第6話 弱肉強食

文字数 682文字

「わからないかなあ。」
廃墟の入り口で、あの女が無表情で、俺を見ている。見下すような視線は俺の左腕に注がれている。
「はあ?」
見間違いではない。
俺の左腕のあった場所には、霧のようなものしかなかった。
それは、アイツのような輪郭だった。
「まだ残っている。もっと頂戴。」
次の瞬間、俺の左腕は跡形もなかった。
腕を取られたということが理解できない。
もう、現存しないはずの身体が痛む。
「何がだよ。返せ。」
そう絞り出すと、あの女が冷たく言う。
「返せないよ。もう無いもん。」
「何なんだよお前ら。」
呆然としていると、
俺から腕を奪った少女は少し大人びた声で言った。
「全部、欲しくなっちゃった。」
消える、と思った。
腕はどこかに消えたが、身体ごと消えたらどうなるのだろう。
それは、本当に死んだと言うことではないか。
アミの姿を一瞬思い出す。
一度死んでいるんだ。もう戻れないんだ。
だったら、もうどうでもいいのだろうか。
でも、ならば、痛くしないでほしい。
「それはダメ。」
あの女が言った。初めて少女が女を見る。
そして笑った。
「何だかつまらないな。」
女は静かに少女に近づき、拳を振り上げた。
少女は何もしない。次の瞬間、女の身体は霧散した。
コロン、と何かが足元に転がる。派手な、赤いハートの付いた指輪だった。
「それ、持っていて。」
微かに、消え入るように、女の声が聞こえた。
「私のじゃないから。」
少女が霧に触れると、そこには何も残らなかった。
「また、来るね。」
少女は天使のような微笑で俺を見ると、何事もなかったかのように、背を向ける。
スキップするように海へ向かっていく少女の先で、黒い空に赤みが差していた。
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