we  love  you

文字数 3,135文字

7TH

    
 寒いな、今日はどうにも冷え込みやがる。病院をこの間、出たばっかで体弱いんだから天気よ、容赦してくれよ。
 それにしてもいつものように決まって日曜の朝ってのは通りには誰もいないね。ドでかい台風の後にすっ飛ばされたみたいにガランとしてる。ときたま車がシャーって走り去るぐらいで、とにかく静かだな。来たるべき正月の街中みたいだ。
 冬の冷たい、どっか張り詰めた空気ってのは、空気の分子の活動が鈍くなってるから音が伝わりにくいんだ。たぶんな。音ってのは、だって空気の振動だろ。冬の音は夏の音に比べてある周波数がカットされてるように聞こえて、落ち着いてて、とても俺には聞きやすく聞こえる。軽い雑音が消されてなくなってるように聞こえないか?まぁひとっこひとり通りに歩いてないってのも理由にあるけどね。とにかく冬っていうのは音がよく響く。こうして通りを歩いてたってその足音が響きわたるだろ。カッツン、カツ、カッツン、カツ、カッツン、カツ。俺の足音がビルの間をその存在をかき消される事無く、ばっちり響き渡る。
 生まれたときからの癖のようにバカみたいに口をポカリと開けて頭上を見上げるとビルの間に曇り空が広がってる。いやはや寒空だな。曇り空を半年も見てりゃあ、五歳にならない坊主だって、その表情の何たるかが解ってくる。
 俺は一人興味無いように道路を見渡す。車なんてたまにしか走らなくて、信号機だけが同じ色を照らしてズラっと遠くまで並んでいる。冬の朝の突き刺すような空気には何にも走ってない。この時点で意味無くだだ広い道路と意味を失ったたくさんの信号機がよく似合う。すっきりしちまった。真直ぐどこまでも続いているこの広い淋しい通りを肩を踊らせ足取り重く、歩こうか。
 そこでビルの谷間に小さな花屋さん。足元に無造作に並ぶ冬枯れの捨てられるだろう運命の鉢植えと対照的に表に刺々しいが柔らかく円を描く深い緑と兎の目みたいなささやかな赤い実の着いたリースが寒々しくも、それでも威張りくさって飾ってあった。
 「あー今日はクリスマスか。」
 思わず独り言。退院して一週間も経ってないのに酒屋から電話があった。来週の日曜日は忙しくなるから出てくれって。腕は大丈夫だが、脚の方がまだうまく動かないって断ろうとしたのだが、年末だから人はたくさんいるとのことで、いつのまにか軽いものの配達を俺がやることになっていた。付け髭着けてにこやかに青筋立ててシャンパンでも配れというのか?まぁ、なーに、とにかく俺はもう終わったから後は考えるまい。
 こんな寒い朝に通りに独りぼっち。人気の無いオフィス街のビルに囲まれて、いくら楽しげに両手を広げようと俺は核戦争後の最後にこの地上に残った人のような気持ちになった。猛然と突き進むことに取りつかれて、あれだけ勝手をやらかしてたんだからしょうがない。突き進めば、突き抜ければこんな結果になることは承知だったろ。酷いもんさ。悲しみの雨ってのは、冷たいよな。・・・あれ、傘にあたるポタポタの感覚が減ってきた。傘なんて投げ捨てて、手のひら並べて上を見上げると、あれだけ欝陶しく意地悪に撫でるくらいに降り続いてた細かな雨が空にスーって、ゆっくりと吸い込まれていくように退いていったぞ。なんだ?とうとうこの世の終わりか?空を見上げた。灰色の中にゆっくりと始めは一つ二つ、そのうち数をジワッと増やして、空全体を数を増やし支配していくように何かがゆっくりと静かに踊るようにフワっと落ちてきた。真っ白で小さな固まり。始めの一つが手の平に落ちると俺の体温でゆっくりと溶けていった。後から後からある時期が来たレミングスのように少しずつ数を増して何の断りもなく俺の手のひらでそいつらは俺の体温を奪い、溶けていった。雪だ。雨が退いて、替わりに雪が降りだした。
 「あーめが夜更けすぎに、雪へと変わるだろーう、ああ、サイレントナイト・・」
 今日はクリスマスだもんな。夜更けすぎでなくて朝早くに雨が雪に代わった。白い点が空を覆い尽くすのを見てたら、不思議とガキの頃の楽しい思い出。押入の中でその日の為だけにに眠っていたクリスマスツリーを二、三日前から埃塗れの愛らしい箱の寝床から叩き起こして、年に一度のウキウキするきらきらした飾り付け、そう、この通りにずらり並んだ信号機が出鱈目に点滅するような気分のいい電飾、兄貴とふざけ合うためにどっかの誰かが精根こめて量産した金銀に光り輝くヒラヒラ、フワフワしたモール。ツリーの天辺には光り輝く銀の星。母さんは昼には買物済まして、ケーキは俺達チビには手の届かない棚の上。どたどた走り回ってると鶏足の焼いたいい匂いが家中に満ち足りる。宴もたけなわ、親父はとぼけた三角帽被って、この日ばかりはにこやかに両手に玩具屋からの収穫品を抱えて「ただいま」の替わりにパパ気取って「メリークリスマス。」正直、楽しかったな。
 クリスマスってのは、やっぱりアメリカンファミリーのためだけにあるんじゃなくて、誰にとっても特別なんだ。染みて湧き出た楽しい思いを小雪舞い散る寒空の下独り占めできなくて、浮かれて唄でも歌おうか。「ジングルベール、ジングルベール」、「きーいよーし、こーの夜。」から「らーす、クーリスマ」まで、ありとあらゆるスクリスマスソングをFMラジオの特番よろしくいろいろ思い出す。なにがいいかな?ってあれ?なんだ?あそこだけなんだか明るくなってる!
 遠くに見えるビルの隙間から斜めに光が差し込んでいた。やさしいスポットライトが当たるようにそこだけ静かに明るく見える。工事現場の現場を照らすクレーンに付いたでっかい電球の光にしては強いよな。それに電気の光にしてはやさしい光だ。あの金色をぼんやりさせた光は、まさか!
 黄金の光の筋が差し込んでくる方向の(すぐに解った、間違いない!東だ!)空に頭を上げた。俺は空を仰ぎ見たら、ちょうど光がビルの谷間から俺のいる所まで差し込んできた。身動きできなくて立ち止まる。黄金色の柔らかい朝の光はあんまり眩しくて目を開けられそうに無かったが、ここで眼を瞑るわけにはいかない。光の当たる顔がじんわりと暖かくなった。こんなに暖かい熱があっただろうか?太陽が直接顔を覗かせてたわけではなかったが、厚い灰色の雲の隙間に、ドでかい黄金色がかったヨーロッパの中世の天国の絵に出てくるような入道雲の間のほんの小さな窓のから青い空が見えたのだ。まるで別世界だ。紛れもない天国が見えたんだ!俺は何も考えられず口をポカンと開けたままだった。俺じゃなくても、この空を見れば、この血が巡ってることをはっきりと解らせる暖かさを感じたら、誰だって口をポカンと開けるしかないだろ。もしくは当然のように跪いて手を合わせて祈るんだ。間違いない。
 何となく朝になってもちらほらと雪は今だに降り続いてるし、この長雨だっていつまで経っても止まらないだろう。あの大きく見える小さな隙間から見える広い空だってそのうち厚い雲の中に埋もれていくように隠れていくんだろう。しかたないじゃないか。だが、それでいいだよ。そんなもんじゃないか!
 「あーん、・うぃー、らーびゅー、そ、かもん、かもん、かもん、あーん、・うぃー、らーびゅー。」
 俺は今にも閉じていきそうな青い空を見ながらクリスマスソング選びのついでに出てきたメンズ・ウェアの「WE LOVE YOU 」って曲を思い出していた。結局の話、イカレたことに、とんでもないのだが、そう俺等はあんたらを心底真面目に、馬鹿げたぐらいに誠実に愛している。どうしたことか、ひねくれた俺でも、これは素直に認めないわけにはいけないだろ。間違いないな。
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