第8話 少女最期

文字数 798文字

飽きもせず、太陽は落ちる。
黒くヌメっとした海面が揺れている。遠くの灯台の光は、酷く遠く見えた。
少女は、はっきりと、自分が俺を守って犠牲になるつもりだと言った。大人しい人間の決意は強い。
きっと、あの女は今日も来るのだろう。
消されたい、と思った。失った片腕はもう何の苦痛もなかった。アミは、アイツと今度こそ天国に行ったのだろうか。俺の片腕を見つけてくれただろうか。昨日の少女と出会っただろうか。あの少女はアミの人格だったから、一体どんな再会になるのだろう。

馬鹿らしい。

片腕は何の感覚もない。そういうことだろう。きっと全て無くなるのだ。ただのモラトリアムなのだ。あの女は、正義のゴーストバスターなのかもしれない。
きっと無になる。俺も、俺の前に立つ少女も。

「ねえ、名前付けてよ。君に。」
「私はアミさんの人格なので、名前は無いです。」
「いや、呼びにくいんだよ。」
「好きに、呼んでください。」
そう言って海を眺めた。
「じゃあ、凪って呼ぶ。海に因んで。」
返事はなかった。
「あなたこそ、名前を教えていない。」
「そうだった。俺は、多分タカナシ。」
「下の名前は?」
「忘れた。」
潮風が強く吹いて、あばら家はギシギシと鳴いた。
「そろそろです。」
凪は、ぶわっと目を見開いた。

「今日も二人もいるんだ。嬉しい。」
嬉しそうに少女が笑う。いつの間にか現れた少女は、白く発光し、廃墟の朽ちた室内を照らす。
「馬鹿にしていた佐伯みたいになっちゃうよ?五月女のお兄ちゃん。」
少女は、凪のことが見えないかのように、俺に向かってくる。
「タカナシだよ。」
腹を括って少女と対峙する。儚い白い頬が、ニヤリと笑った。
「違うよ。タカナシじゃないよ。」
凪が背後まで迫っていた。そのまま、凪は少女に抱きついた。
少女が一瞬で大人びた表情になる。
「貴女たち、ずっと騙すのはよくないよ」
凪の輪郭が残像のように残った。その姿すら留める間もなく、霧すら残さず、消えた。




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