第22話 待ち合わせはいつも遅刻

文字数 1,846文字

 学生時代から、乱鳳は定時が守れなかった。
 待ち合わせにもいつも、いつも、いつも遅刻。で、遅刻の理由は毎回必ずこの二つのどちらかである。
 道に迷っていた。もしくは、考え事をしていたら知らない間に時間が経っていた。

「いいかげんにしなさいよね、ここは戦場なのよ」

 吾美の目がつり上がる。

「で、横嶋にあなたと貴星が来てるってことは、志吹、妙香は誰が海図読んで操艦してるの?」
「艦長です」

 万事休す。吾美は天を仰いだ。

「あの方向音痴、いまごろとんでもない場所に居るはずよ。例えば、敵のまっただ中とか」




 クシュン、クシュンっ。乱鳳は先ほどから立て続けにくしゃみをしている。

「ずっと風の吹く甲板に立ちずくめで、風邪を引かれましたか?」

 駆迅が厚い上着を持って来て声をかけた。

英砕(えいさい)先生を呼びましょうか」
「止めてくれ、あいつの薬は苦いを通り越して、凶暴な味だからな」

 薬なんかいらない。炙ったフグのひれを入れた温かい酒と、ぬくい寝床さえあれば一瞬で良くなるに決まってる。乱鳳は口をゆがめる。

「で、艦長……申し上げにくいんですが」

 じろりと睨まれて、駆迅は声をすぼめる。聞いてはいけない、とは解っているのだが。

「おい、艦長。いったい今どこなんだ」

 医務室から滅多に出てこない軍医が現れて、駆迅の言いたいことをズバリと聞く。

「さっきから同じところをぐるぐる回ってるように思うんだが、いい加減に横嶋との待ち合わせ場所に行かないといけないんじゃないのか」

 細かい島と島に挟まれて、まるで河になったような海。迷路のように重なり合う小島。突然現れる地図に書いていない隘路(あいろ)
 方向音痴の艦長が舵を持って、目的地に着けるはずがない。
 かといって、この難路。妙香を無事に通すことができるのはおそらく艦長と貴星だけだ。
 クシュン、クシュンっ。再びくしゃみが連続する。
 こりゃ、あいつが盛大に悪口を言っているな。乱鳳は天を仰いだ。
 その時、左前方になにかがキラリと光った。
 山の端ぎりぎりの高さで何かが光っている。
 それは、規則正しい点滅をするランプの光。波州海軍の信号だ。

 ヨコシマ サンカクシマ ムカウ

「横嶋か、脱出できたんだな。と、言うことはあちらが海か」

 横嶋の高い帆柱でギリギリ見える高さ。移動する光はすぐに見えなくなった。残念ながら水面ギリギリに掲げた妙香の光はあちらには見えないだろう。
 多分海に出るころには、横嶋は先に行ってしまっている。
 とりあえず早く追いつかなければ。
 船は隘路を抜けて、光の見えた方向に進む。
 目の前の小島が左右に開き、そこには海への出口が広がっていた。

「やっと、群島を抜け出した」

 小声で安堵のつぶやきを漏らす乱鳳。
 だが、上方から降りた視線が、海面に戻ったその時。
 目の前には、平たい舟がびっしりと浮かんでいた。
 同時に船鐘がけたたましく鳴り始める。

「艦長、あ、あれは……」

 手伝いに甲板に上がってきている駆迅が前方を指さす。
 前方には、豆粒のようになった横嶋を追う30隻ほどの舟が群がっていた。しかし、昨日のような小舟ではない、一つの船に10人は乗れる三角帆が一つ付いた結構大きな中型船である。
 横嶋を同じような櫂式軍艦が一隻追尾しているが、その船とこの中型船の群れはかなり差が開いていた。しかし、櫂式戦艦同士が戦っているときに、この30隻が追いつけば勝敗は一瞬にして決するだろう。

「あいたたた……」駆迅が額に手を当てる。「敵のまっただ中ですよ、艦長」
「馬鹿野郎、これは天佑(てんゆう)だ。まずはこいつらを蹴散らせという、海神のご配慮だ」

 乱鳳は鼻を鳴らした。
 何も言わないが、周りの士官達はみな艦長が予定の航路を間違えたのだとわかっている。

「しばらく横嶋とは会えないな。志吹が覚えてればいいけどな、俺の言った事」

 つぶやくと、乱鳳は舵を大きく右に切った。

「鐘を派手にならせ、照明をみんな付けろ。コイツらを妙香に引きつけながら、全力で逃げるぞ」
「敵船多いですよ、大丈夫ですか?」駆迅が艦長に身体を寄せて小声でつぶやく。
「あ、当ったり前だ」

 一呼吸置いて艦長がうなずく。
 歯に衣着せない物言いの主計官に向かって艦長はチラリと視線を送る。

「おい、俺はこれから操舵に集中する。駆迅、豪宴、これから忙しいぞ。やることはわかってるな」
「もちろんっす」駆迅がうなずく。
「作業の人選には気をつけろ、お前のような面の皮まで厚い奴にしろよ」
「了解っす」言い捨てるように叫ぶと駆迅は甲板長の豪宴とともに指示を始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み