1〜15桁ぽん!

文字数 2,120文字

午前0時。

また16(イチロー)は肉まんをレンチンして、物置小屋へ急いだ。



遅い!

もう腹ペコだぞ。

酒は持ってきたか。

酒はワシの生命線じゃ。

そう、やいやい言うなよ。

家族の目を盗んで、ここにくるだけでも大変なんだぞ。

16はブツブツ言いながらも、221(ジジイ)に肉まんを渡したあと、440(師匠)の頭にある注ぎ口から酒をついだ。
……ブヴォッ!

しょっぱ‼︎

どうしました?
たわけ〜っ‼︎

こんなもん飲めるか!

コラッ16!

何を入れた?

えっ、料理酒だけど。

バカもん!

料理酒は酒として飲めぬよう、塩分を足しとるんだぞ。

だ、だけどさぁ、ウチの父ちゃんは下戸だし、母ちゃんはキッチンドランカーになって禁酒中なんだよ。

そんな家に、酒なんかあるわきゃないだろ。

左様。

お前の母ちゃんとは、よく酒を酌み交わしたもんじゃ。


なのに、医者にちょっと注意されたぐらいで、この仕打ち。

どいつもこいつも、ワシをコケにしやがって!

ぬおお〜っ‼︎

まあ440、落ち着いて。

酒が切れるとこれだからなあ。

こんなアル中ダヌキ、とてもじゃないけど面倒見れないよ。
なにをっ‼︎
ほら440。

多少塩が入ってたって、チビチビやってれば、そのうちキマッてきますって。

フン、でも持病の高血圧がのう。

といいつつ、440は221の言うことを素直にきいて、チビチビやりはじめた。

すると、あっという間に元の穏やかな口調に戻った。

失敬、失敬。

さっきは私の中の悪魔が暴れてしまったようだね。


じゃあ早速だが、本日の円周率を授けるとしようかのう。

よっ、おいでなすった!

16、これからキミの輝かしい未来が開けるのだ。


新時代のマクアケぜよ!

謎の龍馬口調にのまれ、16はサッと背筋を正した。


221がここまで440を持ち上げるのだから、きっと何か驚くべき暗記法でもあるのだろう……。

16は嫌々ながらも、少し期待した。

記念すべき、第1ぽん目はこれじゃ!
440の声に合わせ、221はみかん箱を叩いた。
セイッ!
はっ?
だからセイッ!
さ、さいしいこくに、むむこさん……、えっと何だったっけ?
妻子異国に、婿さんご飯食う、泣く、セイッ!
妻子異国に、婿さんご飯食う、泣く……。
ほう、思ったよりは物覚えがいいのう。
440、どんだけバカと思ってんですか。

ハッハッハ!

・・・・・。
16は怒りをしずめるため、しばらく深呼吸をしてから話し出した。
これじゃ、ただの語呂合わせじゃないか。

もっとすごい覚え方はないのかよ!


それに何、この絵は。

これは私がせっせと描いたんだよ。

キミも知っての通り、私はマンガ家志望だったからね。


どうだい、このいなかっぺ大将の大ちゃん涙!

男の悲哀がよく表現できてるだろ。

知るかよ!


それよりこの状況、まさか実際に起こるわけじゃないよね。

すっごいリアルな感じするけど。

あれま、ご名答〜!

さすが過去の私だ。

これから起こる不幸の気配を感じ取ったようだね。


この通り、妻子は荷物をまとめて出て行ってしまったよ。

……へえ。

異国に行っちゃうっていうのは残念だけど、一応ボクには奥さんと子どもができるんだな。

その部分はちょっと安心したよ。


でもさ、なんで外国に行ったんだ?

もしかして優秀な科学者である奥さんが海外勤務になって、ついでに子どもも留学させたとか?

ハッハッハ。

若いっていいですねえ、440。

うむ、夢があってよろしい!

本当はどうなんだよ。

確か嫁が息子の野球チームのコーチとできて、どっか行っちまったんだよな。
はい、電車で三十分ぐらいのとこで、よろしくやってるみたいですよ。

まったくスケールの小さいヤツらだ。

だからこの語呂合わせ、異国にってとこはさておき、婿さん、つまり221が一人でご飯食って泣いたっていうのは本当じゃ。

のう、リアルな部分があると、覚えやすいじゃろ。

覚えたくないよ!
とはいえ、もうすでに覚えたとしたら大したもんじゃ。

ほれ、言ってみい。

さ、妻子異国に、婿さん、ご飯食う泣く。
おお、エクセレント‼︎
おやおや、とんだ暗記マシーンが現れたもんじゃ!
それほどでも。
単純な16はまた、おだてられて嬉しくなるのだった。
さあ、それを暗記できたら次の段階だ。

その語呂合わせから何も見ずに、円周率の15桁を導き出してみたまえ。

221はそう言うと、16にノートと鉛筆を手渡した。
え、できるかな。


『妻子』が『3・14』で『異国に』が『1592』……、

で『婿さん』が『653』、『ご飯食う泣く』が『58979』。


これでどう?

ファ、ファンタスティック‼︎

オーチン、オーチンハラショー‼︎


ついに神童降臨じゃ。

それから二人は、歯の浮くようなセリフを延々と繰り返し、またもや16をその気にさせてしまうのだった。


この単純さこそが、16に与えられた唯一の取り柄といってもいいだろう。

ちなみに、ワシと221が初めて会ったのは……、

確か、嫁が出て行ったばかりのころじゃったかのう。


家財道具を持ち出されたあやつは、この物置小屋でガラクタをあさっとった。

そこで、干からびたワシを見つけたんじゃな。


「す、すまんが酒を注いでくれんかのう」

ワシがそう言うと、何か通じ合うもんがあったんじゃろう、

あやつはすぐに自販機へと走っていった。


あん時のワンカップの味は、どうしたって忘れられんのう。


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登場人物紹介

山田イチロー

数字表記は16

見た目も中身もパッとしない中学二年生。

未来から来た自分(221)と、徳利のたぬき(440)にそそのかされ、円周率記憶世界一を目指すことになる。

単純でおだてに弱く、感動屋。

ジジイ

数字表記は221

逃げた妻子を見返すため、徳利のたぬき(440)に師事し、円周率を覚え始める。

しかしスタートが遅すぎたため、世界記録更新は夢のまた夢。

そこで捨て身の覚悟でタイムリープを果たし、過去の自分(16)を仕込んで、夢の実現を目論む。

師匠(π田ぽん吉)

数字表記は440

イチロー(16)の母ヨシコ(445)が古道具屋から二束三文でもらい受けた徳利。

100年の時を経て付喪神(つくもがみ)となるも、酒を飲みたいがために徳利のフリをしている。

ダジャレ好きが高じ、円周率の語呂合わせに血道を上げる。

ヨシコ(445)が禁酒したため物置小屋に捨て置かれていたが、ジジイ(221)に発見され、のちに師弟関係を結ぶ。

ニャンコさん

数字表記は253

ただの野良猫だったが、齢50にして尻尾が二股にさけ、猫又となる。

物置小屋をうろついていたところ、徳利のたぬき(440)と出会い、意気投合、酒を酌み交わす仲となる。

独自の暗記理論を持ち、そのノウハウを惜しみなくイチロー(16)に提供する。

説教癖が玉にキズ。

師匠(440)のことを徳さん(1093)と呼ぶのはこの253だけ。

鬼婆

数字表記は0288

飲み屋『028bar(オニバbar)』を切り盛りする鬼女。

営業時は金髪のアフロウィッグをしてツノを隠している。

モグリで骨つぎや薬品製造、その他諸々のグレーな施術をしているため、よく警察のガサに入られるが、その都度うまく逃げ切り、可動式店舗で店を再開させる猛者。

ヨシコ(445)とは気の合うカラオケ仲間。

ヨシコ

数字表記は445

イチロー(16)の母。

無類の酒好きだったが、ある時から徳利(440)の声が聞こえるようになり、医者に相談したところ禁酒させられる。

しかしその後、440が妖怪だとわかって安心し、晴れて飲酒を再開。

028bar通いも復活し、ついにはチーママとして働き出す。

ヨシロー

数字表記は446

イチロー(16)の父。

いじけた性格、底抜けの暗さ、無意識に相手をイラつかせる天才。

師匠(440)からは「かっぱよりもっと凶々しいもんが憑いとる」と指摘されている。

途中から円周率暗記の仲間に入れてもらい、16の良きライバルとなる。

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