第5章 性の世界

文字数 8,604文字

 俺は、自分の部屋のベッド上で四つんばいになった長い黒髪の女性をバックからついている。彼女は、肌の色は違うけど、『トラフィック』でのキャサリン・ゼタ=ジョーンズに似ている。あの映画は、たぶん、10数回は見ている。

 実際に、キャサリン・ゼタ=ジョーンズの夢を見たこともある。映画『ザ・ファントム』でのキャサリン・ゼタ=ジョーンズがベッドに潜り、スースーと寝息をかいている。その脇で、引っ越してきた俺が段ボール箱から森毅の本をとり出して、本棚にしまっている。机に目をやると、書類やら何やらが積まれ、その山の頂の辺りから雑誌が垂れ下がっている。”VO”の文字が見えるから、おそらく、”VOGUE”だろう。後は何も覚えていない。これは何年か前の初夢。何も、映画『デート・ウィズ・ドリュー』ならぬ『デート・ウィズ・キャサリン』を撮ろうと思ってなどいない。ちなみに、PCの壁紙にはマリリン・モンローを採用している。

 俺はわりに夢を覚えている方だと思う。別に忘れないようにしているわけじゃない。登場人物はともかく、いつも妙なリアルさがあって、目を覚ました後に、面白いかとよく誰かに話しているからかもしれない。ちなみに、今朝の夢では。何かを洗濯していて、洗濯機の推量が「L4」と表示していたことを覚えている。

 おまけに、多くの夢の中では感触がないと言われているが、俺の場合、目が覚めた後まで、時々触感が残っている。もちろん、それは弁慶の泣き所をテーブルの足にぶつけたときのような強烈な奴じゃない。ふんわりしていたり、しっとりしていたりする。

 彼女は両肘をベッドに押しつけ、ヒップを高く上げている。気管をこするような息の音がリズミカルに響く。ベッドはほとんど音もせず、軽く沈むだけで、スプリングの強さが膝から伝わってくる。俺と彼女は、顔をつき合わせてはいないけど、カタジャクを楽しんでいるようなもんだ。かぶりつきたくなるような大きな尻だ。浅黒い肌にうっすらと桃色がかったように見える尻を軽く平手で叩くと、実のしっかりつまったいい音がする。いや、果物と言うよりも、肉だ。20年位前に一度だけ食べた前沢牛の腿肉のタタキを思い出す。22年前に死んだ獣医の祖父だって、尻をパーンと叩いて「いい牛だ!」と太鼓判を押してくれるはずだ。後からつくと、大げさではなく、そのリズムの2対1の割合で、バストは1m以上あり、おそらくJカップの胸がユッサユッサと揺れるのがわかる。背中からじゃ見えないけど、ベッドにつきそうだというのが感じる。俺には女性のバストのカップ・サイズを当てられる特技があるから、間違いない。本当だ。俺にはおっぱいのイデアが見えるんだ!振り子運動の基本原理通りだ。Dカップと比べると、支点から重心までの長さがあるため、周期はゆっくりとなる。

 これを含め、性行為には三角関数で表わされることが多い。その意味でも、三角関数は極めて字湯陽的であり、高校生諸君はそう理解してしっかりに勉強に励んでもらいたい。先生はそう思っています。

 最もイデアが見えるおっぱいとは、例えば、誰か?それは、わかりやすいところで言うと、ドリー・パートンだ。食べられそうではないか! 俺は小細工などしない。王道を行く!

 バストの見た目は肩幅と身長、筋肉の質、皮下脂肪の具合、肌質によってほぼ決まる。同じカップ・サイズでも、肩幅が広ければ、谷間は広がるし、身長が高ければ、上半身に占める面積比は狭くなる。喫煙する女性の場合、毛穴が開き、肌のきめが粗くなり、くすんだ感じとなるので、胸が乾いて見えてしまう。胸だけで大きさや形を論じるのは本質的ではない。また、シリコンやパットを見抜くのも容易だ。いずれも密度と重力の影響が現われる。胸に詰めた場合、形状がボールのように丸くなり、歩いても、脂肪と違い、それほど揺れない。パットは、当然、密度が脂肪より小さいので、揺れが軽くなる。胸も身体という全体の一部なので、その部分だけを変更しても、関連性の点でしっくりいっていないため、そこだけ突出し、不自然となってしまう。ただ、俺はこうした工夫を否定しない。一つの知恵として肯定的だ。そもそも、俺自身にそういうこだわりはないけれども、女性は「男に媚びない嫌味じゃないダイナマイト・ボディ」を目指していると確信している。バストに関してはいくらでも続けられるが、この辺にしておこう。

 そうそう、各種の調査によると、個別の好みは別として、女性を正面から見て、魅力的と感じられるヒップとウェストの比率は1対0.7なそうだ。これはどの文化圏でも結果は同じらしい。理由は定かではないが、女性の寿命のうち繁殖に適している時期の体型がそうだからではないかと推測されている。年齢という概念がなくても、これなら適齢期になっているかわかるというわけだ。繰り返し言うが、個別の好みとは別だ。例えば、俺は、胸同様、お尻も大きいのがお気に入りだ。

 突然、リビングの固定電話がルイジ・ボッケリーニの『メヌエット』の電子メロディを鳴り出す。放っておいたら、留守電に切り替わり、イギリス人の妻の声がする。

 「イナイノ?西友ニヨッテカエルカラ、何カ欲シイモノガアッタラ、聞コウト思ッタンダケド」。

 妻は日本語を使いたがる。

 本当なら携帯電話にかけそうなものだが、そこは夢。いちいちつっこんではいけない。第一、俺はチョンガーだ。これはもう死語か。夢の中では納得しているけれども、起きてよくよく考えてみれば、辻褄の合わないことだらけなのはこの俺自身がよく知っている。

 さっきまで気づかなかったが、教会通りの有線放送から大バッハの『無伴奏バルティータ第2番』が流れている。誰の演奏かまではわからない。

 “The witch is coming back!”

 俺は、そう喉の奥から声を搾り出し、汗ばんだ彼女の胸を背後から鷲づかみにして上体を起こし、そおっと腰を引いて、探検中のリトル・インディ・ジョーンズを呼び戻す。外の世界に出た彼は控えめな赤ベコのように首を振っている。夢を見るのはREM睡眠中で、その時、男性の陰茎が勃起する。このことは先史時代から知られていて、ラスコー洞窟の壁画にも勃起状態の横たわった男性が描かれているらしい。

 胸の感触はさばいたばかりのホタテの貝柱を思い出す。父に漁協の教え子から贈られてくるお歳暮のあれだ。彼女の背中から新鮮な汗と柑橘系のすっきりとした香水の交じり合った香りがする。彼女は俺より10cm以上も背が高い。180cmある。俺は、ピンクのイヴ・サン=ローランのタオルケットの中から、無印の黒のボクサー・パンツを捜し出し、寝転がったまま、前後も確認せず、右足をつっこむ。話が違う、せっかくゆっくり会えると思ったのに、奥さんが戻ってくるのは今夜遅くじゃなかったのと英語でぶつぶつ文句を言いながら、ベッドに腰かけ、枕元に置いた薄紫のショーツをとり、履き始める。彼女はrの発音が巻き舌になる。俺は早口だ。で、二人共に英語がネイティヴじゃない。

 鏝を用いての労働は、このうえもなく好ましいものであった。女性という動物が、とつぜん情感につきあげられて床に伏し、よろこびと過度の昂奮のために虚脱状態におちいるとき、それより一刻も先んずることも遅れることもなく、約束の高原が、霧のなかから影をあらわす船のように、視界にうかんでくるのであった。もはやなすべきことは、その高原に星条旗をうち立て、これをアメリカ合衆国と聖なるすべてのものの名によって領有することのみであった。あらゆる人間が、すくなくとも一度は、この領土に旗を立てたことがあるはずである。しかし、永久にその領有を主張しえたものは、ひとりもいない。それは一夜にして――場合によっては一瞬にして消滅してしまうからである。
(ヘンリー・ミラー『性の世界』)

 俺はシャツを着るため、ベッドから降りる。ふと目をやると、水色の汗とり用のベッド・カバーに濃い紫の染みがある。

 “What?”

 彼女が口に両手をあてる。

 “No!”
 “Blood?”
 “Maybe”.

 俺は両手で頭を抱える。

 “Come oooon!”
 “Sorry!”
 “You told me it had finished, just right? Your period must be over yesterday! I’m sure you said so. You remember it?”
“Yes. I’m sorry, so sorry. It’s wine!”
 “Wine? It’s wine? It’s the bloody wine? Sure! It made us happy so…but your blood is wine? You are Jesus Christ? Ha?”
 “That’s too much!”
 “Ah…sorry. Sorry. You are right. That’s too much. I have lost my mind. OK! OK! Don’t worry! Don’t you worry! We still have time”.

 俺も彼女の右に腰を下ろし、左腕を腰に回して、唇を重ねる。瑞々しい蜜柑の房のようだ。母が毎年寺本果実園からとり寄せていたノンワックスのあれだ。俺は斜頸だ。首は左にしか回らない。右の掌で彼女の左手を握りしめる。大きな手だ。安心感がある。

 “Here we go!”

 俺は、床に散乱していたモスカラシ色のソックスと濃紺のリーバイス505を足に引っ張り上げ、白のコムデ・ギャルソンのTシャツと牡丹色の長袖のシャツを頭からかぶる。彼女は立ち上がり、少し前かがみになって、上をつけている。大急ぎでベッドからカバーを外し、部屋の正面にある浴室に飛びこみ、日立のPAM洗濯機に叩き入れ、スイッチを押す。呑気な電子音にいらつきながら、スプーン3分の2杯のブルーダイヤを回し入れ、キャンップ半分のハミングを柔軟仕上剤用のポケットに少しこぼしながら注ぎこむ。

 部屋で着替えを続けている彼女にこう言って、台所に向かう。

 “Hurry, hurry! Quickly, quickly!もたもたするなー!”
 “I understand it!”

 彼女が料理したトマトのパスタ、生ハムのサラダ、ラムのステーキ、アボカドとエビのスープを食べた食器やワイン・グラスを勢いよく洗い流し、布巾で気持ちだけ拭いて、食器棚に戻す。

 黒っぽいスカート・スーツに着替えた彼女はリビングに来て、薄茶色の小物入れからメーク道具をとり出し、化粧を直し始める。そんなに詳しくないが、たぶん、ブランド名は…ダメだ、割にカチッとした感じのスーツということ以外思い出せない。俺の部屋は北向きだからもう暗いが、こっちはまだ陽がさしている。

 俺は、ワインのボトルとトマト缶を洗浄し、ろくに水も切らないまま、資源ごみを集めている黒霧島の段ボール箱のところへ持っていく。幸いなことに、回収日は翌日だ。エビス・ザ・ブラックの500ml缶やカゴメのトマトピューレの瓶などで山積みになっている。物的証拠はその奥に隠す。

 残り香を消さなきゃ。お気に入りのポマード「ダッパダン」の横に置いた「ハバナ・オーデトワレ・ナチュラル・スプレイ」をとり、部屋中にふりまく。妻は俺が不器用だということを知っている。またこぼしたんだと勝手に解釈する。いや、してくれるはずだ。

 だいたい、俺の体臭が彼女の香りに負けるわけがない。俺の体臭は強くしかも独特らしい。妹によると、胸毛があって、割れた顎をしてるというのに、男臭さはまったくないけど、「ムアッとする」のだそうだ。他の女性たちも同様の表現をする。2年前にダマスカスから戻ってきたとき、マンションのドアを開けると、その匂いが鼻に飛びこんできて、ああ本当に家に帰ってきたんだなと実感したと妹は言っている。具体的にはどうなのかと問いつめると、「シナモンとクローブ、ナツメグをふった豚の肩ロースをバターで強火でソテーした感じ」と妹は答えている。そうか!これに塩と胡椒、ガーリック、レモンがあれば言うことなし。ずいぶん美味そうな匂いだが、こってりしているので、胃の弱い女性からは嫌がれていることはまず確実だ。待てよ、だからか、猫にもてるのは。この間も…いや、そんなことを話している場合じゃない。緊急事態だ。

 その間に、彼女は、洗濯機の隣にある洗面台の鏡の前に立ち、ヘアー・スタイルと服装を整えている。

 “OK!”

 そう言うのが聞こえたので、俺はリビングに置いてあった年季の入った飴色のトートバッグをとり、脱衣場から出てきた彼女にそれを渡す。

 「ドモアリガト」。
 「ドイタシマシテ」。

 彼女は鞄を一旦アイボリーの玄関マットの横に置き、下駄箱の上の靴ベラをとり、軽くかがんで靴を履く。その黒いプラスティックを元に戻し、彼女はこっちを向き、俺と目を合わせようとする。俺は、その広い肩幅を確かめるように、腕を背中へ回し、抱きよせる。

 ”I love you. I’ll call you soon”.

 こう言ったその瞬間、ドアの鍵の回る音がする。間に合わない。

 「タダイマ」。

 ドアが開き、左手でウィチブレイドではなく、水色の「ちきゅうにやさしい くりかえし使える」エコ・バッグを引きずるようにして妻が入ろうとする。けれども、目に前に人がいるのに気づき、ぎょっとした表情をしている。妻も175cmあるが、それでも彼女を軽く見上げている。卵焼きの上手な石のおばあちゃんに、子供の頃から、身長が高く、視力のいい人と結婚しなさいと俺は諭されてきたが、どうやら眼の点は従わなかったらしい。確か、彼女はコンタクト・レンズを使用している。

 妻は『ミス・マープル~書斎の死体~』でのエマ・ウィリアムズに似ている。確かに、この女性とは結婚していてもおかしくなかったという覚えはある。初めて会ったとき、お互いに特別な人ただと感じたのは間違いない。大きいけど、細長く、少々乾いたあの手は、しかし、握り締めると力強く、道を渡るときなんかは、ぐいぐいと引っ張る感じがしたのを思い出す。ブロンドの髪を肩くらいまでのボブにし、服装は…流行と言うよりも、オーソドックスだった気がする。そう、2007年12月18日にテレビ朝日で放映された『世界の車窓から 20周年記念スペシャル』に出演していた安田成美のファッションのような感じだったと思う。妻は絶対にパリス・ヒルトンみたいな格好はしない。つまり、アップル・パイにカスタード・クリームじゃなきゃダメよという信念を持ち、アイスクリームをのせることを軽蔑するような女性のファッションを想像すればいい。

 「あ、お帰り。早かったねえ」。
 「ドシタノ?」
 「あ、シーツを洗濯してる。汚れてたから」。
 「ソジャナクテ、コノ人ハ?」

 妻は長母音が苦手だ。例えば、「20%」なら、「ニジュッパーセント」ではなく、「ニッジュパセント」と発音する感じ。

 「ああ、この女性はね、大手不動産会社の人でね。ええと、どこでしたっけ?住友?それとも三菱地所?まあいいや。ほら、隣のドラッグ・ストアが閉店したでしょ?それで、今度とり壊すことになったんで、ちょっと騒音が出ますが、ご理解の程をよろしくお願いしますよーって説明にこられたんだね、あー、僕の言っていること、わかる?うん。ね?」

 「フーン」。

 妻は目を長音を表わす文字ように細めている。

 「あ、わかりました。どうもわざわざありがとうございました。これ。あなたのバッグですね?どうぞお忘れなく。どうもすみません」。

 彼女は、ドアを右手で押さえている妻に会釈し、マンションの廊下に出ると、今度はもう少し深く頭を下げ、帰って行く。彼女を見届けた妻は、静かに玄関に入る。

 ドアがゆっくりと閉まると、妻の口角が徐々に上がり、まるで砥石で研いだように光っている白い歯が現われてくる。夢はそこで終わり。

 グルメやセックスの話題があまりないが、これは上品ぶっているのではなく、難しくって書きづらいのである。学生の答案でも、数学の問題が解けないので、作文が書いてあることがよくあるが、それがグルメやセックスの話題だと、たいていがっかりする。だれでも書けそうで、うまく書けないものだ。
 思うに彼らは、小学校以来、自己の関心を表出するのが作文と教えられてきたのだろう。吉本高明じゃあるまいし、そんなに自己にこだわられたら迷惑だ。それよりは、読み手がたのしめることが大事。若者の関心ときたら、たいてい食い気と色気なものだから、それを書きたがるのだけれど、とても読めたものではない。

 一番書きたかったことは、ビジンとかブスとか言いすぎる問題だ。これはたいてい、二人の間の関係というより、同性へ向けて自分のパートナーを誇示しているだけで、二人だけの問題であるセックスにとって、どうでもよいことではないか。セックスのあとの時間に、相手が美しく見えることがすべてであって、パートナーが自分の同性にどう見えるかなんて、副次的なことだ、その点で、ポルノ小説の場合、セックスだけに限定されているといるところに、ぼくは好意を持っている。

 人間はどうせ、「親」とか「教師」とかの役割を用いて生きていくのも仕方ない。しかしながら、その仮面が自然としての人間を抑圧してしまう。セックスとか、あるいは排泄行為もそうだが、それらの人間としての自然を隠すことが、文化的進歩なのだろうか。そして、その仮面と自然との距離が、ワイセツになるのだと思う。
 そこで、自分ではうまく書けないのだが、セックスの童話があってよいと思うのだ。これは「おとなの童話」ではない。「こども図書館」にポルノ童話があったらというのが、ぼくの理想なのだ。だれか挑戦してみる文学者はいないか。
(森毅『セックスの童話』)

 おそらく食事にも同じことが言える。その「あとの時間に、相手が美しく見えることがすべてである」。

 ヘンリー・ミラーの性描写は、拒絶に対する征服・支配とほとんど同じで、なるほど「投げやり」に書いているという印象さえある。

 ローラは俺の最初のピアノ教師だった。美人とはいえなかったが、俺の心をそそったのは彼女が毛深いことだった。彼女は、すばらしく美しい長い髪の毛を、蒙古人風の頭に、
半分は上向きに、半分は下向きにたばねていた。襟もとの毛は、くるくるとカールしてあった。彼女がくるころまでに私は手なぐさみのためにややぐったりしていた。だが、彼女が横の椅子に腰をおろすと、すぐまた俺は昂奮におそわれた。彼女が腋の下にたっぷりとつけたつんと鼻をつく香水のためである。夏には袖なしを着ているので、密生した腋毛がのぞいて見えた。全身毛だらけで臍のなかまで毛が生えている彼女を私は想像した。俺は、ある日とうとう入浴中の彼女をのぞきみする機会をつかんだ。それはみごとなものだった。草むらのように深く、毛編みの敷物のように豊かなのだ。
 つぎにローラが家へきたとき、俺は前ボタンを全部あけ放しにしておいた。(真赤になっているローラが左手でそこを指さして顔をそむけるふりをすると)俺は、その手をつかんでひきずりよせた。俺は、一物のよろこびを彼女に示しながら、彼女の毛編みの敷物をさぐろうと、手をのばした。すると、いきなり私は横面を思いきり殴られた。つづいてまた一発。やがて彼女は私の耳を引っぱって、ぐいぐいと部屋の隅へつれて行き、俺の顔を壁に向けて言った。
「さあ、前ボタンをはめなさい。このいたずら坊主!」
 ある晩俺は鉄道線路のそばの草むらのなかに寝ころんでいた。とつぜん俺は、こちらへやってくる女の姿をみとめた。「ローラ!」と俺は呼んだ。彼女は、「まあ、こんなところで、なにをしているの?」とびっくりしながら、堤防の上に私とならんで腰をおろした。俺は、ただ黙って彼女の上にのしかかった。「ここじゃ、いやよ。おねがい」と彼女は言ったが、俺はとりあわなかった。それは彼女にとっても最初の経験だったらしい。たぶん彼女は俺以上にそれを欲していたようである。しかし、火の粉が体に散ったとたんに彼女は体を離したがった。彼女は立ちあがり、服の土をはらい、襟もとの髪を直した。「さあ、早くうちへ帰んなさい」と彼女は言った。「帰らないよ」と俺は言い、彼女の腕をとって歩きだした。俺たちは、かなり長いあいだ、おし黙ったまま歩きつづけた。
 俺は本能的に池のほうへ足を運んだ。ローラの手をとって低く枝を垂れた木々の下をくぐり抜けようとしたとき、不意に彼女は俺の手を握ったまま、ずずっと足をすべらせた。俺を引き寄せて、しっかりと胸のなかに抱きしめた。手をさりげなく忍びこませ、すばらしい技巧で愛撫してくれた。やがて俺の手をとって彼女のほうへみちびいた。そして、ゆっくりと仰向けになった。俺はけんめいに接吻しつづけた。ローラは、両手で俺にしがみついてきて、何度となくよろこびに達した。
(『性の世界』)

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