一般小説:『四人の彼』
助けて、ヘルプデスク! Rev3より抜粋
彼は私のオフィスの隣に本拠地を構えているヘルプデスクの一員で、システム関連の何でも屋だ。
必要な時にだけ瞬間的に現れては消える存在だと思っていた。
だから、彼らがどんな素性や経歴を持っているのか、たとえ人が入れ替わったとしても全く気にしていなかった。
そんなある日、私は彼のオフィスにあるPCでソフトウェアの最終チェックをしなければならなくなった。
私が外注で製作したソフトウェアは、ソフトウェア付きのPC一式でメーカーから購入したのだが、
メーカー側の手違いで社内基準を満たさないPCが選定され、納入できないトラブルに発展していた。
納入するには、メーカーからソフトウェアだけを購入し、社内標準PCを新たに買い直して自分でインストールする必要があったのだ。
(社内標準PCにインストールしてもソフトが問題なく動作するのかどうか…)
(仕様書のすべての項目を実行して自分でチェックしなければならない…)
仕様書のすべての項目を実行して自分でチェックする…これがテストプレイだ。
通常はメーカー側で行ってから引き渡しだが、今回は全て自分でやり直すしかないのだ。
テストするPCはまだシステム部署の所管で、場所を移動できなかったため、私は彼らのオフィスにお邪魔してテストプレイをすることになった。
そのとき、私の担当としてサポート役をしたのが『彼』だった。
ヘルプデスクのオフィスは通りかかることはあったが、今回初めて入った。
(冬なのに、この部屋めちゃくちゃ寒い!暖房入ってないの?)
奥には強烈にクーラーが効いているサーバ室も併設してあり年中かなり冷えているようだった。
席数も4席と仮置きの1席で窮屈だし、あまり居心地の良いところではなかった。
(今まで知らなかったけど、彼らは4人チームだったんだ!)
私はそのリーダーと特に私の課と付き合いの長いもう一人の顔は知っていた。
おい、おまえら聞いてんのか!
よーし、これ見ろ。
分かったな、じゃあ解散、行ってこい!
そのときも別のチーム員に熱い『ご指導』を炸裂していた。
(このチームは大変そうだけど指示が的確で意外と良い職場なのかな?)
私は年上が好みで、実はこのリーダーも顔が整っていて長身で細身だったこともあり隠れ推しだった。
(少しの間だけど、リーダーさんのこと、近くで見られるんだ。嬉しい。)
私は不純なことに推しの観察という密かな楽しみが増えることをほんの少し喜んでいた。
てっきりこのリーダーが今回私の担当になると思いこんでいた。
違うと知り、内心少しがっかりした。
彼は私が隣に立っても自分のPC画面から目を離さず横顔しか見えなかった。
そのときはコロナ禍の真っ直中で社内ではマスク着用が義務付けられていたためさらに判別しにくかったが、
周りは若い人だらけになるんだろうなと考え、少しさみしさを覚えた。
年齢を重ねるごとに、年下の男性との関わりが少しずつ苦手になっていた私は、彼に対しても身構えていた。
このたびは申し訳ありません。
ご迷惑おかけしますが、これからしばらくの間、よろしくお願いいたします。
(あれ、この人、見た目のイメージより声が低い…。)
ただ、低すぎない彼の声は心地よかった。
落ち着いた声。
その瞬間、私の心は少し和らいだ。
彼は自分のPC画面を見ながら、さらりとそう言った。
その割には台詞を言い終わると、少し反応を期待したのか私を二度見した。
男性からそんな言葉をかけられるのは何年ぶりだろうか。
(どうしよう、緊張を和らげようとして言ってくれたのだろうけど、何か返さなきゃ。)
私は目をぎゅっとつむって大きな声で言ってしまった。
その瞬間、心臓がズキリと大きく痛んだ。
脈が速くなり、自分の鼓動の音が聞こえた。
顔が熱くなるのを感じた。絶対耳まで赤くなっているはずだ
自分で言っておきながら恥ずかしくなって、思わず自分のノートで顔を覆い隠した。
目を固く閉じて気持ちを落ち着かせようとしたが、肩が震えるのを止められなかった。
もしかしたら彼はその様子に気付いていて、笑いをこらえていたのかもしれない。
オフィスに居た他の人たちも、私の動揺を感じ取っていたに違いない。
(確かに私は彼と小さな用事も含めて何度かやりとりをしたことがある。)
(しかし、彼が『私と話すのは楽しい』と感じたのは、一体どの瞬間からだったのだろう?)
私は彼とのやり取りを振り返り、彼の指す「楽しい記憶」が他にもあるのかどうか気になった。
(逆に私が彼を意識したのは、今回が初めてだったのかもしれない。)
おととい、『黒子ではない』ヘルプデスクに助けてもらったではないか。
一般小説『四人の彼』
ヘルプデスクは『王子様』? Rev2 につづく。