第3話 「いっただっきまあす!」

文字数 2,802文字

数日が経ち、夢を見た。
俺と小宮が全裸で向かい合い、立ちつくしたままシャワーを浴びている夢。俺は小宮の首筋に舌を這わせ、乳首を吸い、滑り落ちていくその舌は、やがて屹立(きつりつ)した硬いものに辿り着く。無我夢中でそれを口に頬張ると、時間をかけてゆっくり音をたて味わう。ふと見上げると、小宮は冷たくそんな俺を見下ろしているだけだった。その顔は、いつにも増して美しい。ほどよく筋肉のついた白く輝く肉体は、まるで彫像のようだった。
願望が、俺にそんな夢を見せたのだろう。何度か似たような夢を見たが、そんな夜は必ず夢精をしてしまう。

その後、収録で小宮を見かけるたび、俺は夢の内容を思い出しひそかに興奮するようになってしまった。性欲を抑えきれず、慌てて個室トイレに駆け込み、一人で処理をする時もあったほどだ。
他の番組スタッフと楽しげに話している小宮を見ただけでも、嫉妬するのか、不快な気分を感じるようにもなった。「何怒っているんですか? 」とコーディネーターの女性に不審がられ声をかけられたこともある。
まるで恋に落ちているようだった。いや、実際落ちているのかも知れない。いい年のオッサンが、弱冠二十歳の青年に。

何かがどこかで歪んで、静かに狂っていっているのを感じた。時計が一部の部品の故障で、やがて全体が壊れてゆくように。じきに時を刻む音も、目覚ましのベルも鳴らなくなる。自分もそうなっていくのではないかという恐怖と焦燥。小宮を自分の子犬として飼いたいと思った時点で、既に狂っているといえば狂っているのだが。

小宮はといえば、あんなことがあって以来、髪の色をいきなり茶髪から金髪に染めてきた。「仕事の役作りのためだよ」と本人は言っていたが、俺には「大人しくあんたの言いなりにはならないぜ」という反抗的なアピールに見てとれた。気のせいか、態度も少しよそよそしく、警戒して距離をとっているようにも思える。
俺はといえばそれからも小宮とセックスする夢を見続け、距離をとろうにも小宮のことが眠っているあいだも頭から離れない。

「最近どうも、よう眠れんのですわ。おかしな夢ばかり見て」
風邪で発熱した時、診察室で内科医にそう打ち明けた。
「食事、運動、睡眠は健康の三大原則ですからね。よかったら、睡眠薬も出しときましょうか?」
「お願いします」と頼んで貰った薬は、中間型と呼ばれる作用の強いものだった。自分の体質のせいもあるのか、処方された量を飲むと、まるで気絶したように入眠する。ネットで検索すると、欲望にかられた男が狙った女にこっそり飲ませ昏睡状態にさせ、乱暴する例も少なくないらしい。それを読み、ふと小宮に隠れて飲ませてみてはどうかという考えが浮かんだ。番組の中で小宮が調理したものを皆で試食するのだが、その時粉末状にした薬を食事の中にわからないよう混ぜる。

ほんま頭おかしいんちゃうか、自分。眠らせて、どうするっちゅうんや。卑怯で最低な屑どもと同じ、乱暴するちゅうんか。

一応心の中で自分を責めたが、収録当日の献立がクリームシチューだと知ると、「混ぜやすい」と思ってしまった。小皿に分けられた小宮のぶんにだけ、前日用意しておいた粉末カプセルの中身を入れる。
「なんだか急に、眠くなってきちゃった」
三十分も経たないうちに小宮の目は(うつ)ろになり、時折こくりと頭を前に垂れる。
「食べたら眠くなったんかな? 少し休憩室に行って仮眠をとろう」
俺はふらつく小宮の身体を支えながら、ゆっくりと休憩室にあるソファーに全身を横たわらせる。
「楽になろうな」
シャツのボタンを、上から一つまたひとつとはずしてゆく。小宮は両目を閉じたまま、もう何も言わない。楽しみながら服を全部脱がせ、おいしそうな裸体を眺め舌なめずりした。

「いっただっきまあす!」

全裸の小宮の前で、ナイフとフォークを両手に持ち、元気良くそう叫んだところで目が覚めた。やっぱり、夢だったのだ。俺はパジャマ姿で、ぐっしょり寝汗をかいていた。
虚しい。こんな馬鹿な自分が本当に虚しくて仕方がない。

あくる日、アシスタントディレクターの男が番組収録後いきなり、
「玲くんがこれからサウナに行くって言うんですけど、我々も合流しませんか?」
声をかけてきた。一瞬、耳を疑った。てっきり避けられていると思っていたからだ。
「ね、ね、行こうよ行こうよ」
小宮本人もそう言って、笑顔で俺の左腕に両腕を絡みつけてくる。以前の人懐こい小宮に戻っていた。時間が経ち、俺はもう安全だと思われたのだろうか。
「仕方あらへんなあ」
言葉とは裏腹に、内心嬉しくて仕方がなかった。どうせ帰っても一人悶々とするだけなのだから、溜まった何もかもを汗と一緒に洗い流してしまいたい。

サウナは、先日オープンした新しい温浴施設の中にあった。サウナ好きの小宮によると、フィンランド式とか韓国式とか多彩なものがあるようだが、俺は何年も前に始発電車を待つあいだ利用したことがあるくらいで、現状がよくわからない。
結局、木材の長椅子にタオルが敷いてあるだけの、ありきたりの男性用サウナで座っていることにした。腰に白いタオルを巻いた小宮が入ってきて、興奮した様子で右に座る。
「すごいよ、ここ。ほんとにいろいろ種類が豊富にあるよ。もっとあちこち見て回ればいいのに」

サウナよりも、小宮の裸体を見ているほうが楽しかった。童顔なのに、腕や足、脇など意外に毛深い。つい、ちらちらと汗ばんだ全身に目を()ってしまう。
毛深いし体格もいい。細身だが筋肉もついている。男そのものだった。長年生きてきて、男に惚れたことなど一度もない。いくら美青年とはいえ、どうして男を、自分と同じ男など好きになってしまったのだろう。

恋というものは、本当に不思議だ。いつも気づいた時には、もう遅い。(やまい)にかかっていることに、少し遅れて気づくのだ。自覚した時には相手の虜になっていて、ひと時も頭から離れない。
「苦しいな」
つぶやく俺の本心など知らず、小宮は心配そうに下から顔を覗き見る。
「大丈夫? 暑くなってきちゃった?」
「ああ。暑くて息苦しくなってきた」
ときめいて息苦しいだなんて、乙女みたいだ。水風呂に頭まで浸かって、心の熱までしっかりと冷ますとしよう。

サウナの強烈な熱から解放されたら、一人夜風に当たり歩きたくなり、先に帰ることにした。帰り道コンビニに寄り、男性向け成人雑誌を五冊買いこむ。自分の部屋に帰るなり、ベッドに寝転んで水着姿になっている女のグラビア写真を見た。自分は男が好きなわけじゃない、ゲイじゃないことを確認したかった。しかし雑誌の中のグラビアアイドルを見ているはずなのに、思い浮かべるのはサウナ室にいた小宮の裸だ。はす向かいに座っていた若い男も、舐めるようなねっとりした視線で小宮を見ていた。美貌だから目立つはずだ。あいつは、あんな所にいて大丈夫なのか。
結局、そんな余計な心配をしたまま寝落ちして夜を終えた。

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