第2話

文字数 8,989文字

2章

「この競技はまるでわからん」
 隣に座っているジャガー精霊が話しかけてくる。
病院の待合室でのテレビモニタで高校野球の中継が放送されている。冬気は銀行での人質事件で犯人に殴られたので、ケガを診るために病院に来ていた。
「見ての通り、バットで打てば得点が入る。防御する側は打たせなければいい」
「ふむ。長く寝ている間に世の中は様変わりしたようだ」
 病院の内部は白く塗られている。全体的に目に優しいものを選んでいるようで、並んでいる椅子は緑色で、受付には木材が使用されているために茶色をしている。
 日が傾いているとはいえ、まだ昼間のせいか老人が多く、大勢の人がいるわりには静かで落ち着いている。
「そういえば、あの娘とはずいぶんと仲が良いようだな」
 精霊が言うのは桜花のことだ。彼女には事件の後に力一杯謝られた。
「ああ、お隣さんだからな」
 彼女は冬気の家の右隣に住んでいる。
「そしてメガネの友人はお向かいさんだ」
たけおもまた、早く学校に慣れるべきだ、と促して帰っていった。
「近所づきあいか、ふっふっふっ」
 精霊が意味ありげに笑う。
「そういうことにしておくかのぅ」
 ジャガー精霊が座っている席に大柄の中年の女性が座る。ジャガー精霊が見えなくなるが、すぐに首だけ出して女性をうかがう。幽霊のように実体が無くて、体を通り抜けているらしい。
 不機嫌な雰囲気で精霊が冬気の反対側の空いている席に移動する。
「今は実体が無くて人には見えないが、必要ならば見せることもできるのだぞ?」
「やめてくれ、病院はペット禁止だから大騒ぎになる」
 周囲に怪しまれないように小声で話しかける。
「ペットだと?」
「人間に飼われる愛玩動物のことをそのように言うんだ」
「私はそのようなものではないぞ? 密林の精霊にして偉大なるハンター、ジャガーである」
「それはわかったから、静かに」
 周囲から見れば、ひとりでしゃべっているように見えるに違いない。恥ずかしい。
「銀行強盗たちは軍人崩れだったらしい」
 病院に搬送された他の人質だった人たちを見て、他の訪問者が小声で話しているのが聞こえてくる。
「オチこぼれの兵士みたいなもんだな」
「兵士も一般人になれば、あんなもんだ。俗物にまみれる」
軍隊を知った風な年寄りたちが噂する。
あるいは、実際に軍人経験者なのかもしれない。
「ああいうのを聞くと複雑な気分になるね」
「法律を破り、犯罪を行っているのだから、同情の余地はないな」
 精霊の言い分は厳しい。
「なるほど。それはともかく、入れ墨についてだ」
 冬気は話題を変えて、銀行強盗たちの入れ墨について尋ねる。
「あれはテスカトリポカの紋章だ。戦争の神で私の敵でもある」
「ふむ?」
「一度死んで、私という狩りの神に転生するはずであったが、彼が拒んで、転生するはずだった存在の一部分を封印してしまった」
「つまりそれが……」
「そうだ。私だ」
話が核心に迫ると、大きな事件に巻き込まれている実感がしてきて気持ちが後退する。
「長い間かけて、封印を破ってきた」
 結果として元は一つだったが分かれて、二つの存在がいることになる。もう片方はどこにいるのだろうか?
書類の手続きが残っているせいで受付に名前を呼ばれる。冬気は移動して、歩きながらもジャガーは話しかける。
「お前の中には冒険精神が宿っているのがわかる。それはハンターの資質だ」
確かに幼いころはアウトドアな冒険野郎であったが……もしも、このまま彼の言うハンターを続けるならば、昔の気持ちを呼び起こさないといけなくなる。あれだけ色々とやっておきながらも、消極的ではあるが今のままのほうがいい、という気持ちもある。
「ところで、精霊様。あんたをどう呼べばいい?」
「好きに呼んでいいぞ?」
「先生では?」
「う~む」
 納得していないではないか。
「では、師匠ということで」
「それで良い」
 とりあえず納得したようだ。
 冬気は受付で病院スタッフから長々とした説明を聞かされる。丁寧なのはいいが、タイミングが悪い。とくに今日だけでも色々なことが起きて、頭が働かない。考えをまとめる必要がある。
受付で事務手続きが終わる。事件に巻き込まれたとは言っても、病院の説明を聞く限りはたいしたケガではない。
「痛みはどうだ?」
「大丈夫だよ、痛みが引いている」
「私の力を受けているから、治癒する力も普通の人間よりは高い」
ケガした後に変身したのでその時に治癒されたのだろう。血が付いたままだったからケガしているものとばかり思っていた。
ともあれ、すべてに納得したわけではないけれども、今のところケガを治すために彼と一緒の生活をしたほうがよさそうだ。
冬気は受付から離れて椅子に腰を落ち着ける。
「明日もう一度、ここに来るように言われた」
「ふむ」
「駆け込みで病院に来たし、親父は病院に来ていないし」
「連絡が取れていないようだな」
「まったくだ、肝心なときに電話がつながらない……」
何気なく冬気が病院に置いてあるテレビを見ると、物騒なニュースが流されていた。殺人事件の速報のようだ。殺人事件の被害者の名前は『岩清水』
「どうした? ふむ」
「親父は、あの人物に会いにいったんだ」
ニュースでは所属していた会社の不正を告発しようとしていた、という噂についても話している。
「それはまずいな、急いで行かねば」

 犯罪現場は病院から離れていなかったので徒歩でやってきた。
殺人事件の現場は騒々しく野次馬だらけである。その現場を眺めた感じでは、客が少ない感じのカフェである。大通りから横道に入っていった場所にある。
やじ馬と警察のおかげで店に近づけない。これでは親父がどうなったのかわからない。
「お前の父親がどうなったのか、その辺にいる者に聞こうではないか」
 師匠に言われて手持無沙汰な警官に聞いてみる。
 父親がその店に行く予定だったのだ、と話して聞き出そうとする。けれど聞き出せたのは、死体にあった証明書から被害者が岩清水という人であること、そして他に死体は無くてケガした人とかも無いらしい。店員たちはいたけれど、彼らが目を離した隙に岩清水さんは殺害されたようだ。
「犯人は捕まっていないんだ、君も何かわかったら知らせてくれ」
警察官はそう言って自分の仕事に戻った。冬気は父親が店にはいなかったことに安心すると同時に暗い気持ちになる。
「どうする? 探してみるか?」
 師匠が聞いてくる。
「もし、ここにいたら警察が保護しているはずだ」
 周囲をうろついても見つからないかもしれない。おそらくは、親父はここに来る前に店舗で事件が起きて引き返したのかもしれない。
「あの者たちは協力してくれないのだな」
 師匠の言う“あの者”とは制服警官たちのことだ。
「もっと細かなことは関係者でないから教えてもらえないよ」
 父親が岩清水とどういう話し合いを持とうとしていたのかわからない。
「たけおのツテを使えばわかるかもしれないけれど」
 彼は親類縁者に警察関係者が多い。
「まずはここを離れて親父の行方を探そう」
事件現場は人ごみが多くて歩きづらい。師匠は猫の本能のせいか、好奇心のせいかあちこちに引っ張られる。
 冬気が他に注意を向けているジャガーの精霊を連れて行こうとすると、インタビュアーに囲まれている。恰幅のある50代の男を見つける。脇には秘書であろう女性を連れている。
 彼のことは知っていた。冬気の父親が前に働いていた会社の社長で、名前は出井蘭だ。彼はテレビに姿を見せることが多い。
社長を見ていた師匠がうなる。ハンターの直感が危険と判断したのかもしれない。
「奴からは危険を感じ取れる」
「そりゃそうだ。後ろ暗い噂は絶えない」
 彼は南米で軍人をしていて戦場で死に掛けたが、奇跡的に帰還した。その後は、嘘のように会社経営が上手くっている、まさに神の奇跡だ、と皆は言っている。
師匠は出井蘭の経歴を聞くたびに面白く無くなっていく様子を見せる。
 早いところこの場を去ろうと思っていると出井蘭の会話が聞こえてくる。実績ある従業員を無理やりクビにしていることについて聞かれている。
「新旧交代など意味が無い。わたしは十分に優秀なトップである」
 自信過剰な発言である。
「優れた者はひとりいれば十分である。二人もいらないし交代もしない」
 おそらくは、冬気の父親や死んでしまった元従業員の岩清水についてのことも言葉の裏に隠れているかもしれない、たぶん。
「私は新しい側の存在だから、彼の意見に賛成できんな」
出井蘭のコメントを聞いている師匠が納得しない様子で話す。
「つまりは、古い神をクビにして、新しい神を受け入れることになっているから?」
「そのとおり……あの飲み物は何だ? 良い香りだ」
インタビューが終わった2人を眺めていた師匠が尋ねてくる。
「出井蘭の横にいる秘書が飲んでいるものか? コーヒーかもな」
 出井蘭の秘書は確か“桃山”という名前のはずだ。
「よくわかるな」
「今飲んでいるのは高級カフェのもので特別に高いやつだよ」
 コップにある表記から、高級カフェのテイクアウトだとわかる。
 親父の姿が見当たらないので、ここでの捜索は諦めているところに持っていた携帯電話が鳴る。
「何と?!」
 師匠が驚く。
冬気は電話で父親と話し、無事なことをお互いに確認する。
「渋滞に巻き込まれて約束の場所に遅れたらしい」
「幸運だったな、間に合っていたら一緒に殺されていたところだ」
岩清水さんが亡くなったことに父親も驚いているようだった。
「ともかく家に戻ろう」

「それは表彰状だよ」
建築業者としての表彰状を眺めている師匠に説明する。
「優秀だったんだな」
 冬気はうなずく。冬気の家は普通の家よりも広い。というよりも広く感じられる。父親が建築の仕事についているせいか、妙なセンスがあるのかもしれない。部屋一つをとっても、一人暮らしにありがちな雑然とした印象が無い。
家にはジャングルの絵や用途不明の南米の置物などがある。
「それが何でこんなところに? 見たところでは私のいた地域で働いていたようだが?」
 師匠の疑問に対して冬気は深く思い出す。
「親父はクビになったのさ」
 北米に本拠地を置いた出井蘭の会社は南米にまで手を広げた。その拡大は親父と他の多くの有能な者たちの手助けがあればこそだったが実績を出した者から皆クビになった。そうして引越しをして、父親の故郷である栗須樽市に戻ってきた。
「では、あの出井蘭とは深い因縁があるわけだ」
「そうだね」
 冬気は父親や同僚が出井蘭を囲んで写された写真を眺めながら答える。
「まあ、理不尽だけれども、あんな独りよがりな会社に就職したのが不幸だったのかも」
 実際に出井蘭のワンマン経営は内外から非難されている。
「複雑な時代になったものだのう」
 師匠が物事の複雑さに難儀を示す。
 玄関のほうから冬気を父親が呼んでいる。
 行ってみると、訪ねてきているのは冬気の友人たちだった。たけおと桜花は、私服に着替えてきている。桜花は動きやすい恰好で、たけおのほうは地味目の格好だがメガネのフレームだけが変化している。彼なりのこだわりがあるのかもしれない。
「ケガの具合どうだった?」
 桜花が心配そうに聞いてくるのは事件後の病院でのことだ。
「大丈夫だ、心配ない」
 彼女の不安を取り除くために冬気が答える。
「その通りだ、彼の勇気と神のめぐりあわせに感謝だ」
たけおが敬意を持ちつつ話す。
「めぐりあわせというと」
「ジャガーマンのことさ」
すっかり忘れていた。たぶん、テレビはそのことで大騒ぎだろう。父親の安否のことで忘れていた。
「立ち話もなんだから、お茶でも用意しよう」
「お構いなく、すぐに戻りますから」
 玄関での立ち話を見かねた父親の提案を桜花が遠慮する。
 そのあと三人でジャガーマンの話題になるが、ジャガーマンの活躍について賞賛しても素直に喜べない。なぜなら助けたのも被害者になったのも冬気自身であった。そのため事件を深く掘り下げられると自分の正体がバレるかもしれないので頃合いを見て話題を切り替えようとする。
「ところで聞きたいことがある」
 たけおが小声で聞いてくる。まさか正体がばれたのか?
「ニュースで見たけど、親父さんが無事で安心したろ? 事件の前に君たち親子の会話が耳に入ったんだ」
 冬気の早とちりだった。彼は父親の安否について聞いてきただけだった。
「親父は無事だったけど、待ち合わせの相手が亡くなっているので……そこが不安なところだ」
「だろうな」
友人が真面目な表情を見せる。真面目な顔つきがさらに堅苦しい感じになる。
「なに話してんのよ?」
 内緒話を不審に感じた桜花が聞いてくる。
「いやなに、知り合いが事件に巻き込まれているかもしれないって話していたところ」
 事件に巻き込まれているのだろうが、詳しいことがわからないので不安になるばかりだ。
「心配なら、いっそのことたけおの知り合いの警官に知らせたほうがいいんじゃない?」
たけおが警官を仲介してくれるならば胡散臭い話であっても対応してくれるだろう。
殺人事件で犯人を捜しているわけだから、小さな情報でも必要としているだろうし。
「まだはっきりと危険だとわかったわけじゃない」
 たけおが桜花の提案を遮る。
たけおの言う通りで、もう少し確証が欲しいという微妙なところだ。
 傍らを見るとジャガー精霊がいなくなっていることに気付く。会話に参加しない(できない)ので静かだと思っていたら……。
「ともかく助けが必要なときには遠慮なく言ってちょうだい? お隣さんなんだから」
「お向かいさんもよろしく」
二人はそれぞれ申し出て家に帰った。
 話し込んでしまって師匠がいなくなったことに気づかなかった。ジャガーが単独行動する。事情を知らない父親がいるので、声を上げず静かに探さなければならない。動物の耳なら小声でもなんとか聞こえるだろう。
 探しているうちにジャガーの気配を感じ取った。そちらのほうにいるという感覚だが、なんとも奇妙な感覚だ。自然と足が向く、これも選ばれたゆえの力か?
「ここにいたのか」
父親の部屋のドアが開いたままになっていて、その近くにジャガー精霊がいた。
「うむ、直感的に不穏を感じてこちらに来たのである」
 師匠が悪びれずに話す。
「単に暇つぶしをしていたんでなくて?」
 冬気の言葉にジャガー精霊は低く唸り声をあげる。
「ハンターの直感だ」
 そういってジャガー精霊は部屋の中に入っていってしまう。
「ハンティングの対象になるものなんて無いだろうに」
部屋に父親はいなくて金庫が開いている。金庫の中に入っていたのであろう資料のようなものが机の上に置かれている。ジャガー精霊はそれに近づいて臭いをかぎ始める。鼻を使って起用に書類入れの紙箱を開けようとする。
「ふうむ……これは……よくわからん」
 口で蓋をはさんで何とかして開けた後、中の書類を眺めながら話す。
「わからないのに難しい態度をとらなくてもいいんでない?」
 同じように部屋に入った冬気は危険な場所に踏み込んだような緊張を感じ取る。父親が部屋に戻ってこないのを確認する。
「そうでないぞ、我が直感が良くないものを感じ取っているのだ」
「どれどれ」
中身を確認すると裁判のための書類らしい。内容はジャングルから部族を強引に追放したことと違法性のある兵器工場の建築。さらに、他者の発明品の窃盗と開発について告発する文書である。
「どうやら、お前の父親は友人を手助けしていたようだな」
「うん。不正を暴く手伝いをしていたとは……」
 二人は見終わった書類を箱の中に戻しておく。
「とりあえず、元に戻しておいたけれど」
 どうするべきか? 子供が口出ししていいものなのか? けれども、自分も巻き込まれる可能性があるのだから当事者とも言えるし。
「警察とやらに連絡すればいいものを」
「あれは裁判の書類だ。見たところ警察の出番は無い、裁判で罪を明らかにするのが先だ」
 感情的には師匠の言う通りだけれども状況が複雑だから相手にしてくれないかもしれない。
「ややこしいものよ」
「何かあったら、師匠の力を借りることにするよ」
 そういう危険な状況にならなければいいけれども。
「うむ、狩られる側なのは面白く無い。必要ならばこっちから狩りに行くまでだ」
ジャガー精霊が威勢のいいことを言い出す。
そのあと冬気は部屋を出て父親に会う予定だった友人とどんな話をするつもりだったのかを聞くと黙ってしまい。
「いつか話す。今は無理だ」
 そういって事情を話してくれなかった。
 結局のところ夜も遅くなって問題は明日以降に持ち越される。
「いつか話すと言っているのだから、それを待つしかない」
冬気が自分の部屋で就寝準備をしているときに、床で丸くなって眠ろうとしている師匠が話す。
「約束は約束だ」
 さらに師匠が言葉をつづける。もはやことの成り行きを見守るしかない、と思い冬気は今日のところは諦める。
「おやすみ」
 ベッドに入った冬気は師匠に声をかけて部屋の電気を消す。
「待て」
師匠が声を出す。
「まだ、一睡もしていないよ」
眠りに入る暇もなしに起き上がる。
「敵が来ているぞ」
電気を消した暗い部屋を見回して、何が起きているかもわからない状況である。
「そうは言ってもねえ」
 師匠は精霊なので人間以上の感覚を持っているのかもしれないけれど。
しかし、師匠に促され、融合してジャガーマンになると敵の気配を感じ取れた。
「本当に来ている。友好的ではなさそう」
「(危険な相手では無いようだが、お前の父親もいるし手早く片付けるぞ)」
 師匠に言われて冬気は心の中で相槌をうつ。
ジャガーマンの優れた嗅覚が三人分の侵入者の臭いをかぎ取る。裏口から外に出て玄関付近に回りこむ。外は夜の闇に包まれていたが、ジャガーの目はこの暗闇でも相手を見ることが出来る。侵入者たちが銃らしきものを持っているのが見える。
「本当に物盗りかな?」
 念のために師匠に聞いてみる。間違いということはないと思うが……。
「(まるで誰かを殺しに来たみたいだな)」
 殺気を感じ取った師匠が解説する。
 冬気が迷ったり悩んだりすることは無さそうだ。
「できるなら捕らえて白状させたほうがいいかもしれないね」
 出井蘭とのトラブルを抱えている以上、そちらの関係者という可能性もある。
三人は家を囲んでいる塀の内側に入ってきた。その侵入者の一番後ろの者に、背後から忍び足で近づく。二人は先に家に入ってしまい、一人だけ遅れている。
相手は全身黒づくめで目だた無い格好だ。
「どなたかな?」
 後ろから近づかれたことにまるで気づかない侵入者に静かに声をかける。
 慌てて銃を突きつけるが驚いたせいで動作が遅れる。その隙に銃を爪で切り裂く。バラバラになった銃身が地面に落ちる。
 さらにこの状況に驚いている相手を殴りつける。
「(この調子で残りも片付けろ)」
 師匠が応援する。顔を殴られて倒された侵入者を一瞥して残りの二人を探す。
 探していた他の二人は外に戻ってきて、ジャガーマンを見つけると撃ってくる。すばやく植え込みの影に隠れ、さらに他の植え込みの影に飛び込んで移動する。この植物は弾丸を防ぐほどではない。
小枝を拾って陽動のために投げようとするが思いとどまる。小枝が弱々しいのであきらめる。
「(投げてみろ)」
 師匠が声をかけて冬気の行動を勧めてくる。
「(ハンターの腕前を信じろ、百発百中だぞ)」
 師匠の言葉を信じて拾った細い小枝を投げつける。二人の銃を持つ手に刺さり、銃を手放す。侵入者も冬気自身も驚く。しかし、驚くのも一時的で、冬気に余裕はない。この機会をとらえて冬気が走りだして近づく。
 近いほうの男を殴りつけて、さらにそいつをつかむと、もう一人のほうに投げつける。ぶつかった二人は地面に倒れてもがく。
「さあて、何のために、誰のために強盗に来たのか白状してもらうよ?」
 冬気はそう言いながら銃を拾って、腕の力で銃をへし折る。
 冬気の変身したジャガーマンはかなりの腕力がある。
「出井蘭の指示かい?」
黒幕を聞き出そうとするが黙ったままである。師匠にライバルである軍神についても聞けといわれる。
「それともテスカトリポカ?」
何の反応もなく、こっちは分からない様子である。
物音がして玄関先に冬気の父親が顔を出す。その出てきたところを先ほど殴られた強盗が起きて拾った銃で狙ってくる、とっさに父親に飛びついて地面に伏せさせる。
「何が起きている? 冬気はどこいった?」
「息子さんは安全な場所に僕が避難させたよ。警察を呼んで」
「君は誰だ?」
「弱い者の味方、ジャガーマンさ」
 勢いで大雑把に自己紹介する。
父親に気をとられている間に強盗たちが逃げだそうとしている。
「(まずい! 逃げられるぞ)」
「しょうがない、追いかけるか」
 素直に誰の命令で動いているかを話してくれれば追跡なんてしなくて済むのに。
 冬気とジャガー精霊が強盗たちを追跡して廃工場にたどり着いた。内部まで入るとジャガーマンの嗅覚を刺すような感覚がある。 
「(むう、これはたまらん)」
 思わず手で鼻を押さえてしまう。
さらに奥に進むと刺激臭のある溶剤の入ったボトルが転がっている。
「これが臭いの原因だよ」
 手に持った容器をできる限り顔から離して眺める。廃棄された工場とは対照的にそれは新品のように見える。
「(これでは匂いをたどることはできん)」
 その後、その場所を離れて工場の周囲を見て回ったが、鼻が効かなくなっている間に強盗は逃げてしまったらしい。
「いったん、もどるほかないよねえ」
 腑に落ちないものを感じながら冬気が師匠に言う。
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