病院での会話

文字数 1,906文字

この街に病院は一つしかない。

とりあえず、建物は学校と同じくらいの規模があるものの、そのほとんどは実質、使われてはいない。

呪われ人が入院することは稀なこと。

治療をしたいという願望もあまり沸かず、病気に気づいたときにはすでに死の直前だったということもある。


医者や看護師の数も限られているが、一応の知識は備えていて、最新とは言えなくても設備も整ってはいる。


外部の人間は呪われ人の苦しみを理解しようとはしないが、その体には一部、興味を持つ人もいる。

呪殺結界の中で長く暮らした場合、人の体にはどのような変化が起こるのかという、医学的な興味だ。

なので、ここで得られた情報は外部に渡されることが多く、そのための施設と言えなくもない。

患者の情報を教えろ、と。
優太を診察したという神城医師が言った。
お願いします。

どうしても必要な情報なのです。

まず受け付けに行き、絶望青春クラブの内容とここに来た目的を伝えると、三人は素直に診察室へと通された。


他に患者らしき人はいなく、待ち合い室の席もにも誰も座ってはいなかった。

あなたのことはもちろん知っている。

外部からこの街を調査しにやってきたとか。

はい。

これも調査の一環とお考えください。

彼が自殺をした動機が病気である、と。

だから、その病名が知りたい、と。

いまの段階では、その可能性が一番高いように思います。
結論が出ているのなら、わざわざわたしから話を聞く必要もないのでは。
まだ、すべての違和感が解消していないので、少しでも多くの情報が欲しいのです。
違和感、とは。
例えば、ユウタさんの様子です。

彼を診察直後に見た同級生は、いつもと変わった様子はなかったと証言しています。

一方で妹さんは、何かに怯えている様子だったと述べています。

そして、亡くなる直前にはとても穏やかな様子だった、とも。

このような話を聞くと、ただ単に病気を苦にした自殺とも言い切れないのではないかと感じてしまうのです。

なるほど。

それはわかった。

わかったが、わたしの口から彼の病名を伝えることは出来ない。

えー、なんでよ。

別に減るもんじゃないでしょう。

しかも、本人は死んでるんだよ。

確かに、わたしが彼の病名を伝えたところで、それを責めるような声は一切上がらない。

妹さんが依頼主なら、なおさらのこと。

しかし、と神城は続けた。
わたしは医者だ。

医者はこの街では特別な立場にあると思っている。

他人との関係が希薄で、血の繋がりにすら意味がない。

そんな中で医者は唯一、呪われ人と向き合える職業だと、わたしは思っている。


痛みに鈍感で、苦しみを喜びと解することも多い呪われ人、そのような彼らが痛みや苦しみを吐露することのできるこの場所は、特別な空間でもある。

わたしはそれを否定したくはない。

だから、答えることはできない、と。
そういうことだ。

彼は確かに亡くなっている。

亡くなっているからこそ、わたしには守るべきことがあるような気がする。

呪われ人なのに、そんな難しいこと考えるんだ。
それだけ、わたしは呪われ人の人としての本質に関わっていると考えてもらいたい。

呪われ人の生死に向き合ってきたからこその、感情かもしれない。

妹がどうしても、知りたいと言っているんだが。
もしも、伝えるべきことなら、きっと彼が伝えているはずだ。

それはわたしの仕事とは違う。

カミシロ医師、それがあなたの信念なのですね。
そう受け取ってもらっても構わない。

信念という言葉がこの街で通じるものかどうかはわからないが。

あなたにそこまでの強い想いがあるというのなら、わたくしはそれを否定することはしたくありません。


わたくしはこの街の人々の心を取り戻したいと考えています。


あなたのその発想はまさしく人らしさを兼ね備えている。

わたくしはそれをなるべく尊重したいと思います。


ただ、別の質問は続けさせてください。

構いませんね?

どうぞ。
病名を告げられたとき、ユウタさんはどのような様子でしたか?

淡々と、事実を受け止めていた。

いたって冷静で、わたしの話をじっくりと聞いていた。

では、あなたはどうだったのですか?
わたしはいつも通り、仕事をこなしただけだ。
では、カミシロ医師、彼が亡くなったときには、どのように感じましたか?
亡くなったとき……。
驚かれましたか、それとも冷静に受け止めたのですか?
……それはまあ、当然かなと思った。
当然、ですか?
それだけの病気であったことは事実だ。

だから、彼の気持ちもわからなくはない。

とくには驚かなかったと。
ええ。
……そうですか。

それでは今日はこの辺で失礼することにします。

お忙しいところ、長い話に付き合っていただき、ありがとうございました。

そうして、三人は病室を後にする。
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登場人物紹介

高橋遥人


物語の主人公

絶望の街の高校生

アリシア


転校生

バチカンからの使者


橘美緒


遥人の友人


杉田梨香


絶望青春クラブの最初の相談者

死にたがり

南明里


杉田莉緒の友人

何やら怪しい雰囲気

朝倉瞳


遥人の担任

瀬川透


遥人のクラスメイト

杉田直樹


梨香の弟。

大森梓


兄の自殺の真相を確かめてほしいという依頼人。

西村彩夏


自殺をした梓の兄のパートナー。

神城圭


総合病院の医者。

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