Hollow Knight

文字数 1,649文字

 虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫虫。
 蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。
 虫である。虫は好きだろうか? 自分は苦手だ。と書いて、いや、好きだ、と訂正したくなる。苦手な部分と好きな部分がある。
 苦手と書きたくなるのは、あの黒々とした虫が思い浮かぶからだ。家のどこかに潜むあの虫。あの虫は本当に苦手なんだ。どうしてもダメなんだ。愛せるものなら愛したいけど、いまのところ無理なんだ。羽を広げて飛んできたりしようものなら、悲鳴をあげてしまう。
 昆虫好きで解剖学者の養老孟司さんが、著書のなかで、「大した害をなすわけでもないあんな可愛らしい生物を、なぜそれほど忌み嫌うのか」と疑問を呈していたと記憶している。たしかに、理不尽な嫌悪感だよなあ、なんて首肯したりするのだが、実際に目にすると、やっぱりダメなんだ。理性が吹っ飛んでしまう。これは差別的感情なのだろうか? だとしたらなんとか克服したいけど……。
 あの虫の話が長くなった。でも、あの虫ではない虫なら平気かというと、そうでもない。まあ、バッタとかカマキリとかクワガタとかてんとう虫は平気だけど、そんなのはゲームの難易度でいうならイージーモードだ。ノーマルモード以上の虫はやっぱり苦手だ。
 じゃあどこが好きなんだ? と言われそうだが……。ちょっと矛盾するようだけど、まさにその気持ち悪い部分、ぞっとする部分、なにか機械的残酷さ、無機質さ、非人間的なものを感じさせる部分が好きなのである。身体の形状や生態系など、すべてが興味深く思える。虫の世界には、生命の奥ゆかしい神秘がある。
 そういえば漫画の『ハンターハンター』にも、「虫編」「蟻編」などと呼ばれたりもする「キメラアント編」というパートがあるが、虫(もしくは動物)をモチーフにしたキャラクターたちがおびただしく登場するこのパートは、いつにもまして残酷で凄惨な場面が多く、とてもおぞましいのだが、同時にぞくぞくするような魅力があった。それこそまさに、虫の魅力そのものである。
 ここでようやくゲームの話になるけれど、オーストラリアのインディーゲームスタジオで作られた『Hollow Knight』というゲームにも、虫をモチーフにしたキャラクターたちがおびただしく出てくる。虫の世界をモチーフにした世界観。といっても、ポップでかわいらしくデザインされているので、そんなに気持ち悪くはない。しかし、やはり虫特有の無機質さや残酷さはそこかしこに仄見えるので、そこが魅力でもあり、苦手な人は苦手な部分だと思う。
 かなり歯応えのある、2D横スクロール探索型アクションゲームである。メトロイドヴァニアとも言われる。メトロイドヴァニアとは、「メトロイド」シリーズと「悪魔城ドラキュラ(キャッスルヴァニア)」シリーズを思わせる要素を含むゲームのことである。とはいえ、自分は「悪魔城ドラキュラ」をプレイしたことはないのだけど。
 しかもこのゲーム、「死にゲー」である。「ダークソウル」シリーズからの影響も明らかに感じる。難易度がけっこう高い。雑魚敵に殺され、トラップに殺され、ボスに殺される。たまったもんじゃない。でも根気よく挑戦しつづけると、なんとかクリアできる。そのときの澄みきった、いわく言いがたい達成感は、苦労しないと味わえない。やっぱりゲームっていいなあと思える。
 アクションの面白さだけではなく、ダンジョンの風景も美しい。それぞれのステージに個性と美意識がある。自分が好きなのは「涙の都」というステージだ。いつも雨が降っていて、窓ガラスに水滴が流れている。ピアノを基調としたメランコリックな音楽と相俟って、たまらなく魅惑的な場所だった。いつまでもここにいたいと思えるような。記憶に残るゲームには、記憶に残る空間がつきものである。
 とてもいいゲームだけど、自分が最後までプレイできたのは、ひとえにあの虫が登場しないからだ。あの虫が襲いかかってきたら、いくらゲームとはいえ、やっぱり悲鳴をあげていたかもしれない……。
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