バイオハザード

文字数 2,082文字

 夢や記憶のなかでは、自分を遠くから見ているような視点が頻出する。一人称よりも、三人称の視点のゲームに親しみを感じるのは、夢のリアリティに近いからだろうか。
 監視カメラのような固定された視点。だれかに窃視されているような。実際、プレイヤーが覗き見ている。それどころか操作している。どんな気分なのだろう。神でもない存在から操作されるのは。気分なんてないのか。うらやましい。
 砕かれたパズルを嵌めていくように、断片的な視点から空間を把握するのは、世界からの疎隔感を遊びに組み込んでいるようで、異様な楽しさがあった。全貌は決して見通すことができない。目の前に敵がいるのに見えないという奇妙なズレ。曲り角の先を、操られている人間は見ている。操っている人間には見えていない。
 この冷たい距離感が好きだ。自分が怪物に食いちぎられているのに、他人事のようにそれを眺めている感覚。悪夢をみているときもそんな感覚がある。ホラーゲームは統御された悪夢なので、機械的な冷徹さの味わいがことのほか強い。
 昔は、現実よりもホラーの方が怖かった。今は、ホラーよりも現実の方が怖い。なので、ホラーはあまり怖くない。大好きなのに、ホラーの核心をまったく理解できていないのかもしれない。とはいえ、ホラーは現実を反映している。その現実を考えるなら、やっぱりホラーは怖いのかもしれない。
 角張ったポリゴンで描かれたゾンビは、ゾンビよりも得体がしれない、なにか未知の存在だった。人型のガサガサしたゴミの塊に見える。それが不自然にギクシャクした足どりで近づいてくると、わけのわからない悪夢感が漂ってたまらない。ゾンビは廊下に佇んでいるだけで変な音を出している。あれは何の音なのだろう。衣擦れ? 爛れ? 存在そのものが軋みをあげているみたいで、不気味にかわいかった。ついつい共感してしまう。そのわりに容赦なく殺すけど。まあ最初から死んではいるのだけど。
 倒れてはいるが、明らかに待ち構えているゾンビ。引っ掛かってあげるのが人情というものである。案の定、足に食らいついてくるゾンビ。主人公がゾンビの頭を蹴り飛ばすと、サッカーボールのようにダイナミックに吹き飛んでいく。とはいえ、首のない死体は役目を果たして満足げである。無視された方が哀しそうに見える。
 仕掛けだらけの洋館というのも魅力的だ。現実で再現してほしい。あの洋館に泊まってみたい。生死がかかっている極限状況で、呑気にピアノを練習するバカバカしさ。ベートーヴェンの「月光」を弾くと、戸棚が動くというシュールさ。どんな仕組みになっているのだろう。廊下で「月光」を聴いていたゾンビは、うっかり感動したりしないのか。
 一作目は洋館、二作目は警察署と、忍者屋敷もびっくりな閉鎖空間を極めると、三作目はついに街頭に躍り出た。スタジオ撮影からロケーション撮影へ、というようなヌーヴェルヴァーグ的な推移。今度は街そのものが忍者屋敷と化した。市長の銅像が回転し、裏からバッテリーが出てくるという、いま思い出しても意味のわからない展開。大好きだ。あれも現実で再現してほしい。あの街に引っ越したい。確実に死ぬけど。
 クランクという言葉はこのゲームで覚えた。このシリーズほどクランクが出てくるゲームはないのではないか。四角クランクと六角クランクの違いに注意しよう。三作目ではなんとクランクが折れてしまう。地味な新展開に驚愕した。
 あちこちに残された資料から背景が浮かび上がってくるという語りの手法も、視点の断片性と重なるようで印象深い。空間も物語も、頭のなかで再構成しなければならない。頭のなかで再構成しない物語なんてないのかもしれないけど。空間もそうなのかな。
 ゾンビに変容していく書き手の記述は、その後のシリーズでも何度か試みられているけど、一作目の「かゆい うま」のインパクトを超えるのは難しそうだ。あいつはポーカーでイカサマをやったに違いない、というような導入部もなぜか記憶に残っている。愚痴っぽく陰険な人柄がしのばれる。
 資料以外にも、その辺の目につくものをとりあえず調べてみると、いちいちコメントしてくれる。「なにもない」とか、「ただの銅像だ」とか、些細なコメントも多いけど、反応してくれること自体が面白い。没入感に一役買っているので、ないと寂しい。「これが人間のやることだろうか……」というような、感情のこもったコメントもたまにある。イベントシーンのセリフは少なくても、クリアするまでに多量の文章を読んでいることになるので、なんとなく満足感がある。
 ゲームには足音の鳴るゲームと鳴らないゲームがある、とどこかで読んだ。このゲームはとりわけ足音が耳に残る。こつ、こつ、こつ、という主人公の足音。ずり、ずり、ずり、というゾンビの足音。たっ、たっ、たっ、という犬の足音。耳を澄まさせるのが、ホラーゲームの効能といえる。
 こうやって思い出していると、またあの悪夢に戻りたくなってくる。ゲームの記憶は、故郷(ふるさと)みたいな懐かしさがある。
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