第11話

文字数 4,231文字

       11

 事務所でたっぷりと考えごとをしたあと、自宅に帰り、夕飯をすませてから真鍋明日香に電話をした。特に遠慮するほど遅い時間ではなかった。
 真鍋明日香はツーコールで電話に出た。まるで私の電話を待っていたかのようだった。名前を名乗ると、竹内勇人さんからお話はうかがっています、といった。
「実は明日から出張なんです。本当はお会いしてお話ができればいいんですけど」
「いや、電話でかまいません。それよりも、お忙しいところ申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「ではお言葉に甘えて、いくつか質問させてください。山田紀子さんと多田美保さんのことです」
「紀子のことはご存知なんですね?」
「今日のお昼に竹内勇人さんにお会いして、いろいろとお聞きしました。それから三月十一日に亡くなったことも死因のことも知っています。ですので、知っていることを前提にお聞きします」
「わかりました。それで、多田美保さんのことは竹内勇人さんから聞きました。彼女は本当に失踪したんですか?」
「本当です。四月十一日の月曜日に無断欠勤したままいまだに行方がわかりません。マンションにも帰っていません。実際は四月九日から連絡が途絶えたままなんです」
「本当なんですね……それってもしかして、紀子が亡くなったことと関係があるんでしょうか?」
「わかりません」
「竹内さんから多田さんの失踪のことを聞いて、まっさきにそのことを考えました。影浦さんのことも聞いたので、直接あなたにお尋ねしようと思ったんです」
「残念ですが、いまのところ関係しているのかどうかはわかりません」
「そうですか……」
「多田美保さんから連絡があったのはいつです?」
「竹内勇人さんから私のことを聞いたといって連絡をくれたのは三月の二十二日です。翌日に会社帰りに会いました」
 山田紀子が亡くなったのが三月十一日。多田美保が竹内勇人に連絡をしたのが三月十六日。そして真鍋明日香に連絡をしたのが三月二十二日で会ったのが三月二十三日。さらに鈴木友美に会ったのが三月二十四日。こうしてみると、多田美保は、山田紀子の死を知ってから一週間ほどの間に、その死のわけを知りたいと思い立ち、そして実際に動いている。この行動力はどこからきているのか。なにが彼女をそこまで駆り立てたのか。
「突然の電話だったので驚きましたが、紀子の友人だと聞いて会う気になりました」
「お会いしたときの話の内容をお聞かせ願えますか?」
「多田美保さんは、紀子の同僚で仲がよかった私ならなにか知っているんじゃないかと期待したようです。最初に、紀子はなんでみずから命を絶ったのか、そのわけを知っているかと聞いてきました。わからないと答えると、包み隠さず知っていることはすべて教えてほしい、といいました。知ってどうするんだと聞くと、納得できないので調べるといってました」
「なんていうか、ものすごい意気込みを感じますね」
「そうなんです。なんてまっすぐな人なんだな、と思いました。とにかく異様な気迫でした。質問は直球でした。でも、嫌な感じはなかったです。変に感傷的になって泣かれるよりはましです」
「たしかに」
「私、いつも男っぽいといわれるんです。彼女、私と同じにおいがしました」
「においですか?」
「おかしいですか?」
「いいえ」
「自分に似ていると思ったんです。だから話していても嫌な感じはしなかったです。彼女は紀子の死の真相を知りたがっていました。聞くところによると、多田さんは二月のはじめごろに紀子と会っていて、そのときは幸せいっぱいだったというんです。恋人の竹内勇人さんと結婚を考えていたときですね。私もそれは知っています。それが、一か月ほどして紀子があんなことになってしまったので、気持ちの整理がつかないと胸の内を話してくれました。多田さんは、紀子の死の真相を知ることで、自分の気持ちに折り合いをつけようとしているんだと思いました」
「折り合いですか。なるほどね……多田美保さんは、その一か月ほどの間、仕事が忙しかったようです。そのために相談に乗ってあげられなくて後悔していると、竹内勇人さんに話しています。もしかしたら、山田紀子さんから、なにかしらのサインがあったのかも知れません。それに応えることができなかったことへの贖罪の気持ちの表れかも知れませんね」
「その見方はうなずけます。だから彼女は、あれだけ熱心に質問をしてきたんですね。特にストーカーのことは詳しく聞きたがっていました」
「ストーカーのことは竹内勇人さんからお聞きしています。ストーカーのことはあとでお聞きするとして、それ以外のことを私からの質問ということでお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「山田紀子さんですが、会社内でのトラブルなどはなかったですか?」
「といいますと?」
「たとえば、仕事上でミスをして激しく叱責されたとか、会社内でセクハラやパワハラに遭っていたとか」
「聞いたことはないですね。あれば絶対に私に相談するはずです。こうみえても彼女から信頼されていた先輩なんです」
「金銭的なトラブルは?」
「聞いたことはないですね」
「人間関係ではどうです?」
「それも聞いたことはないですね。紀子は明るい性格でだれとでも気軽に話ができるタイプでした。でも、亡くなる一週間ほど前ですが、紀子はひどく落ち込んでいました。体調が悪いのかな、と思いました。もちろんわけを聞きました。だけど話してくれませんでした。私は竹内さんと喧嘩でもしたのかと思ってそれほど深刻に考えませんでした。そのあとすぐに体調が悪いからといって休暇を取りました。結局彼女はそのまま……」
 竹内勇人が話していたことと同じだ。重要なキーワードは、亡くなる一週間ほど前だ。
「ごめんなさい」
「つらいのならここで終わりにしましょうか」
「いいえ、大丈夫です」
「落ち込んだ原因はストーカーでしょうか?」
「わかりません。わかりませんが、ほかに考えられないからそうなのかも知れません。多田美保さんはストーカーのせいだと確信していたようです」
「竹内勇人さんのお話では、山田紀子さんからストーカーの相談を受けたのは二月の中旬、つまり彼女が亡くなる一か月ほど前らしいのですが、あなたもそのぐらいに相談を受けたのでは?」
「はい。たしかにそのぐらいに相談されました」
「相談の内容は?」
「会社帰りにつけられているような気がするといってました。でも、たしかなことはわからないといいました。なんだか怖いと怯えてもいました。思いつく人物はいないのか、と聞いたら、最初はいい渋っていたんですけど、しつこく聞くと、名前を明かしてくれたんです。それが彼女の元カレでした」
「阿部弘治さんですね」
「ご存知なんですか?」
「名前だけですけど、知っています」
「紀子のほうから別れたんだそうです。別れたわけは知りません。別れてからもしばらく彼は未練がましくつきまとったらしいです。そんなことがあったのでストーカーは元カレだと思ったようです。それで、紀子は元カレに会って確かめるつもりだったんです。私はいきなり会うのは危険だと思いました。だから私がまず確かめようと思ったんです。元カレの電話番号を紀子が知っているというので、聞いて私が電話しました」
「え? あなたが電話をしたんですか?」
「はい。紀子は止めたんですが、私がその場で電話をしました」
「勇気がありますね」
「卑劣な行為をやめさせようとしたんです。会うのは怖いけど、電話だとちょっとの勇気があればいいですから。それに、いきなり事実を突きつければボロを出すのでは、と思ったんです。でも、違いました」
「違った?」
「はい。彼はすでに結婚していて、転勤でいまは鹿児島に住んでいました。もう一年以上も前だそうです」
「そのことは紀子さんは知らなかった?」
「ええ、驚いていました」
「それで彼の反応は?」
「怒られました。こちらは平謝りです。紀子も謝りたいというので電話を代わりました」
「やはり平謝りですか?」
「そうです。私は用事でその場を離れたので話の内容は分かりませんが、最後はお互いに近況を話して電話を終えたみたいです。それで結局、曖昧のままでストーカーのことはそれっきりになりました。いま思えば、私は紀子の気のせいだろうで終えてしまったような気がします。でも、紀子のなかでは終わっていなかったのかも知れませんね。私が、もっと真剣に相談に乗ってあげていればと、いまは後悔しています」
「竹内勇人さんも後悔しているとおっしゃっています。ただ、山田紀子さんもはっきりとストーカーだと認識したわけではないようですので、しかたがないと思います」
「そうなんですけど……」
「阿部弘治さんのことは、多田美保さんに話されました?」
「会話の流れで話してしまいました。どうしてもというので、阿部弘治さんの連絡先も教えてしまいました。どうも多田さんは、阿部弘治さんと会ったことはないが名前は知っているような口ぶりでした」
「彼女は電話をしたと思いますか?」
「するようなことをいってました。彼はストーカーではないとわかったといったんですが……」
「自分で確かめるといったんですね?」
「そうです。ただ、阿部弘治さんと話をする前に高校の友達に会って紀子のことを聞くといってました」
 鈴木友美のことだ。
「阿部弘治さんの連絡先を私にも教えていただけますか?」
「影浦さんも電話するんですか?」
「私もしつこいほうでして」
 真鍋明日香がいう電話番号を手帳に控えた。
「あなたの名前は出しませんのでご安心を」
「別にいいですよ」
「最後に、恋人の竹内勇人さんとはうまくいっていたんでしょうか?」
「紀子がですか?」
「ええ」
「うまくいっていたと思いますよ。ノロケ話をさんざん聞かされましたから」
「そうですか。わかりました。どうもありがとう」
「参考になりましたか?」
「もちろん」
「多田美保さんが無事だといいですね。絶対にさがし出してください。お願いします」
「わかりました」
「もし、紀子のことがわかったときは教えてください」
「いいんですか。つらい思いをするかも知れませんよ」
「知りたいんです。知らなくちゃいけないと思うんです。紀子の思いを共有したいんです」
「そうですか。わかりました。わかったら必ずお知らせします」
 思わず長電話になってしまった。快く付き合ってくれた真鍋明日香にもう一度礼をいって電話を終えた。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み