第7話 代用品

文字数 1,273文字

サラサラと砂の流れる音が聞こえるほど、静かな朝だった。
凪いた海に、遠く帆船が浮かぶ。海猫たちは黙り込んでいた。
片腕は戻らなかった。もはや二度と喪失する感覚などないと思っていたが、俺はずっと残った腕で吸殻を弄っていた。
骨張った指に不似合いなピンクのハートの指輪。失くさない場所がわからず、とりあえず嵌めている。
「また、犠牲になったんだね。」
静かな声と共に少女が現れた。
顔を見ると、あどけない顔をしているのに、想像できない大人びた声を発する。
また変なのが現れた。
「戦い方は、まだわからないかな。」
責めるわけでもなく、独り言のように呟いているから、無視してみる。意地を張るのも大人げないが、俺には本当に何もわからなかった。
二人、いや、アイツをカウントすると三人がわけもなく消えただけだ。
「もう、私と二人しかいない。もう守れない。」
「あのさ、どなたですか?」
話してあげないと、去ってくれなさそうな雰囲気に耐えられず、目を合わせないように尋ねた。
少女も目を合わさず、
「私は名前はないです。」
と言った。
「本来、名前を付けるようなものじゃなかったんです。」
「はあ、うん。」
俺は威嚇のつもりで、吸殻を遠くに投げた。
静寂の中で、サイレンが裂くように鳴る。
「昨日の方は名前はありますよ。ヒメと名乗ってました。一番、プライドが高いのはあの方です。」
「知り合いなんですか?」
少女が初めて俺の方を向く。恐らく耳の辺りを眺めてるのか、目は合わない。
「私とあの方は一緒です。元々。」
「元々?」
「アミさんもです。」
「アミ。アミは。」
「アミさんは、戻ってこないですよ。」
「そうなんでしょうね。」
話が見えなかった。俺は苛々して、突き放すように言った。
「話が見えない。用がある訳じゃないのか。」
「すいません。落ち込んでいる人に言葉を選んでいたのです。」
意外にも殊勝な態度で少女は、初めて目を合わせた。遺影のような、慈愛に満ちた表情だった。
「私はアミさんです。しかし、アミさんは私ではありません。」
「言葉を、選ばなくていいから。」
わかりやすく言って欲しい。なるべく優しく言ったつもりだったが、少女は暫し沈黙した。
「アミさんの、アミさんの知らない人格が私です。」
「私が経験したことは、アミさんは知らないです。知らないで済むための、代わりに苦しむための私だから。」
「多重人格とかいうやつ?」
「言葉を知らなくてすいません。私は、出番が少なかったので、あまり物を知らないままこうなってしまいました。」
「アミが死んで、一緒にお化けになったわけか。」
「そうです。」
「アミさんを守るための存在でしかなかったのに、バラバラになってしまい、守れませんでした。」
名もない少女は、遠くの海に視線を移した。嘘かもしれないし、どうでもよかった。アミの生き様なんて何も知らなかったから。
「で、どうしたいの?一緒にもう一回死ぬ?」
俺は砂だらけの吸殻を唇に付けた。ライターも一緒に霊になればよかったのに。
「それは、アミさんは望まれないと思います。」
だから、訪ねたんです。探したんです。
初めて感情を乗せて、少女は呟いた。

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