幼馴染は女子大生
文字数 3,494文字
「ただいま、戻りまつたー‼」
「レビア、どうだった?」
モニタから顔を上げたリバイアの視線のその先には息を切らしたレビアが立っていた。
「聖書に書かれてあった名前しか手掛かりがなかったので……はぁはぁ
ずいぶん苦労しましたが……はぁはぁ
なんとかターゲットの生存確認と現在状況がわかりまつた」
「やったわね! ご苦労様。まずは、休憩して」
レビアをねぎらうため、リバイアは、オリーブインオリーブを冷蔵庫から取り出し、小さく切り分けたのち、冷えたオリーブ茶とともに差し出した。
そしてレビアが人心地ついたところを見計らい、リバイアは切り出した。
「で、状況はどういう感じ?」
「健康状態は心身ともに良好です。親元を離れて今はアパートで一人暮らしのようでつね。」
「元気そうで何よりね。それで、身分は?」
「大学生でつ」
「いわゆるJDってやつね。それで大学はどこなの?」
「首都圏にあるミッション系大学でつ。アパートから駅まで自転車で通って、駅から徒歩で通学していまつ」
「ミッション系……てことは受洗してクリスチャンになったのかしらね」
「その可能性は高いですが、未確認です。地域では有名な老舗私立大学として知られているので一般の学生も多いでつが、むしろほとんどの学生がクリスチャンではないようでつね」
「でもミッション系大学なんだから、チャペルがキャンパスにあったりとか、キリ教の授業なんかもあるんでしょ?」
「大学要覧を見る限りでは、そのようでつね」
「ふーん、なるほど。もしクリスチャンだとすると、すでに新しい自分用聖書を持っているかもね。で、歳はいくつくらいなの」
「サークル仲間らしき人たちと新歓コンパやってましたから、少なくとも成人以上の年齢かと思いまつ」
「最近の女子はJKの頃からぐびぐびストロングゼロ系缶酎ハイいっちゃう呑兵衛が多いから、コンパで飲んでたって未成年かもしれないわよ」
「そんな飲み方、未成年どころか、もうおっさんじゃないでつか。彼女はそんなに飲むタイプではなさそうでつたよ。中身はソフトドリンクの可能性だってありまつし」
「幼馴染のボーが高校留年3年生なんだから、まあ同じ年くらいか、ちょっと上くらいかしらね。とするとやっぱり二十歳前後ってとこね」
「これが写真です。望遠なので顔が分かりにくいですが、5人並んでいる一番右の後ろ側に写っているのがターゲットです」
「どれどれ、よく見せて」
リバイアは、虹色眼鏡を掛けなおして、興味深そうにのぞき込んだ。
「このセミロングの黒髪色白女がそうなの?」
「多分間違いないと」
「ふーん、まあ見てくれはまあまあね。一見素直そうでかわいい感じだから男受けはしそうだけど、裏で友達の悪口平気で言うタイプよね、きっと」
「こんな写りの悪い望遠写真ワンカットで、よくそこまでプロファイリングできまつね」
「私ね、かわいこぶってる娘、キライなの」
「そういうタイプがお嫌いなのは、長い付き合いでよく分かりまつが、別にターゲットが、それに該当するとは限らないと思いまつが……」
「とにかくね、女子の生態や実態てのは、見かけじゃわからないものよ。基本的に女子は常に擬態していると思って見なきゃ。お互い自分見てればわかるでしょ」
「まあ、女子はイブの末裔ですから……」
「そもそもファッションセンスが絶望的なのよね」
「そうでつか?」
「無難で主張のない服ね。私はあまり好みじゃないわ」
「ターゲットの方も、こんな派手な制服コスプレしている人からそんなこと言われてるとかきっと想定の範囲外でつね」
「人間関係はどう?友達とか彼氏とか」
「まだそこまではわかっていません。まだ居場所だけでつ」
「レビア、甘いわよ。ターゲットの写真のここよく見なさいよ」
「なんでつか?」
「これよこれ」
「これって言われても……」
「このアクセよ」
「これがどうかしましたか?」
「スタージュエリーよ」
「女子に人気のブランドでつね」
「これ、きっと男からのプレゼントね」
「どうしてわかるんでつか?」
「理由その1.ターゲットに似合っていない」
「に、似合っていない?」
「あなたも女子ならわかるでしょ。きっとターゲットもそれを自覚してるはず」
「ではなぜ身に着けているのでつか?」
「だからプレゼントなの。似合っていないんだから自分で買ったアクセの訳がない。贈ってもらった相手への気遣いよ」
「理由その2.ターゲットにとっては比較的高価なアクセ」
「理由2でつか?」
「このグレードなら、半期の間ずっと居酒屋の週末シフトのバイトすれば買えなくもない金額だけど、ターゲットのようなタイプが、そんな苦労してこんなものにお金をかけるはずがないわ。就職した女子大生が社会人2年目の賞与で「自分へのご褒美」とかいうしょうもない理由を持ち出してようやく買うアクセよ」
「なんか、世間の若い女子全般に個人的な恨みでもあるんでつか?」
「理由その3.」
「まだ理由があるんでつか?」
「ブレスレットであること」
「つまり?」
「アクセとしては地味で目立たない、がしかし、身に着けるには割と気を遣い、取り扱いには比較的手間がかかる」
「ということは?」
「プレゼントした男の意図がそこに透けて見える」
「なんと、鋭いでつね!」
「そしてブレスレットは、そもそも宗教用具として用いられた神器の一種。彼女が信仰深いクリスチャンである可能性を把握しているほどの距離にいる」
「ターゲットは、もうその男の虜でつね!」
「ただし!彼女はまだプレゼントの送り主を本気で好きになってはいない!」
「その理由は?」
「それは、オ・ン・ナの勘よ」
「いきなりそこからアバウトになりまつたね。
それにしても、よくまあこの不鮮明なカットからそこまで拡げられまつね。感心しまつ。
写真一枚あれば、どこにいても退屈しませんでつね」
「とにかくまだまだ多くの調査が必要ね。これから彼女を目標JD1として遠隔でマークしてちょうだい。今度は、私が彼女の行動を直接監視するわ」
「ということは、女子大生になりきって彼女の身辺に潜伏するのでつか?」
「そういうこと。今だって女子校生に扮してるんだから、女子大生なんてもっとちょろいわ」
「女子校生と女子大生には小さくても大きな隔たりがありそうでつが……」
「さて、そうとなったら、まずは今時の女子大生の通学コーデ調べなきゃね」
「女子大生は私服でつから、高校生の制服よりも個性が表に出やすいでつ。そして一応ミッション系大学でつから、あまり目立ってはいけないと思いまつ」
「わかってるわよ。最近の流行に乗って目だななくコーデするから大丈夫」
「肩パッドいりまつか?」
「あんたね、それはもう過去の流行りなの」
「でも、この前見たネットTVだと、随分流行っている感じでつたよ
みんなこうしてこうやってキレッキレの動きしてまつた。ほらほら、これでつ」
レビアはリバイアにタブレット端末を差し出して投稿画面を見せた。
「まあ、確かにね......。もう下火って感じもしなくないけど、もしかしたら再流行の前兆かもしれないわね」
「こういう流行ファッションはグルグル回るものでつからね」
「じゃあ、肩パッド入れて、髪型ワンレンにして、顔は眉毛太く濃く描いていった方がいいかしら」
「その方が無難じゃないでつか。今の流行りに乗った方が目立たないと思いまつ
わたつのマブだちにハウスマヌカンがいるんで、彼女にコーデ頼んでおきまつ」
「よろしく頼むわ」
平成の女子大生の通学コーデを極めるため、リバイアのモニタ画面には、すでにボディコンスタイルの衣服と赤文字雑誌が一覧表示されていた。
リバイアは、オリーブ茶を飲みながら、ニマニマとそれらをひとつひとつ吟味しはじめた。そしてリバイアはお気に入り音楽をオートアサインモードに変更した。するとアサイナーのオプティマイズアルゴリズムが、部室のBGMをそれまで流れていた古代ユダヤ民謡から、80-90年代J-POPにジャンルにフォーカスし、「愛は勝つ」「どんなときも」を選曲した。
こうしてリバイアの潜伏作業は着々と備えられていった。