第12話 始まりの唄

文字数 2,263文字

 子どもたちが卒業式を終え、新たな門出を迎えるこの季節によく聞いて、涙する曲がある。GReeeeNの『始まりの唄』だ。
 もう6年経ったんだ。福島県矢祭町立関岡小学校が閉校となって。
 『始まりの唄』を知ってる人なら、何の話かわかるよね。
 ミュージック・ビデオで紹介された全校生徒23人の小学校の物語さ。

 卒業と閉校にあたって生徒や親のために記念DVDを制作するので、そのBGMにGReeeeNの『キセキ』を使いたいと、小学校の先生がGReeen側に申し出たのが『始まりの唄』としての物語の始まりだ。
 GReeeeNは快諾しただけでなく、閉校までの日々を記録した映像を撮影して、新曲となる『始まりの唄』のミュージックビデオとして制作するという企画を逆提案した。
 GReeeeNが福島で結成され、歯科医の仕事と両立しながら活動しているため、メディアには顔を出さないことは周知のことだ。メンバーの一人は福島での被災者でもあり、歯科医として東日本震災で亡くなった方の検分も行った経験があるそうだ。
 ゆかりの地である福島に恩返しをしたい想いもあったのだろう。
 
 映像スタッフは1ヵ月半のほとんどを矢祭町に滞在して、残された学校生活の記録にあたったそうだ。心がけたのは演出することなく、ドキュメントとして学校の日常を記録することで、その結果、自然なふれあいのなかに見る、つながりの深さとそこから生まれる力強さが全編で表現されているんだ。
 ただ、これってどこの小学校にもある風景だよね。友達、先輩・後輩、生徒、先生、担任、AET、両親などという関係性のなかで、親しさや役割などに応じたつながりの相互作用がある。
 それぞれが教室、授業、掃除、給食、登下校、卒業式、閉校式などの場所で別のつながり方や関係性を持ち、場面に応じて相互作用することになる。
 まさに小学校という場所の一般的な風景だ。
 このさりげない学校生活のドキュメンタリーとしての映像と、『始まりの唄』という曲との一体感が意識された、味わいのあるミュージックビデオが『始まりの唄』だ。

 ♪ 瞳 閉じれば まぶたに広がる 今日まで過ごした これまでの物語
   見慣れた顔と 聞き慣れた声を カバンに詰め込み 歩き始めた 窓に流れる ♪

 ♪ 見慣れたドアの傷 これまでの日々を 思い出し眺めてた ♪

 閉校式で代表の女の子が、「6年間を過ごしてきて、たくさんの行事を経験し、思い出を築いてきました。でも、私が一番心に残っていることは、特別な行事が何もない普通の日々です」と語っているのが、とても印象的だった。
 大人はともすると、子どもたちの思い出づくりや人格形成のためにいろんな行事が必要だと、懸命に知恵を絞り行事という場所をつくるけど、子どもにとって一番大切なのは、友達や先生と楽しく過ごす毎日、自ら創意工夫し、楽しさを見い出して、ふざけ合ったり、励まし合ったりする、自分たちがつくる場所の日常だということがよくわかるね。
 その言葉の裏側で流れていた次のフレーズも心に強く残った。

 ♪ 僕らの行く先には 地図なんかないし それが正しいのか 誰もわからないし
   ただ生きているから 待ち望んじゃいけない 生きている意味は 自分で作る ♪

 矢祭町と言えば思い出すのが、「平成の大合併」と呼ばれた市町村合併の流れに反対して、全国の市町村に先駆けて「合併しない宣言」をした根本町長(1983年4月~2007年4月。6期24年)のことだ。
 議会定数の削減、町の要職者や議員の報酬の削減、庁舎やトイレの清掃業務を町長以下も行うこと、役場窓口業務にフレックスタイム制を導入するだけでなく、役場職員の自宅を出張役場として利用すること、保育所・幼稚園を一元的に運用するなど、数々の独自の創意工夫で歳出削減を行い、自立的な町財政を確立するとともに、結婚・育児支援を積極的に行い、町の活性化に努めたことで有名なんだ。当時、報道番組などでもよく紹介されていた。
 そのユニークな町長が去って9年後。矢祭町では5つの小学校が統合された。関岡小学校はその一つだ。
 創意工夫が根付いた町でも、さすがに小学校を残す工夫にも万策が尽きたんだろうね。
 ビデオに登場する子どもたちの「もう少しいたかった」という声が悲しく心に残るが、柔軟に生きる子どもたちに余計な心配は無用だ。

 ♪ 僕を見守る あの人のためにも 強く生きる ♪
 ♪ 今日から始まる物語 ♪

 子どもたちにとっては、毎日が「今日から始まる物語」さ。
 きっとその子たちが新しい時代の担い手となって、創意工夫に磨きをかけてくれるだろう。

 GReeeeNの多くの曲に見られる特徴は、歌全体で「前向きに生きよう」というメッセージを送っていることだよね。詞の中には「前へ」や「明日」、「未来」、「夢」といったポジティブな言葉がよく使われるからね。『始まりの唄』も、卒業や閉校という終わりのイメージがある行事を、「始まり」と捉えるところに彼らの一つの思想が表現されているんだろうね。

 定年退職をしてすでに5年にもなる力ない男が語るのも恥ずかしい話だけど、若いころからの夢の実現に向けて、たとえ緩やかでも変化を続けて行きたいという願いを胸に、歌の一節を噛みしめては元気づけられる日々を送っている。

 ♪ 『拝啓 昨日までの自分へ』 僕は君の途中 ♪
 ♪ どんな時も ただ何度でも  夢を見る強さを  ♪

 GReeeeNの皆さんに、心から「アリガトウ」と「笑顔で」言いたい。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み