クレプトマニア

文字数 2,197文字

万引き、ですか?
ええ、そうなの。
この日、絶望青春クラブの部室には担任の朝倉が訪れていた。

とはいえ、彼女が相談者というわけではない。

アリシアの正面に座っているのは、同級生の男子だった。  

清水くんがスーパーで万引きをしたから、それで話を聞いてもらいたいと思ったの。
昨日、遥人たちの同級生でもある清水真二がスーパーて万引きをしたという。

様子のおかしな客がいるな、と思った店員が後をつけて、店を出ようとしたところを呼び止めた。

学校の帰りのことで、通学カバンの中をチェックすると、そこから店の商品が見つかったのだと朝倉は説明をした。

本人もその事実はすぐに認めたそうよ。

ただ、、そんなことはいままでなかったから店の方では対応がわからなくて、学校へと連絡を寄越したのよ。

警察には連絡はしなかったんだ。
ええ。

はじめてのことだったみたいし、そもそも逮捕なんてことはこの街ではないから、そのような発想には至らなかったみたいね。

それで、相談の内容というのは?
どうして彼がそんなことをしたのか、教師として知っておくべきだと思ったのよ。

本人にも盗んだ理由はよくわからないらしいの。

盗んだ理由がわからない?
そうなのですか?
アリシアが目の前にいる本人に確認をする。
まあ、なんとなくだったから。
なんとなくで盗むことなんてないでしょ。欲しいものだったからなんじゃないの?
何度も言っている気がするが、呪われ人には欲望なんてものはないんだよ。

何かを欲しいとは思わないし、それで万引きをするつもりにもならない。

盗んだものというのは、いったいなんだったのですか?
カロリーメーカーよ。
カロリーメーカーはスティック状の栄養食品だ。一箱に中指くらいの固形物が四本入っていて、それだけで一日ぶんの栄養素の三分の一がとれるとされている。高価なものではない。

呪われ人は基本的にはお金には困らないので、わざわざ盗まなくても簡単に手に入れることができる。

そんなものを盗んで、どうしようってわけ?
だから、本人にもわからないんだろうが。
そんなことある?

だって盗むときは狙いを定めるのが普通でしょ。

わざわざスーパーまで行ってるわけだし。

言い訳とかなんじやないの?

呪われ人はそんなことしない。

言い訳なんてものは、心のある人間の特権だろ。

クレプトマニア、という可能性はありますね。
クレプトマニア?
万引きの依存症のことです。

何かを欲しいと思って盗むのではなく、盗むという行為そのものに興奮を覚える病気になります。

これなら欲望のあるなしに関わらず、そのような行為に及ぶこともあるかと思います。

病気、か。
原因はなんなの?
様々なことが言われていますが、ストレスがその一因ではないかとされていますね。
おれたちは延々と呪われているわけだからな。

ストレスだらけと言えないこともない。

でも、それって呪われ人には日常でしょ。

心が死んでいるなら、ストレスなんて感じないんじゃないの?

心の奥底で感じていたものが、あるときにふっと表に出たのかもしれませんね。

クレプトマニアも衝動的なものと言われていますし。

もしくは、シンジさんに何か特別なストレスがかかるような出来事があったのかもしれません。

特別なストレス?
呪われ人にとってこの呪いは日常。それが原因でクレプトマニアになる可能性は低いのかもしれません。

であるのなら、シンジさん固有の事情があるとも考えられますね。

シンジくん、君には何かそういうのに心当たりはないのかな?
さあ、そんなことを言われても。普段はそういうの気にしないし。
忘れているだけなんじゃないの?

最近、何かすっごい嫌なこととかなかった?

別に、ぼくはどうでもいいから。
どうでもいい?
理由とかわからなくても困ることなんてないし、そんなに必死に思い出す必要もないと思う。

ここに来たのも、先生に連れてこられたからだし。

ですが、そのまま放置してしまえば、また同じことを繰り返してしまうのかも知れないのですよ?
それで誰が困るってわけでもないんじゃないかな。この街の商品なんてほとんどが廃棄されるわけだし。

それに、盗まれるのが嫌なら、監視カメラとかつければいいわけだし。

この街にはどこにも監視カメラは設置されてはいない。欲望のない呪われ人による万引きなど想定されてはないないし、犯罪そのものがほとんど起こらないからだ。


商品が盗まれたとしても、それで問題になるわけでもない。この街に運ばれた品物の数々がどうなろうと、外の人間は知ったことではないからだ。

一度こちらに運び込まれたものは、一切返還されることはない。こちらで消費されなかったものは、すべてこちらで処分をすることになる。

ここは呪われた土地。そんなところに一度でも置かれた商品を引き取るところなど、どこにもありはしないのだ。

お店に迷惑をかけたなぁ、とか反省はしないんだ。
ぼくも呪われ人だから、そんな感情はとくにはないけど。
店の方も謝って欲しいとか思わないだろうな。

それで業績が変わるわけでもないし、その会社の従業員であるなんて意識もないわけだからな。

確かに、市場経済から外れたこの街ではお店への損害、というようなことにはならないのかもしれません。

問題はシンジさんがなぜそのような行為に走ったのかということです。

この点を明らかにすることは、絶望青春クラブを設立した意義にそうものであると思います。

じやあ、調査をするのか。
もちろんです。
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登場人物紹介

高橋遥人


物語の主人公

絶望の街の高校生

アリシア


転校生

バチカンからの使者


橘美緒


遥人の友人


杉田梨香


絶望青春クラブの最初の相談者

死にたがり

南明里


杉田莉緒の友人

何やら怪しい雰囲気

朝倉瞳


遥人の担任

瀬川透


遥人のクラスメイト

杉田直樹


梨香の弟。

大森梓


兄の自殺の真相を確かめてほしいという依頼人。

西村彩夏


自殺をした梓の兄のパートナー。

神城圭


総合病院の医者。

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