自殺のナゾ

文字数 3,091文字

自殺、ですか?
はい。

兄が自殺をした理由を知りたいんです。

今回、絶望青春クラブの部室を訪れたのは二年の女子、大森梓だった。
お兄様が亡くなられたのは、いつのことですか?
いまから、一週間ほど前のことです。
一週間ほど前、ですか?
怪訝そうな声で聞くアリシア。
どうしたのかな、アリシアちゃん?
いえ。

一週間ほど前というと、すでにわたくしはこの街に滞在していたのですが、そのような情報は耳にしていなかったので。

仕方ないだろ。

呪われ人は他人にあまり関心がないし、報道機関なんてもの、この街にはないからな。

この街では一応、テレビを視聴することは可能だが、そこで呪われ人やこの街について取り上げられることはない。
そうだとしても、この街では自殺というのは非常に珍しいのではないですか?
まあ、聞かないよな。

この前の殺人もそうだが。

アリシアちゃんが来てから不幸が続いているよね。
おまえはいまだに自分のやった行為を自覚していないらしいな。
ちなみに、あの殺人はわたくしがこの街を訪れる以前のことでした。
それで、そのお兄ちゃんはどうやって死んだのさ。

ナイフで手首でも切ったのかな?

いえ、この学校の屋上から飛び降りたんです。

休日に。

この街では学校に限らず、基本的には戸締まりというものをしない。

何かを盗まれたり、いたずらをされたりすることがあまりないので、その必要性が薄いからだ。

なので、休日でも誰でも学校に入ることは可能となっている。

校舎の屋上から飛び降りたということは、お兄様は学生なのですか?
そうです。

三年の大森優太っていいます。

ねえ、屋上が現場ならさ、そっちで話を聞いた方がよくない?
あなたのーーアカリさんの言う通りですね。

では、移動しましょうか。

四人は絶望青春クラブの部室を出て、屋上に向かって歩いていく。


階段をのぼり、屋上に通じるドアのノブをアリシアが捻る。


鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと開いた。

施錠はされていないようですね。
生徒が自殺したなら屋上を出入り禁止にするはずだと言いたいんだろうが、そんなこと誰も気にしないんだよ。
当時もそうだったのですね。
どこもそうなんだよ。

この街に防犯意識なんてものはないんだからさ。

一応、学校側には施錠はしっかりとするように伝えておいた方がいいですね。

確率は低いとは、再び自殺が起こらないとは言い切れないわけですから。

やめておいた方がいいぞ。

警戒心がないなら、どうせすぐに忘れるからな。

屋上に足を踏み入れる。


校舎は三階建てで、この街ではかなり高い建物の部類に入る。


屋上からは街を一望することかできて、視界を遮られることもなく、周囲を取り囲む山々を観察することも可能だった。

柵はかなり低いようですね。
アリシアは屋上を取り囲むようにする転落防止用の柵に手をかけた。


それは人の腰くらいまでしかなく、軽々と乗り越えることもできそうだった。

転落防止用のため、なんて考えてないんだろう。

とりあえず設計にあったから作っておいたってことなんじょないか。

まさか、ここから飛び降りる人間がいるなんて考えてなかっただろうね。
アリシアは両手で柵をつかむと、そのまま下を覗きこんだ。
やはり、高いですね。
そりゃそうだよ。

高くなかったら、そもそも自殺なんてできないんだから。

自殺と決めつけるのは早いような気がします。
え、まさか、殺人かもって言ってるの?
あらゆる可能性を否定しないだけです。
仮に自殺だとして、おまえには何か動機みたいなものは思い浮かぶのか。
遥人が梓に向かって聞く。
わたしは
と梓が答えようとしたとき、
ちょっと、お待ちください。
アリシアの鋭い声が飛んできた。
ん?
ハルトさん、いまなんとおっしゃいましたか?
おまえには何か動機みたいなものが思い浮かばないのか、だが。
それはいわゆる、ため口と呼ばれるものではありませんか?
そうだが。
なぜ、敬語を使わないのですか。

ハルトさんは一年生、アズサさんは二年生です。

つまり、日本語で言うところの先輩後輩の関係。

そのような場合には、下の年齢の人が敬語を使うのが基本のはずです。

上下関係に厳しいのが日本人であると、わたくしは学びました。

それが文化であるとも。

外の世界ならそれも通用するだろうが、この街では関係ないんだよ。

言葉遣いは個人の自由だし、ため口で話しても怒る大人はいない。

もし、先輩後輩というやつを知りたいなら、外の高校に通うべきだな。

相手が気にしないなら、なんでもアリってことだよね。
そうなのですか。

敬語は素晴らしい文化だとわたくしは思うのですが。

残念そうに言うアリシア。
それで、どうなんだ。

おまえの兄に自殺するような動機はあったのか。

わかりません。

そこまで親しい兄弟というわけでもなかったので。

どこの家もそんなもんよ。
ただ、気になることはあるんですけど。
気になること、ですか?
亡くなる前、お兄ちゃんは何かに怯えていたみたいなんです。
怯えていた……。
なぜ、怯えていたのですか?
それはわからないんですけど、様子が変だったことは確かです。

実際に亡くなる前は学校にも通わずに、部屋にずうっと閉じ籠っていましたから。

呪われ人が怯えるってどういうことだろうね。

幽霊でも見たのかな?

自殺に関係していることはまちがいなさそうだが、アリシアはどう思う?
部屋に閉じ籠っていたということは、外部に何かしらの脅威があったのかもしれませんね。

部屋から出られなかった、ということを単純な解釈した場合ですが。

脅威とはなにかな、アリシアちゃん。
それはわかりませんが、呪われ人を恐れさせるとなると、よほどのことかと。
心の死んだ呪われ人には、基本的に恐怖という感情は存在しない。
あ、そういえばあたし、こういうパターンをテレビで観たことあるよ。

目撃者ってやつだよ。

目撃者?
殺人現場をたまたま目撃しちゃって、その犯人から追われるってやつだよ。

サスペンスによくあるパターンだよね。

確かにそれなら部屋に閉じ籠る理由にもなりますが、他に殺人事件が起きたという話は一切聞きませんし。
まだ、発覚していないだけかもよ。
おまえは本当に殺人が好きなんだな。
人を殺人鬼みたいに言わないでくれるかな?
実際のところはもっと悪いだろうが。
情報がまだ足りませんね。

それではまずは、アズサさんのご両親に話を聞いてみることにしましょうか。

すいません、それは無理です。

うちの両親はもう亡くなっているので。

そうでしたか、申し訳ありません。

では、お兄様のご友人、もしくは知人を紹介していただけますか?

戯れのパートナーでよければ。
その言葉の意味がわからず、アリシアの反応が一瞬遅れる。
戯れとはなんですか?
自傷行為のことだよ。

そう呼ぶやつも結構いるんだ。

おれは名前にはこだわりはないがな。

ここではパートナーがいるのが普通なのですか?
別に決まっているわけではないが、そういうパターンは多いみたいだな。

おれにも一人いるし。

自分でやるよりも緊張する部分があるから、呪われ人にはちょうどいいんだよ。
そうですか。

それにしても戯れとは、どこか詩的な響きがありますね。

そうか?

おれはとくに何も感じないが。

これからは自傷行為のことを、そう呼ぶことにしましょう。

いいですね。

別にどうでも構わないが。
戯れかあ。

なんだかちょっと、やらしい響きも含まれているよね。

どこがだ。
ほら、人と人が戯れてるって聞くと、なんだかそれっぽいよね。
具体的にどういうことなのか、説明してくれ。
えー、やだぁー、変態がここにいるぅ。
無駄話はその辺りにしておいてください。

放課後の時間も限られていますから、早速その方のもとへと急ぎましょう。

そうして、四人は屋上を後にした。
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登場人物紹介

高橋遥人


物語の主人公

絶望の街の高校生

アリシア


転校生

バチカンからの使者


橘美緒


遥人の友人


杉田梨香


絶望青春クラブの最初の相談者

死にたがり

南明里


杉田莉緒の友人

何やら怪しい雰囲気

朝倉瞳


遥人の担任

瀬川透


遥人のクラスメイト

杉田直樹


梨香の弟。

大森梓


兄の自殺の真相を確かめてほしいという依頼人。

西村彩夏


自殺をした梓の兄のパートナー。

神城圭


総合病院の医者。

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