第11話

文字数 1,879文字

「おもしろいなあ」
 リトを見送って、ヤシェクが言った。
「なにが」
「あの助手の子。リトだっけ?」
「おもしろいか?」
 レンフォードは、図面を眺めていた顔を上げた。
「ていうか、なんかけなげでいいな」
「けなげ?」
 レンフォードは顔をしかめた。こんな若い娘の考えることは自分にはわからない、と思う。
「だって、あんな年でこんな怖い地方官のところで働いてるなんて」
「誰が怖いって。それに、あいつは十三だぞ。いうほど子供じゃない」
「そうなの?」
「それより、これをなんとかしてくれ」
 レンフォードが指でとんとんと図面をたたくと、ヤシェクは腰に手を当ててうーんとうなった。
「そうだよねえ。なんか思いつかない?」
「はじめは、こっちがこうつながっているのかと思ったが、どうもそうじゃないらしいな」
「うん、それだとここが……」
 しばらくふたりで無言で図面を眺めた。が、だからと言って突然妙案が出てくるわけもなかった。レンフォードは両手を頭上にのばして伸びをした。
「これを作ったのが、今よりも何百年も昔の人間だというのが、どうにもすごいな」
「昔の人の方がレンフォードより頭よかったんだね」
「確かに」
「お、なんだか殊勝な」
「おれにはわからんのだから、そういうことだろう」
「もしこれができたら、どうするの」
「実際に持っていって実験してみる」
「え、実験って、なんの? どこで?」
「沢のどこかでできるだろう。うまくいったら、原寸大のを作ってもらう」
「うー。これを原寸大って言うと、けっこうすごいよねえ」
「むずかしいか」
 ヤシェクは一人前の職人のように腕を組んで、またうーんとうなった。
「まあ、作るのもそうだけど。鉄もいるし、木材もいるし、でっかくなるから場所もねえ」
「これの何倍くらいだ?」
「これが、十分の一で作ってるから」
「ということは、十倍か」
「そうそう」
「それなら、屋敷の裏庭を使っていいぞ」
「え、ほんと?」
「それならそう人目にもつかないし」
「そうできるのなら助かる。じゃあ、これも裏庭で作っていい? 今の工房だと、やっぱやりにくくて」
 自分の頼みごとでなにか無理させているかもしれないと、レンフォードは思い当たる。
「かまわない。必要なものがあれば言ってくれ」
「ありがとう。じゃあそうするよ」
 ヤシェクはうれしそうに笑った。
「でも、レンフォードはこれを作ってどうするつもりなの?」
「どう、とは?」
「まさか部屋に飾るつもりで私にこんなの作らせてるわけじゃないでしょ」
「こんなものを部屋に飾ってどうする」
 レンフォードは思わず苦笑した。
「そうだな、これがうまくいったら、タウルーは夏でも水に困らなくなるだろう」
 レンフォードはその先のことを少し想像した。川のどこにこれを据え付けると、一番うまく動くだろうか。
「え、どういうこと」
「おそらく、これをつかえば低いところから水を運びあげることができる。そういうからくりだろうと思っているのだが。もしそうなら、水路を造れば、別のところまで引いていける。水を引ければ、タウルーはいつでも水には困らない」
「……レンフォードってそんなこと考えてたんだ」
「タウルーは、夏には天候具合で水不足が頻発する。できるだけそれを減らしたい」
「そういえば、夏はときどき、鉄を鍛えるときに水が足りなくなって大変なときがあるって、父さんが」
 ヤシェクの父親は鍛冶職人だ。常に燃料と水が大量に必要な仕事だ。
「お前のところのような小規模なところでもそうだ。小麦農場では死活問題だ。不作になれば農民たちの生死に関わるし、街の生活にも響く」
「そうかー、レンフォードってなに考えてるのかときどきわかんないけど、そんな難しいことまで考えてたんだね。さすが」
 ヤシェクがちゃかすように言う。レンフォードはそれを無視して続けた。
「役人なら考えなくてはいけないことだ。不作になったり領民になにかあれば、領主の生活にだって影響する」
「そうなの?」
「収穫がちゃんと上がらなければ、領主のところに入ってくる税も減ってしまう。そうすると、食べるものだけの話ではなく、領地の運営にも支障がでる」
「そのへんの話はよくわかんないからいいや」
 レンフォードは、ふと息を吐いた。つい、しゃべりすぎてしまったらしい。
「まあいい、じゃあ、このあたりをもう少し考えてみてくれ」
「もうフアニスの店はやめておく?」
 おもしろそうにヤシェクは笑った。
「どうして」
「またあの子がついてくるかもよ」
 そう言って、ふふふと笑う。レンフォードは少しあきれて手を振った。
「もうあいつにかまうな。行け」
「はいはい、じゃあね、地方官様」
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