『王子様』の定義
文字数 2,146文字
『王子様』の定義 から抜粋。
2022年頃の私。
私は…人生最大に影響を与え、私を立ち直らせてくれた上司を失って4年が経過していた。
上司はいつも私を気にかけ、自分のことのように喜んだり怒ったりして、全力で私をかばってくれて私を成長させてくれたのだ。
2018年のある日突然異動が決まり、上司は2週間で消えていった。
一緒にいたのは5年程度だったが、私は毎日不安で帰り道に、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
そういう存在を失った上に、2020年には新人が入り、今度は私が『上司役』になったのだ。
私は思っているよりしっかりした人間ではないから、問題は山積みで毎日が自問自答を繰り返していた。
それが特に新人から見るといらいらを助長させたようだった。
でも誰も来ないのだ。
どこも人手が足りない。
そして仕事の内容上、『誰かが私に助けて欲しい』場合の方が多い。
私は心をすり減らして『いいひと』にならざるを得なかった。
うまくいかなくても自己責任。
自分で考えて、自分で行動しなくては。
そんなとき、ついに自分では解決できない状況が起きた。
私が一番恐れていたことだった。
ある日、私が担当する分析装置とデータを一時保管するためのネットワークに異常が発生し、元に戻せなくなってしまった。
その後、装置のメーカーまで巻き込んだ騒ぎに発展した。
どうしよう、どうしよう──
ヘルプデスクの営業時間も終わった。
また「誰も助けに来ない。」
でも自分で自分のことも助けられない。
どうしよう──
私は足がすくんだ。
装置はもう2日も止まっている。
終わったと思った。
ここはハイテク産業のクリーンルームで、関係者以外入れないエリアだから、こんな時間に『知らない誰か』が表れるはずがなかった。
私は『誰か』が今まで電話の先にいた、ヘルプデスクの『彼』であることに気付いた。
お願いしていないのに。
もうサポート時間が終わったのに。
彼は何も言わなかった。
彼は私と交代すると、メーカーに向けて状況の説明を始めた。
私は退避し、彼らの様子を心配そうに見つめていた。
しばらく後、どうやらネットワークの繋ぎ込みがうまくいったらしいという報告を受けた。
様子を見なければいけないが、とりあえず今日のうちに復旧できたのだ。
私は全身の力が抜けた。
メーカーが去った後、私たちは二人残された。
私は彼の右手が震えていることに気が付いた。
私は見ない振りをした。
詳しい理由を課長に報告するためと彼ともう少し話をしたかったから、
立ち去ろうとする彼をなだめてもう一度装置の前のイスに座らせた。
彼は言葉足らずなところもあったが、親切に教えてくれた。
私はようやく報告できるレベルまで理解できたので一安心した。
私は思わず彼に向かって微笑んでしまった。
そしてそのとき口が滑った。
彼の目が一瞬泳いだ気がした。
私はまずいと思った。
彼は少し黙った後、目をつむって
とつぶやいたようだが、あまりよく聞こえなかった。
次に彼が目を開いたとき、私と彼は目が合った。
その瞬間、彼はもう帰らなきゃと言わんばかりに分かりやすく立ち上がって去っていった。
私も後を追うように彼に着いていったが、彼はあっという間に消えていた。
私はベッドの中で今日あったことを振り返っていた。
私はずっと『助けられたかった』のだ。
お願いされていないのに自らリスクを背負ってかけつけるのは現代社会ではありえない行動だ。
無駄だと分かっていてもその場に行き、手を差し伸べる彼のイメージを思い浮かべ、私は「ふふ」と少し笑った。
私は今、穏やかな顔をしている。
いつの間にか寝息をたてて寝入ってしまった。