第2話

文字数 10,111文字

二〇一三年十二月二十三日

 バイトを終えてきた。眠い。タバコの匂いと汗でベタベタな体を洗いたいけど、シャワーを浴びると書きたいことも流される気がした。早く書きたくて興奮した手が震えている。
 まず、忘れていないうちにポイントを書いておこう。計画を立てる練習、1年を1つにする、4つに分ける、12個に分ける、24個に分ける、年収2000万円、1〜2万名、時間をもらうのが難しい。選択と集中、正解、正道、真理、道理、真実、哲学、各者の価値観のぶつかり合い、息抜きの手段を模索。良かった、まだ頭の中に鮮明に残っている。

 シャワーを浴びてきてから氷を入れたコップにコーラを注いだ。普通のコーラより氷を入れた方が3倍は旨い。窓に差す夜明けの明かりを浴びて本格的に書き始めた。心地良い。

 幸いに怠けず頑張った毎日を過ごしてきた。しかし、この生き方が合っているのか、生きていくことは元々辛いのかが気になって、昨日バイトの時間にある常連に話しかけてアドバイスを求めた。
 彼は俺がこのバーに務める前からの常連でオールバックにした髪型が素敵な、ただ座っているだけでも優しい雰囲気が溢れ伝わる中年の終わりにいるような人だった。普段、彼はウイスキーをおかわりする時以外には何も話さず思いにふけっていたが、面白い話でマスターと先輩を笑わせている日もあった。
 俺には、「何歳なの、他に何かしてるの、どこの大学?専攻は何なの、やりたいことあるの」など、軽く投げかけてくる。俺は口下手だから常連に生意気なことを言わないか不安で、短く簡単に話したことしかなかった。いや、素直になろう。そういう理由もあったが、優しい問いかけにも、緊張せずにはいられない貫禄が感じられたからでもあった。
 それに、理由は分からないが、彼は俺に好意を持っていた。何回か諭吉が描かれている紙幣をチップで頂いたこともある。多額のチップを貰ったことがなくて戸惑っていた俺に、「時には理由のない好意もありますよ」とマスターが言い、続いて「そういう好意は怖い結末をもたらす時もあるけどな」と常連が答えた。どうしたらいいか2人の顔をみていたらマスターが言った。
「今回はある青年の財布が潤うだけの結末ですよね?」
「そう、頑張っている若者はキラキラと眩しくて、つい小遣いをあげたくなってしまうんだ」
 他にも色々2人の間で会話のキャッチボールが行われ、その紙を受け取った記憶がある。

 さて、本題に入ろう。昨日のバーは1時半頃だったのに珍しくお客さんが2人しかいなかった。中年の常連と自分の不運な人生を熱心にマスターと先輩に説明していたOLさん。折よく話しかけやすい状況だったが、今日の中年常連は孤独を楽しんでいる姿で、他の日にした方がいいかどうかと迷った。お店の迷惑になったらダメだと分かっているけど、考察が積もり始めると苦しすぎるから早く好奇心を満たしたかった。
 20分くらい悩んだ後、「最近寒いですね」と話しかけた。どんな反応がくるのか緊張していたら、彼は「うん……?」と首にくっ付いていた顎を上げて目を凝らした。
 この人こんなに冷たくて鋭い印象だったっけとビビっていたら、彼は無表情から幼児の歩きをみているような顔に変わった。
「寒いね、風邪になったらもう大変な年だから気を付けないと」
「それは言い過ぎじゃないですか」と笑いながら答えたが、返ってきた返事に驚きを隠せなかった。
 50代後半だと思っていたのに73歳?マスターと同年輩だったんだ。
「50代後半だと思っていました」
「嘘をつくな、君は口がうまいな」
「本当ですよ、大手企業の役員なのかと思っていたんです」
 一瞬彼は煩う顔になってすぐ微笑む表情に戻った。
「君、2年次を終えてから休学したと言ってたね?」
「はい」
「俺の腕が鈍ったのか君が見る目があるのか、役員だった、大手企業の」
 ここからは1時間くらい彼の現役時代の話を要約版で聞かせてもらった。その話が本当だとしたら凄い人だ。世界には偉い人が多く、自分はまだガキで情けないのだと知った。アドバイスを求める人として彼を選んだ自分の目が間違っていないと、確認できて嬉しい気持ちもあった。
 この機会を逃すまいと決心して「頑張っていることが正しいか間違っているか判断する基準はどう立てるんですか」と尋ねた。彼は面白いものを見つけた顔になって俺を見詰めた。この内面を読まれている気持ちはどれだけ味わっても慣れない。
「二十代の時には不安があってもやり続けながら確認できるから急ぐ必要はない」
「結果をいつ確認できるか分からない状態で不安になって、自分が決めたこと、自分が立てた計画を守れなくなって、怠けてしまう時にはどうしたらいいですか」
「頑張り屋さんがなにか壁にぶつかったみたいだね」。
 まだそう言われる程の努力はしていないです、どうして分かるんですかという余計な質問は飛ばした。
「目標っていうか、目的はありますが、向いている方向の果てに何があるのか、そして、いつ辿り着けるかの手掛かりもなくて、途中で疲れて怠けるようになるのが怖いです」
「取り敢えず生きていくことが大事だね、次は選択と集中」
 老人の言い方は皆んなこうなのか、質問の答えをちゃんと返してくれないのがもどかしかった。また、人が聞きたがっていることだけを語るベストセラー本と同じことを言う彼に失望して言葉を失っていた。
「期待していた特別な答えじゃなくて失望しましたと、表情に出すくらいなら口に出して反駁でもした方がいいぞ」
 今考えるとお客さんに対しての言い方でなくて生意気だったが、イラっとしてつい攻撃的に言った。
「それって、そんなに頑張らなくても良いと慰めるための言葉だと思います」
「面白いね、何故そう思う?」
「目標というものは自分で決めて実現するべきなのに、それは社会や他人の基準に合わせることになるじゃないですか」
「君が追求している方向性は伝わった、そっちは普遍的ではない分、辛抱強くなければ歩けない残酷な道だぞ、叶えた後にも自己満足と人より遥かに辛い人生を過ごした軌跡しか残らないけど、覚悟はできてるかい?」
 呼び方をどうしたらいいか分からなくて名前を聞いた。
「吉田さんは、そういう日々を過ごしてきたんですか」
「俺はもう引退した老いぼれだ」
 彼が現役の時には辛い人生を送ってきたということなのか、俺についてあまり話していないのに向いている方向がどう分かったのか、頭の中に疑問が頻りに生じて気が気でなかった。そのため、慎重に質問を選ばなければならないと分かっていたのに愚かな選択をした。
「私の方向性って何だと思いますか?」
 5秒間の静寂の後に会話が続いた。
「まだそこまでは到達していないか、ではもっと踠いてみな」
「教えていただけないでしょうか」
「人に教わることではない、これおかわり」
 悔しい気持ちでほぼ吉田さんしか注文しないラフロイグ40年を注いでいたら声が聞こえてきた。
「俺も心が弱くなったな、その残念な顔を見殺しにするのがしんどくてさ、ヒントになる話をしてやるからよく聞け」
 彼はアイラウイスキーがこの話をする時に必要な生命の水でもあるかのように一口飲んだ。
「君には計画を立てる練習が必要に見える、実践に入ったら練習する時間はないから今のうちにした方がいい、正道として計画を立てる基準は4つある、1年をそのまま基準とする方法、1年を4個に分ける方法、1年を12個に分ける方法、1年を24個に分ける方法」
 正道としてと話した意味が気になったが、それは後に聞くことにした。
「1年、3ヶ月、1ヶ月、2週間ですか」
「そう、1年ごとに計画を立てるのは大事な試験に合格することや就職するなどの浅くて簡単な目標に合う、3ヶ月ごとに立てる計画は自分なりの目標を叶えるために一歩を踏み出そうとしている人に合う、1ヶ月ごとに立てた計画を守る人は例えば会社に勤めている人だとしたら最低限年収2000万円以上をもらう人になる、2週間ごとに立てた計画を守る人は1ヶ月ごとの人1〜2万名を動かす人になる、だから偉い人に時間をもらうのは難しいという話がある、あ、偉いかどうかは知らんが忙しいのは確かだ」
「どうしてそんなことが言い切れるんですか」
「それは俺に聞くな、それが気になるなら自分でやってみて確認しな」
「無責任な話じゃないですか」
「おい若者、世界を知りたい気持ちは分かるけど、この証明は自分でするものだ、この老いぼれがくれてやれるのはあくまでヒント、実行は君の仕事だ」
「私の質問のヒントになるって、この話を聞いてどうしたら良いか理解できないです」
 彼は溜め息をついて口を開いた。
「自らの意志で地獄へ向かいながらも生き生きしている目が、俺の若い頃を思い出せるから教えてやろう、計画を実行するためにはやりたいことを諦める勇気がいる」
 俺の目標を大袈裟な表現で話してくるのが恥ずかしかったし、話が長いと思ってもうちょっと短くポイントを教えて欲しい気持ちもあったし、黙って次の答えを待っていた。けれども、吉田さんは俺の答えを待っていた。
「それが先ほどの選択と集中ですか」
「そう、強く意志を持って色んなことをしようとするのは良い、だが体力的にも精神的にも時間的にも制限がある、同時にいくつかのことを上手くやるのは熟練者にも難しい」
「それは能力を養ったら、いつかできるってことじゃないですか」
「どうだと思う?」
 なぜ気になっている質問に答えてはくれないのに、繰り返し関係のない当たり前なことばかり話しているのかと不満もあったが、何か意図があると考えて我慢して答えた。
「主にすることを決めてそれに集中して、他にやっていることは捨てるんじゃなくて頑張る程度を調節する練習をしたら、その能力が段々上がっていつかは同時に」と言っている時に気付いた。
 俺の悩みはその程度を調節しながら計画を実行し続けることで解決することが分かった。つまり、大事なことは強弱調節ということ。ただ、疲れて倒れるのが辛くて不安を持ち、他にしんどい理由があると信じて甘えていただけだった。
 しかし、重要なことを決める基準は何だ?強弱を決める基準はどう立てる?やはりこれは自分で考えるしかないか。振り返って考えるのは寝て起きてからにしよう、眠い、早く正確な内容と当時の感情を記録として残そう。
 吉田さんは話す途中で止まった俺を待ってくれた後に微笑んで言った。
「手掛かりを見つけたようだね」
「はい、ありがとうございました」
「最近は昔とは違って良く学んで賢い若者が多い、でも、寧ろそれが問題だ。核心は簡単なのに、わざと複雑に考えて言い訳を逃げ口として作っておく、それは自分を騙すことだ。周りからすればそれが見える、少なくとも年寄りには全部見える、本人だけが知らない」
「はい、そうですね、自分もそうでした」
「一般的な基準で賢いというのはそんなに偉いことでもないし、そんなに良くもない、計算が早いからすぐ目の前の利益だけを取ろうとするし、少しでも自分が損したり無視されたりするのが我慢できなくて怒って否定する」
 確かにそういう傾向があると思って相槌を打った。
「さっきの話の中でちょっと気に掛かる部分があったけど、それについてもこの爺ちゃんと話してみないか」
「ぜひお願いしたいです」
「その前に」
「おかわりしましょうか」
「マティーニをオリーブ多めで」
「シェイクとステアどちらにしましょうか」
「今日はシェイクで、違う、やっぱりステア」
「ジンは何になさいますか」
「あれ、ナンバーテン」
「タンカレー ナンバーテン、かしこまりました」

 グラスとミキシンググラスへ氷を入れて冷やした後に氷を捨てる。新しい氷をミキシンググラスに入れ、オレンジビター1dash、ジン45ml、ドライベルモット15ml、30回ステア。普段マティーニを作るのは面倒でスムーズにできなかったが、この時だけは不思議な感覚だった。身体が適切なスピードでカクテルを作り、忘れている材料があるかどうか気にしなくても自然に思い浮かび、胸の中が涼しくて生きている感覚。前も何回かこの気持ちになったことがある。だけど、場所と時間と何をしていたのかが全部違うけど、共通していることは何だろう。ステアを終えた液体をグラスに注ぎ、ピンにオリーブを3個刺して飾り、レモンピールをふりかけて出来上がり。マティーニを渡したら、「ありがとう、このカクテルの王様に集中したいから、5分ほっといてくれ」と言われた。
 時計をみたらもう4時37分だった。バイト中にお喋りで時間を過ごしたことに気付き、他にバーでやる仕事がないかと周りを点検してみたが、片付けは大分終わっていた。先輩はまだ例のOLさんの話を聞いてあげていた。マスターは目が合うと片目を瞑った。このバーで働くことになって本当に良かった。

 その気持ちになった時の共通点を探してみようとしていた時に話しかけられた。
「さっき、社会や他人が決めた基準に合わせることになると言ったね?」
「はい、そうです」
「定めらた正解があると思う?」
「それが生き方や価値観だったら、あると思います」
 彼は「そっか」と答えてから言葉を選ぶのに没頭している顔になり、1個残っていたオリーブを食べてピンをグラスに置いた。表情と皺から、そして、何気ない仕草から出てくる迫力が、彼の人生が波乱万丈だったと語っていた。優しくしてくれない時には怖い人だと思った。
「俺は本質というものはあっても正解は無いと思うんだ」
「本質が正解じゃないですか」
「それはね、これどう話したらいいか難しいな、本質は真理だと言ったら伝わるかな」
「すみません、どんな違いがあるか理解できないです」
「真理は時代と環境によって変わるもので正解ではない、道理だから変わるしかない」
 俺が昔と現代の労働の違いを考察したことが思い浮かんで何となく分かる気がして他の質問を投げ掛けた。
「では、先ほど話した正道という表現は何ですか」
「正解に近いもの」
「しかし、正解は無いと」
「正道も決められているものじゃない、流れによって、正道を守ろうとしている側の努力と邪道を正道へ引っくり返そうとしている側の努力が戦い合って勝った方が正道になる」
「正道は本質と同じものですか」
「俺はそう思っている」
 話を終えた吉田さんは急いで手を横に振った。
「いやいやいや、これは忘れてくれ。正道と邪道の話、正道は変わらないという意見もあるし、今も甲論乙駁だ」
「はい、分かりました。さっきの続きなんですが、不変の真理がないってことですか」
 この質問に拒否感があるのか彼は腕を組んだ。
「それは対象が何だかによって違うかな」
「例えば何があるんですか」
「数学や科学の理念?いや、これも新しい発見によって変わる場合がある、目標に到達する過程は苦しいということ?これもちょっと足りないな、4次産業革命やニューラルリンクなどの技術で何かに到達するのが難しくなくなるかも」
「水は人間になくてはならないとかはどうですか」
「それも何千年後かだったら、人類が宇宙で生活するために他に何かを開発するかも知れんな」
「何があるんでしょうかね」
「小さなことに拘るな、不変の真理はないが、不変の真実はある」
 その話題については深く分かっていないようで突っ込まないことにした。
「不変の真実、真実とはもう起きたことに対することだから変わらないということですか」
「それは事実だ、真実は進行形であり、君も俺も誰も知らず、後々になってからこそ分かるものだ」
「あの、すみません、全く理解できませんでした」
「いいよ、これは気にしなくていい、屁理屈を並べただけで、へぼな哲学者ぶりを見せたな、今日は話相手がいて楽しかった」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「息抜きの手段を模索するのも努力であり、長い計画を進める時になくてはならないことだから、そんなに焦らないことだな」

 日常が息抜き手段に蚕食された経験で苦しんだから、新しい質問が生まれて尋ねた。
「正しい息抜きは何があるのですか」
「正しい?」
「すみません」
 質問をしてすぐ分かった。
「何より強弱調節ですね」
「そう、でも、今日話したことは全部俺のしろだから正解だと思わない方が良い」
「しろって城のことですか」
「本人の血と汗で建てた価値観という名の城、生きていくことは結局、各々の城がぶつかり合って生き残る側がどちらであるかの争いだ」
「城、吉田さんはどんな城を建ててきたのか聞いても良いですか」
「理由もなく他人を苦しくさせて自分の利益だけをとる城ではない限り、何が正しいか良いか悪いかを判断するのは難儀だ。そして、老人の価値観をそこまで深く受けるな」
「いいえ、本当に有益でした」
「どう捉えるかは君次第、俺はただこう生きてきて自分なりに生き甲斐のある歳月だと感じたから、沢山ぶつかってみて俺が城を良く建てたと考えるから、偶に君みたいな若者にはアドバイスをする訳だ」
 私みたいな人ってどんな人ですかと伺おうとしていたところ、視野の隣からグラスを持った手が現れた。
「そんなにお客様をいじめたらダメですよ、これはサービスです」とマスターが言った。
「別に良い、俺も久しぶりに現役に戻った気持ちだった。これXYZか、もうこんな時間か、トイレに行ってきて帰るから心配すんな」
 お店が閉まる時間だった。マスターと先輩に謝罪したが、今日は滅多にない暇な日だから大丈夫だと返ってきた。
 閉店前の掃除をしていた時に小さな声が聞こえてきた。
「やってきたことに価値があったと認めてもらいたかったのか、今日は喋りすぎたな、これは反省しないと」
 吉田さんの独り言だった。トイレから出る彼にもう一つの質問を投げかけた。
「生きることって幸せか辛いか、どちらだと思いますか?」
「辛い思いが多めでも末路が平穏だったら、振り返って見る時に幸せじゃないかな、もう帰らせてくれ」

 眠くて目の焦点がぼやける。遮光カーテンを買って良かった。

 4時間くらいしか寝られなかったから疲労が取れていない。遮光カーテンのお陰で深く眠れて気持ちは良いけど、日々を重ねていくごとに段々体が重くなっていくのは心配だ。次の休みにはぐっすり寝よう。

 強弱調節を言い訳にしたらいけないが、今日は考察と日記を書くために勉強と運動をサボることにしよう。そうしてもバイトの時間までに書き終えるか分からない。寝る前に吉田さんに教えていただいたことを書いておいて良かった。
 今は健康と節約のためにオートミールとゆで卵を食べながら日記を書いている。今日の目標はあるへぼな哲学者からのアドバイスについて考察すること。始める前から負担感があるけど、やらないといけない。

 選択と集中とは、全てのことを上手くやりたいという気持ちを捨てること、やりたいことを諦める勇気がいること、言わば計画の強弱調節。俺には立てた計画を実行する練習が必要だ。どのくらいの期間を基準にした方が良いか。そして、何を計画として立てたら良いんだろう。自分に大事なことが何かは分かっていて何を主にするかは既に決めている。問題はどうやって強弱調節をしたらいいのかである。これができなくて崩れそうに不安なまま耐えているようだ。
 この状態が表まで滲み出て吉田さんに見抜かれたのかな。昨日までは長く話したこともないのに恐ろしい。自分の価値観が確実にあって計画を実行していきながらもそれを悟らせない人になりたい。
 でも、本質を見抜くようになってからの俺はどんな人として生きていったら良いのだろう。俺という存在を独立している個体として把握したい。だが、ある集団に所属している俺ではなく、一人の個人としての存在を規定することも人と比べた時に成立するのではないかと思う。結局、自分を定義するためには他人と比較しなければならなくなる。
 人間は本当に個人としての価値がないのか。だとしたら、集団を、国を、世界を変える個人の力はどこからくるのだろう。そういう人たちの共通点を考えてみよう。大きい範囲の人間共同体の中で調和を失わないと同時に、自分の堅固な城を建てることから力が出るのではないかと思う。調和を失わないことは共同体の中で自分の役割を持つことになる。どの分野でも構わないが仕事をすることが重要なのだ。堅固な城を建てることは、自ら動いて経験を積む努力をし、その出来事について考察すること。俺の無所属の1年が教えてくれたが、この二つを両立するだけでも猫の手を借りたくなる位に難しい。まあ、俺が愚かな怠け者だからかも知れないけど。
 いつまでもバイトをする訳ではないから、進路と関係があるもう一つの素養を養って加えないといけない。現在の俺に職業を何にするか決めることは無理だ。今できることから考えよう。学部の勉強、英語の勉強、社会で使える技術、就職の準備になる資格試験。考えるだけでも全部やりたい気持ちになるけど、一つ一つをちゃんとやるのも難しいと今では分かっている。専攻の勉強は復学してからにしても良いと思う。流石に英語の勉強が一番か。おや?今までも本質を貫くこと、運動、英語の勉強、バイトが計画だったけど、原点に戻ったのではないか。ここまで来たのが時間の無駄遣いだったのか冷静に判断してみよう。違う、単に頑張って生きていくことではなくて確実な方向性が分かった。
 ここからはどう強弱調節したら良いかについて考えよう。まず、運動の頻度を減らそう。英語の勉強は基礎が大事だという考えに縛られて初めからひたすら続けるのではなく、試験を一つ決めてどの程度の点数を取るかの目標を立てよう。この方向を維持するのが辛くて、やっている途中で心が揺れたり考察と日記をやめたりしてきたが、やはりここに戻ってしまう。俺には何故この証明できないことに拘る渇望があるのだろう。神様に問えるなら理由を教えていただきたい。
 吉田さんは俺に「自らの意志で地獄へ向かう」と言ったが、こう言われてもその果てに地獄があるのかどうか確認してみますとつい心で言い返してしまう。地獄だとしたら死ぬだけなのだ、やってみよう。苦しみを噛みながらいつも忙しく生きていくしかないか。

 息抜きの手段を模索することも努力である。最近は確かにそれを実感している。運動は健康管理とストレス発散が目的だった。筋肉をつけてカッコよくなりたい気持ちも正直ある。しかし、定期的に運動をしたら、逆にそれがストレスになる日がある。日によって自分に合う息抜きがある感じ。日々が忙しいから新しい手段の模索は時間をかけてゆっくりしよう。俺が楽しめるものは音楽、映画、読書、運動、ファッション、漫画。当日の調子に合わせて選ぶ練習をしてみよう。

 辛いことが多めであっても最後が平穏な人生は幸せなのだろうか?俺は人生が幸せであるべきではないと考える。幸せな人生になろうという考えはメディアが作って広げた固定観念であるのだ。人間の本性が幸せな状態を求めているのは合っているが、真の幸せな人生が存在するとは思えない。その長続きしない幸せな状態が幸せな人生だとしても問題がある。メディアが幸せな状態になるための努力や条件などに相応しくない過程をそれらしく見せるから、幸せな状態と楽で刺激的な状態を混同している人が多い。幸せのような無形のものをある媒体で表現するのは難しく、同時に大衆性と面白さも両立しようとするから生じる飛躍であると知っているが、余りと言えば余りだ。だが、俺もいったい何を生き甲斐として歩んで行ったら良いのか分からない。どうしたら良いのだろう。

 最後に正道と邪道のこと。正道は真面目に努力していくことだと見做していいと思う。邪道はどう表現したらいんだろう。多少は他人に被害を与えるとしても効率的で早い道を探していくことだと見做したらいいかな。そうだとしたら、ある側面では正道より邪道が多くの人に良い結果をもたらす場合もある。その時は邪道は正道になり、正道は邪道になるということか。どうしても避けられない犠牲でない限り、他人に被害を与えること自体は正当化してはいけないから、邪道は常に正道になれないのではないか。いや、多くの人に良い結果をもたらすためであっても、他人に被害を与えることは正当化できない。良いことは良いこと、悪いことは悪いこと、完全に別の領域だ。
 ああ、分からない、これは保留しよう。

 今日の日記は急に何処からか脳が様々な情報を受信しているような気持ちになった状態で書いた。一気に浮かんでくる莫大な考えを出力できなくて頭が痛く、鉛筆を握った手が震え、ここまで書くのに体力と精神力を尽くした。
 もうバイトに行く時間だ。明日は先輩と約束した日。望んでいた考察ができることと新しい経験を積めることは感謝すべきではあるが、体調が優れないことや未知の領域への心配で行きたくない気持ちなどがあり、正直辛い。自分で選択したことだから耐えよう。
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