第12話

文字数 2,339文字

       12

 十二時半。教えてもらった阿部弘治の携帯に電話した。昼休みを狙ったつもりだ。うまくいけば、昼飯を食べたあとの至福のコーヒータイムだろう。問題は見知らぬ番号からの電話に出てくれるかだ。
 しばらく待たされてから男が出た。警戒している声だ。営業電話や間違い電話だと思われないために、すぐに山田紀子の名前を出した。
「影浦といいます。山田紀子さんのことでお聞きしたいことがあります」
「え? 紀子?」
「そうです。山田紀子さんのことです。山田紀子さんが亡くなったことは知っています」
「はあ……」
「いまお時間よろしいでしょうか?」
「はあ、いいですけど……」
「私、探偵をやっています」
「探偵?」
「山田紀子さんのストーカー被害のことでお電話しました」
「ああ、またそれですか。なんなんですか。よってたかって。あなたで三人目ですよ。いや、紀子を入れると四人目だ」
「申し訳ないですね。またそれです」
「まさかまだ僕を疑っているんじゃないでしょうね」
「とんでもない。ただお話をお聞きしたいだけです」
「本当ですね?」
「本当です」
「手短にお願いしますよ」
「わかりました。まず確認です。その件で最初に電話をかけたのは、紀子さんの同僚の真鍋明日香さんですね?」
「名前は覚えていないけど、たしかに紀子の同僚から電話がきましたよ。失礼な電話でした。いきなりストーカー呼ばわりですよ」
「でも疑いは晴れたんでしょう?」
「あたり前ですよ」
「そのあと、たぶん一か月半ぐらいして、やはり紀子さんのことで女性から電話がきたと思うんですけど」
「ああ、きましたね。紀子の同僚から僕の電話番号を聞いたといってかかってきました。たしか、紀子の中学と高校の同級生だといってましたね。名前は覚えていませんけどね」
「その人は多田美保さんです」
「ああ、たしかにそんな名前だったですね。それで?」
「その多田美保さんは、どんなことをあなたに尋ねたのか、お聞かせ願えますか?」
「それは本人に聞かれたらどうです?」
 どうやら多田美保の失踪は知らないようだ。それならわざわざ教える必要はないだろう。
「もちろん本人にも尋ねます。その前にあなたにお尋ねしたほうがいいと思いましてね」
「なんだかわからないけど、まあ、いいです。それで彼女とどんな話をしたのか、ですね?」
「そうです」
「最初に多田さんから紀子が亡くなったことを聞かされました。最初は冗談かと思いました。ショックでした。なぜなんだ、と思いました。あんな明るくて元気な紀子が、と思いました。そのあと、紀子と最後に電話をしたのは紀子の同僚と話をしたときか、というので、そうだと答えると、紀子がなぜあんな亡くなりかたをしたのか理由を知りたいので、そのときにどんな話をしたのか、特にストーカーについてどんな話をしたのか、聞かせてほしいという内容でした」
「私が調べるというニュアンスですか?」
「そんな感じでした。なんか意気込みを感じましたね。納得できないので調べるから協力してほしいという口ぶりでした」
「多田さんはストーカーに原因があるとみていたんですね」
「そうみたいですね。でも、多田さんが満足できたかどうかはわからないなあ」
「そうなんですか?」
「紀子の話が曖昧なんですよ。会社帰りにつけられているような気がするというだけで、ストーカーの人物像もはっきりしないし、具体的な名前も出てこないし……あ、その人物像で思い出した」
「なんです?」
「紀子と電話のときなんですけどね、僕の疑いが晴れたあとの話の途中で急に紀子が大きな声を出したんです。そしてなにかを呟いたんです。よく聞こえなかったけど、どうもそれらしい人物に思いあたったようなんです。だれか思い出したのかって聞いたら、言葉をにごして教えてくれませんでしたけどね」
「そうなんですか……」
「紀子との電話は、警察に相談したほうがいいよと僕がいって終わりました」
「紀子さんはそれにはなんて?」
「わかったといいましたよ。ただ、その前に中学の友達に確認してからといってましたね」
「その友達はだれ?」
「わかりません。紀子はあなたの知らない人だといってました」
 多田美保は中学の同級生だが彼女ではない。鈴木友美も違うだろう。彼女は高校の同級生だ。
「中学の友達の話は多田さんには話しましたか?」
「ええ、話しましたよ」
「多田さんはその友達を知っているような感じでした?」
「ええ、知っているような感じでしたね。そろそろいいですか。昼休みも終わりなんでね」
「貴重なお話を聞かせていただきました。どうもありがとう」
 突然ドンと大きな音が聞こえた。なにかが爆発したかと思った。
「大丈夫ですか?」
「え? なにが?」
「いま大きな音がしたでしょう?」
「ああ、桜島の噴火ですよ。最初は僕も驚きました。慣れましたけどね」
 驚きがおさまらないうちに電話が終わった。

 山田紀子と多田美保が中学で一緒だった共通の友人を知るには、多田美保の両親にあたるしかなかった。
 名前はすぐにわかった。寺田幸子。実家は小岩で中華料理の店をやっているとのこと。消息は実家で聞いてほしいとのことだった。店の名前を聞いて手帳に控えた。
 電話番号は調べてすぐにわかった。電話をするとその本人が出た。
多田美保のことで会って話をしたいといった。信用されなかった。あなたのことは多田美保さんのご両親から聞いたといった。それでも信用されなかった。しかたがないので、多田美保の失踪を話し、その調査をしている探偵だと明かした。まだ信用されなかった。やむなく山田紀子の名前を出し、事情を知っていることを話してやっと信用してもらえた。店の手伝いをしているから、外ではなく明日の営業時間前の午前十時に店にきてほしいといわれた。
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