一般小説『四人の彼』
ヘッドセット動作確認テスト『その後』から抜粋
関連エピソード
一般小説『四人の彼』ヘルプデスクは『王子様』?
<状況説明>
私は彼とヘッドセット動作確認テストを行ったが彼の通信不良により通話ができない状態だった。
私は迷ったが通話を終了するしかなかった。
私はこれ以上続けることは時間の無駄であると判断し、通話終了ボタンを押した。
思った以上にショックだった。
「『あなたの声が聞きたかったから』って言ったら。」
もちろん言うつもりは無いけど、実際話が出来るかもしれないと期待していたのは事実だ。
私はTeams画面を見つめた。
彼はまだオンライン表示だ。
「雑音しか聞こえなくて、テストにならなかったです。」
「こちらからは声は聞こえていたので大丈夫だと思います。」
あそこは人通りも多く、確かにあの雑音も納得かもしれない。
「私はこんなこともあるかもと思って、会議室予約をしていました。」
しばらく彼は反応しなかった。
画面から目を離した。
今は15時15分。何の時間だったのか。
通知ウィンドウが出た。
彼からだ。
おかしなスタンプが送られてきた。
Teamsには専用の絵文字スタンプがあり、言葉がなくてもスタンプで返信することが出来るのだ。
ジャグリングをする男性??
え?何これ?私は理解不能だった。
(テストがうまくいかなかった暗い雰囲気を和ませようとしているのかな?)
スタンプはメールでは見ることのない彼の感情が表れている。
その代わり、彼がどのように考えているかの思考は見ることが出来ない。
でもスタンプを使っている彼を想像すると、なんだか可愛らしく思えてくすくす笑ってしまった。
「~さんは私の中で『文字』になってしまったので、エレベーターの前で再会したときはとても驚いたんですよ。」
本当はお会いできて嬉しかったとか
また会えるとは思ってもみなかったとか
ずっと会いたかったとか…たくさん候補はあった。
でも彼を驚かしたり、警戒させたくないので意思表示は『このくらい』の程度で良いのだ。
悲しいけれど私の本当の気持ちの10分の1も含まれていない。
それであっても彼は私の返信に号泣しているスタンプで反応した。
スタンプ機能は面白い。
メールでは引き出せない彼の感情がここにはある。
この号泣スタンプに、彼のどのような感情と背景がこめられているのだろうか。
これは文字の彼ではなく、実体の彼が文字ツールを利用した反応だ。
私は少しずつ実感してきた。
ここに、彼がいるんだ。
ずっと会いたかった彼が。
残念ながら通話が出来なかった彼が。
その後、どのような会話の流れで言ったのかは分からない。何かの弾みで
と私は書いたが、彼からはもう返事は返ってこなかった。
参照:一般小説『四人の彼』
ヘルプデスクは『王子様』?
「ピンチのときに助けに来てくれるなんて王子様みたいですね」
今回のチャットで彼が「王子様」というワードそのものを忘れてしまっていることがわかり、私は誰とも『思い出の彼』を共有できなくなった。
思い出自体が消えてしまったかのような感覚に陥り、私は少し悲しくなった。
彼も反応しないし、もう出よう。
私は片付けをして会議室から出ていった。
尽力してくれた先輩のことを考えると、少し胸が痛んだ。