初めての依頼

文字数 3,671文字

この高校にクラブ活動は存在していない。

どんなに有能でもここからプロになんて行けないし、記録も全く残らない。思い出作りを楽しむ余裕はないし、スポーツなどを快感と感じる概念もない。


そんな場所に初めて誕生した絶望青春クラブ。

このクラブについて、アリシアは次のように説明をしている。

これはみなさんに悩みを与えることを目的としたクラブです。

もっと正確に言うのなら、一緒に悩みを見つけることを目的としています。

みなさんは常に死を意識しているため、細かいことには気づかないようですが、実際には学生らしい悩みを抱えているはずです。

同じ呪われ人と一緒にいるとそれに気づくこともないようですが、わたくしのような外部の人間から指摘を受ければ、きっと本当の自分というものを見つけることができるはずです。

そういうわけでアリシアは転校初日から積極的に動き回り、絶望青春クラブを全校生徒に周知した。印刷物に絶望青春クラブの概念をびっしりと書き込み、各教室に配り歩いた。


そうして活動初日、なぜか遥人は絶望青春クラブの部室の中にいた。

なぜだ。
わたくし一人では色々と大変なので、お手伝いをお願いしますね。
了解した記憶がない。
神の導きのままに。
祈るように手をあげてください。組み合わせるアリシア。
まあ、どうせ暇だし、付き合っても構わないんだが、どうせ誰も来ないと思うぞ。
そうでしょうか。
悩みってのは結局まともな人間の特権だろ。

希望があるからこそ、余計なことを考えてしまう。

ここじゃ通用しない概念なんだよ。

気づいていないだけ、とわたくしは言ったはずです。

わたくしという存在がきっとみなさんに気付きというものを与えることを信じています。

仮に悩みが判明したとしても、おれたちに明るい未来なんて待ってないだろ。
夕べがあるからこそ、朝がやってくるのです。

諦めてはいけません。

神は常に人と共にあるのですから。

この街で神って言われてもな。
わたくしも最初はそうでした。

幼い頃は神の教えとは無縁の場所で生きていたのです。

へえ。
ですからきっと、みなさんも変われるはずです。

人としての感情を取り戻せば聖書の言葉も心に染みるはずだと、わたくしは信じてるいます。

本気でそう思っているのか。
もちろんです。

例え呪われ人でも、心まで死んでいるとは思えません。

そう思い込んでいるだけなのです。

そのとき、部室のドアが開いて、一人の女子生徒が姿を見せた。
あの、ここでいいんですか、絶望青春クラブというのは。
まさか、相談に来たのか?
はい。

わたしは一年の杉田梨香といいます。

杉田梨香?
ハルトさん、どうかされたのですか?
どこかで聞いた名前だと思ったんだよ。
同じ学年なら、それも当然ではないかと思うのですが。
いや、もっと別のところで。
あの、座ってもいいですか。
どうぞ。
この部室は単純な作りとなっている。他の教室から持ってきた二つの机を向かい合うように置き、そこに椅子を設置している。ちなみに遥人は立ったままだ。
ここでは、自分の中にある違和感の正体を教えてくれると聞いたんですけど。
リカさんは他人との違いを理解されてるのですね。
正直、よくわからないんですけど、一応話を聞いてもらいたいなと思って。
些細な気付きから、人の本質に迫れることはよくあります。

その違和感がどのようなものか、教えていただけませんか。

実はわたし。
はい。
よく死にたいなって思うんです。
なに。
これっておかしいですよね。

わたし、変ですよね。

いや、それって普通のことだろ。

おれたちは呪われていて、毎日自分の体を傷つけてるんだから。

そういうのとは違うんです。

軽い気持ちじゃなくて、本気でそう考えてしまうんです。

ナイフを握っているときなんか、このまま心臓に突き刺して見ようとか思うんです。

自殺願望がある、ということか。
そういうことです。
ハルトさん、一つ確認したいのですが。

この街ではそもそも、自殺や殺人というものは悪とされているのですか?

当然だよ。

おれたちは自傷行為をよくするし、頼まれれば他人の肌にもナイフを入れることもある。

でもそれは、呪われている中での習慣とか儀式みたいなものなんだ。

外のやつらは長生きするために薬を飲んだり運動をしたりするだろ。

おれたちはその逆の常識で生きてるってことなんだよ。

この街では自傷行為は日常的に行われているが、それと自殺の間には大きな開きがある。

体を傷つけるのはあくまでも趣味の範囲。呪われた体が欲するストレス発散方みたいなもの。自分や他人の命を奪ってしまえば、さすがに冗談ではすまなくなる。

普段の自傷行為は遊び感覚に過ぎない、ということですね。
そもそも、自殺が肯定されたらこの街の維持すらも難しくなるからな。
遥人たちの一番の役割は、内部から呪殺結界を張ることである。

そのためにはそれなりの人数も必要になる。

では、ハルトさんは自殺を考えたことはないんですね。
まあ、そうだな。

どうせすぐに死ぬわけだから、焦って自殺をする必要もないだろ。

なんと言葉を返したらよいのか……。
別に気にしなくてもいい。

こういう常識でおれたちは生きてきたわけだから。

イエス様は天使を助けず、アブラハムの弟子を助ける、という言葉もあります。

信じる心というものを知れば、きっとハルトさんたちにも光は当たるはずです。

よくわからないんだが。

まあ、とにかく、そんなに驚かないってのも事実ではあるな。

死にそうなことをおれたちは毎日やってるわけだから。

リカさんは、いつ頃からそのように考えるようになったのですか?
いつからかはわかりません。

気づいたらこうなってたって感じで。

これは外の常識で言わせてもらいますが、自殺をしたいという気持ちを素直に受け止めれば、何かショックな出来事があり、それで心が揺れているということになります。

何か思い当たるようなことはありませんか?

ん?

ショックな出来事?

とうしました、ハルトさん?
そのとき、部室のドアが開いて、一人の女子生徒が顔を覗かせた。
おー、梨香、こんなところにいたんだ。

何してんの、さっさと帰ろうよ。

明里ちゃん、どうしてここに。
クラスの子に聞いたに決まってるでしょ。

何、絶望青春クラブだっけ?

こんなところに何の用があんのよ。

ちょっと相談事があって。
相談ならあたしが聞いてあげるよ。

ほら、立った、立った。

明里は梨香の腕をつかんで立ち上がらせると、そのまま部室を出ていった。
なんだったんだ。
ハルトさん、先ほど何かに気づいた様子でしたが。
ああ。

杉田には両親がいないってことを思い出したんだ。

この街の平均寿命は四十歳に満たないと聞きました。

高校生に親がいなくても不思議はないと思うのですが。

確かにそうだよ。

おれも独り暮らしだからな。

ただ、あいつの場合はちょっと事情が違うんだ。

母親が殺されたんだよ。

殺された?
一月ほど前だったかな。

路上で何者かに襲われたらしい。

それは間違いないのですか。
一応、この街にも警察はいるからな。
この街では殺人事件はよく起こるのですか?
いや、少なくともおれが知る限りはないな。

犯罪自体が少ないように思う。

それは意外ですね。

バチカンではこの街は犯罪者の巣窟である、といった噂も聞いたことがあるので。

犯罪ってのは結局、欲望から生まれるものだろ。

おれたちにはそういうものがないんだよ。

夢も希望も、ここには存在していないからな。

何かを願うからこそ、犯罪というものは起こる。

絶望と死が蔓延するこの街では、犯罪はある意味ではもっとも縁遠い概念とも言える。

では、リカさんは母親を殺されたショックで自殺を考えているということでしょうか。
その可能性が一番高いんじゃないか。

ショックを受ける気持ちは想像できないけどな。

自分の両親が死んだとき、遥人は特に何も思わなかった。悲しみも辛さも感じなかった。

年齢に関わらず、死は日常と共にある。家族の死であっても、特別な出来事ではない。

犯人は逮捕されたのですか?
いや、まだだったと思うけど。
では、この街にはまだ、殺人犯が潜んでいる可能性が高いわけですよね。

それをハルトさんは恐ろしいとは思わないのですか?

別に思わないな。

みんなそうじゃないか。

命に関わるような出来事でも、心は揺れ動かないのですね。
まあ、そうだな。

元々死にかけてるわけだから、殺人犯に怯える必要もないだろ。

アリシアはじっとドアを見つめる。
ところで、リカさんを連れていかれた女性がどなたか、ハルトさんはご存知ですか?
わからないな。

杉田とも別のクラスだし。

この街はとても狭いはずですが。
この街には学校は一つずつしかない。

どこからも通いやすいように、中央に小、中、高の校舎が集められている。大学はない。


クラスは一学年に四つ程度。だからアリシアはみんな知り合いではないか、と考えたのだ。

おれたちはあまり他人に興味がないから、同じクラスのやつでも名前を知らないってことも珍しくはないんだ。
呪われ人は孤独を恐れない。

友人を積極的に作ることもない。

一人でいるほうが、むしろ気楽とも言える。

そうですか。
さっきの明里とか言う女子が気になるのか。
……ええ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

高橋遥人


物語の主人公

絶望の街の高校生

アリシア


転校生

バチカンからの使者


橘美緒


遥人の友人


杉田梨香


絶望青春クラブの最初の相談者

死にたがり

南明里


杉田莉緒の友人

何やら怪しい雰囲気

朝倉瞳


遥人の担任

瀬川透


遥人のクラスメイト

杉田直樹


梨香の弟。

大森梓


兄の自殺の真相を確かめてほしいという依頼人。

西村彩夏


自殺をした梓の兄のパートナー。

神城圭


総合病院の医者。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色