休日の誘い

文字数 1,706文字

この街には遊べるようなところはないし、住人に遊びたいという願望もない。

休日とはいっても、街は静かなもの。外を出歩いている人は少ない。

遥人も何もしないまま、昼近くになっても部屋のベットに横たわっていた。


娯楽がなければ、趣味もない。誰もが同じような毎日を過ごしている。この街には受験も就職活動もない。高校を卒業すればそこから先のことは大人が決め、子供はそれに従う義務がある。努力が要求されることはないのだ。


遥人がぼんやりとしていると、ピンポーン、と玄関の呼び出し音が鳴る。

起き上がって玄関に向かうと、そこにいたのはアリシアだった。

おはようございます、ハルトさん。
おはようって時間でもないけど、どうしたんだよ。
わたくしの使命をお忘れですか?

この街の実態調査は重要な任務なんですよ。

それは覚えているが。
というわけでハルトさん、休日をどのように過ごしているのか、観察させてください。
観察?
はい。

ハルトさんの日常がどのようなものかを調べ、それを本部へと報告するつもりです。

そんなことを言われても困る。
プライバシーについては、ちゃんと配慮をするつもりです。

報告書にはハルトさんを特定するような情報は含みません。

そういう問題じゃない。

おれに密着しても何も面白いことなんてないんだよ。

わたくしは面白さを求めるつもりはないのですが。
報告できるようなことは何もないってことだ。

ずっと寝てるかちょっと体を傷つけるか、その程度しかないんだよ。

ここでは遊ぶ、という概念もないのですね。
ないな。

そもそも遊ぶということがよくわからない。

テレビを観て情報を得たりすることはないのですか?
一応、観れることは観れるが、結界のせいで画像が荒かったりするんだよ。

放送が途切れることも珍しくない。

なるほど。

通信機器の持ち込みが許されなかったのも納得です。

ちなみに、この街は道路が整備されているものの、車は一切走っていない。

呪殺結界の影響で、車は壊れやすくなると判明しているからだ。


ここでの移動の基本は歩きか自転車。自転車は車より壊れにくいが、そこまで遠出をするような機会はほとんどない。

じゃあ、これでいいだろ。

話せることもないからな。

何か用事があるのですか?
だから何もないって言ってるだろ。
では、一日中部屋にこもっていると。
まあ、そうだな。
それはどうかと思うのですが。
他のやつも同じだよ。

この街ではみんなこうして休みを過ごすんだよ。

わたくしはハルトさんの健康を心配しているのです。
いい加減、気づいたらどうだ?

この街では健康も何もないんだよ。

では、わたくしのお手伝いはお願いできないでしょうか。
なに。
わたくしはまだ、この街のことを詳しく知りません。

実態調査のためには、まずは街を把握することが必要です。

ですから、この街を案内していただきたいのです。

他のやつに頼んでくれよ。
まともな知り合いはハルトさんしかいないのですが。
この街は狭いから、一人でも充分回れると思うぞ。
殺人事件があったと聞いた以上、一人での調査には不安が残ります。

ブドウ畑を荒らすコギツネのようなものがどこに潜んでいるかもわかりませんし。

ここには動物なんて見かけないが。
呪殺結界の影響は動植物にも及ぶ。

この街には自然というものがなく、コンクリートの無機的な建物が並んでいる。

動物も飼われてはいない。結界外の山から迷い込むことはあるが、その場合、すぐに逃げ帰るか、呪いによって死んでしまうかのどちらかだ。

とにかく、他を当たってくれよ。

こんな街にも、どこかには物好きなやつがいるかもしれないしな。

……わかりました、無理強いはしません。

わたくし一人で調査をしたいと思います。

安心してください。

もしわたくしが何者かに殺されてしまっても、ハルトさんを恨むようなことはしません。

罪を憎んで人を憎まず、わたくしはただ、神のもとに旅立つのです。

アリシアは両手を組み合わせ、空を見上げるようにする。


遥人は特に同情するような気持ちにはならなかったが、殺人事件があったのは事実。

外の人間であるアリシアが殺害されれば、責任を追及されるかもしれない。

それはなんとなく、面倒だなと思った。

わかったよ。

付き合えばいいんだろ。

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登場人物紹介

高橋遥人


物語の主人公

絶望の街の高校生

アリシア


転校生

バチカンからの使者


橘美緒


遥人の友人


杉田梨香


絶望青春クラブの最初の相談者

死にたがり

南明里


杉田莉緒の友人

何やら怪しい雰囲気

朝倉瞳


遥人の担任

瀬川透


遥人のクラスメイト

杉田直樹


梨香の弟。

大森梓


兄の自殺の真相を確かめてほしいという依頼人。

西村彩夏


自殺をした梓の兄のパートナー。

神城圭


総合病院の医者。

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