第1章 第18話
文字数 1,860文字
少年の動きが停止し顔が引き攣る。
俺は少年の顔をまっすぐに見つめ、ゆっくりと深呼吸をする。
少年は眼を見開き口をパクパクさせて、掠れた声で何か言うと、頭をペコペコ何度も下げて勝手口からヨロヨロと出て行った。
「ぶははー 滅茶苦茶ビビってるよアイツ、おもしれー」
「言うな」
「修羅場じゃん修羅場、アイツ逃げ出したなこれ。夜逃げや夜逃げ、ぎゃは」
「言うなっ」
「娘誑かした奴出てこいー ひーすみません、まだ先っちょだけですうー 許して貰えるなら奥ま… ブギャッ」
ジョッキの中身、即ち飲みかけのビールを彼女の顔面にぶっかけていた。
遺伝子の神様に問う。
邪悪な性が隔世遺伝しなかった理由は何なのでしょう。腐り爛れたこの女の血が入ったあの少年は、どうして俺を感動させ尊敬させる程の品格、人格、行動力を備えて持っているのでしょうか…?
この女の孫? イカれたクソガキ? 葵の彼氏? 殺す! おいおい待て待て。人命救助、冷静沈着、清廉潔白、明朗性大…
こんなことが実際にあるのだろうか。こんな穢れた社会の汚物のような女の遺伝子を持つ少年が、あれ程までに高貴な人間性、社会性を持ち、地球よりも重いと言われている草臥れたオッサンの尊い命を救ってしまうとは。
きっとこれまでに数十名は木場の海に沈めているであろう邪悪な女の孫が、ただの通りすがりのどうでもいい中年男を蘇生させるとは。
子は、いや孫もだろうけど、親の人間性を見て育つ。親の作った環境の中で育まれていく。必然、高い人間性の親の下では高い人間性を持った子供が育つ。逆もまた然り。
すると、だ。
この神童を育てたこのクソ女は、実は……?
大混乱中の俺の目の前に、ゾクッとするほど透き通った目がある。
「で。どーすんだよ?」
「な、何をだよ?」
「翔とお前の娘、何つったっけ、アオジル?」
「葵」
「それな。で?」
「…許したくない… だが…」
「……」
「葵には勿体無い…」
「へ?」
「分かるかよそんなの。娘にちょっかい出している何度でもぶっ飛ばしたい奴が… 俺を苦しみから解放してくれるほどの神の様な男なんだぞ!」
「お前の苦しみ?」
「ああ。俺は身体が動かなかったんだよ。目の前の倒れている爺さんを助けるどころか、一歩も動けなかったんだよ」
「…」
「ああ。里子が… 妻が死んでからこの三年間、オレは一歩も進めなかった。足を前に運ぶことができなかった」
「…」
「仕事にやる気をなくし… 家庭を顧みることもできず… 何の希望も持てず… くだらない一日が過ぎていくのをただ茫然としていることしかできなかったんだ」
「…」
「だけど、あの子がオレを動かした。あの子の尊く熱い心が、見ず知らずのオッサンを絶対に助けてやると言う情熱が、俺の凍り付いた心を溶かしてくれたんだよ!」
クイーンが驚くほどの暖かい笑顔で、
「そっか…」
と呟く。
「オレは動いた。動けた。歩けた。前に、一歩…」
「そーだな。人助けたもんな。」
俺の肩に手をそっと乗せる。その掌から、途轍もなく暖かく優しい力が注がれる。
「あの子がオレを… 歩かせてくれた… 名前なんだっけ?」
「翔。いい名前だろ?」
「ああ。よく出来た… 孫だ。いつか…」
「あ、あのー、僕たちまだキス……」
いつの間にか着替えを終えてクイーンの孫、葵の彼氏、そして俺を救ってくれた翔と呼ばれる少年が、俺らの後ろに立ち竦んでいた。
「ウッセー」「黙れっ」
何故か非常に腹立たしくなり、思わず怒鳴ってしまった。
「姐さんとキング、被ったー ぶはは」
白豚が腹を抱えて大笑いしている。失礼な豚だ。いつか豚骨ラーメンの出汁にしてくれる。
「いやー翔、お前空気読めないなー、折角コイツの… まいっか。で、キング?」
クイーンが翔に抱きつきながら俺に問う。
翔という少年の眼を見る。
怯えた色は消え、駅前で見た決然とした透き通った色だ。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも実直な澄んだ目だ。これ程キレイな目を見るのは久しぶり… でもないか。すぐ隣に…
ふふ、やっぱり遺伝子、正しい。正しい? あれ? ま、それは置いといて…
「葵と、付き合ってるんだって?」
「ハイ。お付き合い、させていただいてます」
真っ直ぐな目。この子はちょっと頑固なところがあるかもな。
「そうか」
「はい」
その目から溢れ出る知性と誠実さに、思わず顔が綻んでしまう。
「たのむ。」
透き通った色が暖かい色を帯び始める
「はい!」
頭から水を掛けられた気がしたら、キンキンに冷えたビールを掛けられていた。
このクソババア……
俺は少年の顔をまっすぐに見つめ、ゆっくりと深呼吸をする。
少年は眼を見開き口をパクパクさせて、掠れた声で何か言うと、頭をペコペコ何度も下げて勝手口からヨロヨロと出て行った。
「ぶははー 滅茶苦茶ビビってるよアイツ、おもしれー」
「言うな」
「修羅場じゃん修羅場、アイツ逃げ出したなこれ。夜逃げや夜逃げ、ぎゃは」
「言うなっ」
「娘誑かした奴出てこいー ひーすみません、まだ先っちょだけですうー 許して貰えるなら奥ま… ブギャッ」
ジョッキの中身、即ち飲みかけのビールを彼女の顔面にぶっかけていた。
遺伝子の神様に問う。
邪悪な性が隔世遺伝しなかった理由は何なのでしょう。腐り爛れたこの女の血が入ったあの少年は、どうして俺を感動させ尊敬させる程の品格、人格、行動力を備えて持っているのでしょうか…?
この女の孫? イカれたクソガキ? 葵の彼氏? 殺す! おいおい待て待て。人命救助、冷静沈着、清廉潔白、明朗性大…
こんなことが実際にあるのだろうか。こんな穢れた社会の汚物のような女の遺伝子を持つ少年が、あれ程までに高貴な人間性、社会性を持ち、地球よりも重いと言われている草臥れたオッサンの尊い命を救ってしまうとは。
きっとこれまでに数十名は木場の海に沈めているであろう邪悪な女の孫が、ただの通りすがりのどうでもいい中年男を蘇生させるとは。
子は、いや孫もだろうけど、親の人間性を見て育つ。親の作った環境の中で育まれていく。必然、高い人間性の親の下では高い人間性を持った子供が育つ。逆もまた然り。
すると、だ。
この神童を育てたこのクソ女は、実は……?
大混乱中の俺の目の前に、ゾクッとするほど透き通った目がある。
「で。どーすんだよ?」
「な、何をだよ?」
「翔とお前の娘、何つったっけ、アオジル?」
「葵」
「それな。で?」
「…許したくない… だが…」
「……」
「葵には勿体無い…」
「へ?」
「分かるかよそんなの。娘にちょっかい出している何度でもぶっ飛ばしたい奴が… 俺を苦しみから解放してくれるほどの神の様な男なんだぞ!」
「お前の苦しみ?」
「ああ。俺は身体が動かなかったんだよ。目の前の倒れている爺さんを助けるどころか、一歩も動けなかったんだよ」
「…」
「ああ。里子が… 妻が死んでからこの三年間、オレは一歩も進めなかった。足を前に運ぶことができなかった」
「…」
「仕事にやる気をなくし… 家庭を顧みることもできず… 何の希望も持てず… くだらない一日が過ぎていくのをただ茫然としていることしかできなかったんだ」
「…」
「だけど、あの子がオレを動かした。あの子の尊く熱い心が、見ず知らずのオッサンを絶対に助けてやると言う情熱が、俺の凍り付いた心を溶かしてくれたんだよ!」
クイーンが驚くほどの暖かい笑顔で、
「そっか…」
と呟く。
「オレは動いた。動けた。歩けた。前に、一歩…」
「そーだな。人助けたもんな。」
俺の肩に手をそっと乗せる。その掌から、途轍もなく暖かく優しい力が注がれる。
「あの子がオレを… 歩かせてくれた… 名前なんだっけ?」
「翔。いい名前だろ?」
「ああ。よく出来た… 孫だ。いつか…」
「あ、あのー、僕たちまだキス……」
いつの間にか着替えを終えてクイーンの孫、葵の彼氏、そして俺を救ってくれた翔と呼ばれる少年が、俺らの後ろに立ち竦んでいた。
「ウッセー」「黙れっ」
何故か非常に腹立たしくなり、思わず怒鳴ってしまった。
「姐さんとキング、被ったー ぶはは」
白豚が腹を抱えて大笑いしている。失礼な豚だ。いつか豚骨ラーメンの出汁にしてくれる。
「いやー翔、お前空気読めないなー、折角コイツの… まいっか。で、キング?」
クイーンが翔に抱きつきながら俺に問う。
翔という少年の眼を見る。
怯えた色は消え、駅前で見た決然とした透き通った色だ。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも実直な澄んだ目だ。これ程キレイな目を見るのは久しぶり… でもないか。すぐ隣に…
ふふ、やっぱり遺伝子、正しい。正しい? あれ? ま、それは置いといて…
「葵と、付き合ってるんだって?」
「ハイ。お付き合い、させていただいてます」
真っ直ぐな目。この子はちょっと頑固なところがあるかもな。
「そうか」
「はい」
その目から溢れ出る知性と誠実さに、思わず顔が綻んでしまう。
「たのむ。」
透き通った色が暖かい色を帯び始める
「はい!」
頭から水を掛けられた気がしたら、キンキンに冷えたビールを掛けられていた。
このクソババア……