第7話 オジサン悩み相談室 

文字数 1,157文字

次に会う日まで、小宮のことが心配でたまらなかった。かわいそうに。何があったかわからないが、涙を流すなんて余程の出来事があったのだろう。確か「動画の仕事ももう辞める」と言っていた。今後小宮ともう会えなくなってしまうのだろうか。

ようやく収録日を迎え、俺は楽屋にいる小宮を見つけるなり、
「玲くん、玲くん」
小走りに駆け寄った。傍に誰もいないか前後左右を確認すると、
「あの話、結局どうなったん?」
なるべく声をひそめ、口元を右の掌で覆いながら聞く。
「あの話って?」
小宮は無表情で、読んでいた台本から俺に視線を移す。人に聞かれたくないため、とぼけているのだろうか。
「ほら、その…辞めるとかなんとか」
周りへの警戒を続けながら囁き声で聞くと、まだきょとんとしている。
「仕事を辞めるって話だよ」
もどかしいので少し声量を上げ、率直に聞く。小宮は台本に目を戻し、
「そんなこと、言いましたっけ?」
しれっとして言う。唖然とした。一瞬、時が止まったかのように感じた。
「言いましたっけ…って…」
予想もしなかった小宮の態度と言葉に、混乱が俺を襲う。あんなに同情し心配したのは、無駄な取り越し苦労だったのか。雨の晩、気を遣って手を出したくても出せずに床に寝た俺は一体なんだったのか。それとも単に、しらばっくれているだけなのか。

「準備出来たんで、撮影始めまあす」
その時アシスタントデイレクターの男が来て言うと、
「はあい」
小宮は元気よく返事をして、スタジオにと向かって行った。放置された俺は、ただ呆然と立ちすくみその後ろ姿を見送る。まあ、何も問題がないならないで、それに越したことはないのだが。

それからも小宮は、やはり気分次第なのか、突然俺のマンションを訪れたりカフェに呼び出したりするようになった。話す内容は、取るに足らない個人的な悩みだったり仕事の愚痴だったりする。ゲームやアニメの感想だけ一方的に話して「これから仕事だから」と帰ることもあった。そして俺が自宅でキスでもしようものなら「一回だけの約束だから」と、まるで契約でも交わしたかのようにお決まりの台詞を言う。

俺は、おまえの都合のいい話し相手でもなければ、気持ちの吐き捨て場でもないねん! 『オジサン悩み相談室』のオジサン相談員でもないねん!

何度そう言って、怒鳴ってやりたい衝動にかられたことか。確かに、「本当の父親だと思って本音をぶつけていい」そう過去に言ったのは自分だ。しかし下心あっての言葉で、限度というものがある。結局、都合のいい犬になっているのは自分のほうではないか。裸体の餌に釣られ、ついつい駆け寄って行ってしまうものの、行けば「待て」と命じられ永久に待たされる。結局餌は与えられず、ただ空腹のまんま。
限界だった。これ以上子犬にかき乱され振り回されるのは、もう限界だし、ごめんだ。

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