなると奴は誰かの指示で動いていて、そいつは私の能力を知っている、ということになるな」
 師匠は天を仰いで太陽をまぶしそうに見る。
「それは師匠が前に言っていたテスカトリポカという奴かな?」
「かもしれんし、そうでないかもしれん」
 師匠が太陽を見るのをやめて地面に視線を落とす。
「もしそうだとしたら、因縁の対決になる、ということだ」
 師匠の言葉を聞いて冬気が無意識にため息を吐く。
「あいつは親父を狙っていたように思えるけど?」
「私もそう考える。明らかに狙った相手を見つけ出す行動だったな。少々荒っぽかったようだが」
 冬気の意見に師匠が同意する。
「偶然とは思えないね、あの巨大サイボーグが出井蘭につながっているかもしれない」
「しかし、テスカトリポカとも出井蘭ともつながりがはっきりしないぞ?」
「謎だらけのまんまだ」
「まったくだ」
 疑問だらけのまま廃工場を後にする。

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