第9話 最後の独り

文字数 722文字

俺は身構えた。
宣言通り、凪は身を呈して俺を守ったのだろう。
あと一人、居ると言っていた。
だとしたら、生き長らえても明日までだ。
それまでに決着を付けて、この少女を倒す。
そうしたら、アミを取り戻せるかもしれない。

何を考えているんだろう。

もう、無に帰している可能性が高いのに。
そもそも肉体のない自分のような存在を、取り戻すなんて、何て都合のいい妄想だろう。

「別に一晩一人と決めてないよ。」
少女が残酷に笑う。腹の辺りが冷たくなる。

「じゃあ、タカナシは、楽しかった?」
「何が。」
「五月女アミと過ごして。」
「お前は何がしたいんだ。」
残った腕で拳を握った。暴力は通用するのだろうか。凪たちはいとも簡単に消えていったのに。
「あと、明日来る子はいないよ。」
「今日が最後ってことか。」
「貴方が最後。」
少女が俺を見る。驚くほどに優しい瞳で、微笑む。左耳に、アミが取った俺のピアスが嵌められていた。怒りがこみ上げてくる。
「ねえ、楽しかった?」
そっと近付いてくる。
「楽しくも何ともない。もう死んでるんだし。」
少女が目を細める。
「じゃあ、生きてる時何してた?何で死んだ?」
「忘れた。」
「本当に?」
少女の桃色の唇から笑みが消える。
「そんなもの無いって言われたら?」
「意味がわからない。」
拳を振り上げる。
「ハートの指輪大切にしているんだね。」
聞こえた瞬間、視界が転覆する。
海、朽ちた床、屋根の隙間の星空、それらが最後に目に焼き付いた。
「ねえ、楽しかったなら、よかったのにな。」

「私、タカナシって名乗ってたんだ。彼の時は。」
床に転がり落ちた指輪を拾って嵌める。
私の全ての人格は消えた。残った私は何て空虚な人間なんだろう。
少女はフラフラと、海岸へ向かった。残された自分を殺すために。
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