第3章 第8話
文字数 1,210文字
クイーンが露天風呂に出て行った後、部屋の内風呂に入る。あまりの衝撃の告白に茫然自失状態の俺であった。俺の価値観を覆す女がこの世にいたとは思いもしなかった。
女は相応の対価さえあれば、惚れた男でなくても体を委ねる事ができる。男はその体さえ手に入れられれば対価を渡すことに吝かでない。俺はそう信じ、実行してきた。
周りを見てもそうだった。金や権力を持った老人たちが、それを対価に若く美しい女を側にはびらせ、女たちもそれに満足している姿をいやと言うほど眺めてきた。
まさかこの世に、本当に惚れた相手にしか体を委ねない女がいるなんて…
浮気をしたことのない主婦は相当数いるだろう、いや大半が経験ないのかも知れない。だがそれは夫以外の男から求められた事がないからであろう。
もし本能的に好意を寄せてしまう男からチャンスを与えられ求められた時、それを断れる女はどれだけいるだろうか。俺は今までそんな女は存在しないと確信してきた。
俺の考えが間違っていたのだろうか? この内風呂に入りながら自問自答する。
湯船に浸かり外を見渡す。
鳥の鳴き声が聞こえてくる。
風に揺すられた樹木の擦れ合う音が耳に心地良い。
緑が目にしみる。
仄かに立つ湯気が現実から俺を遠い世界に誘う。
湯の香りとヒノキの香りが俺の自問自答の思考を停止させる。
・・・・・・・・・・
どれ程時間が経ったのか。
常に時間に追われていたこの数十年の痼が、嘘のようにほぐれていく。
軽い。
心が軽い。
・・・・・・・・・・
喉が渇く。湯船から出て、体を拭き、机に置いた腕時計を見て驚く。30分経っていた。時を忘れる、とはこの事なのだろう。
俺は今、心の洗濯をしたのだ。入浴は時間の無駄と決めつけていた自分が過去のものとなる。
何も考えないことがこれ程までに人をリラックスさせるとは。今日の旅行が心底憂鬱だった自分が嘘のようだ。この『無の時』を求めて人は温泉に来るのだろうか?
成る程、俺は今まで人生を少し無駄にしてきたのかも知れない。この歳にしてこの感動を知るとは思わなかった。この気持ちを役員達にどう講釈すれば良いか。いや。彼等は既に知っているはずだ。知らなかったのは俺一人。
だが、これで良い。『無知の知』。己が無知である事を自覚し、その自覚に立って真の知を知れば良い。
喉が渇いたが帰りの運転があるから、冷蔵庫の天然水で喉を潤す。冷たい水が喉を通り過ぎる。途轍もない快感を感じる。もはや官能の世界だ。湯上がりの冷たい水。甘露とはこのことを言うのであったのだ!
ごく当たり前の事にこれ程までの快感がある。そんなことも知らずに過ごして来たのか。まあ、いい。俺は知った。無知である事を知ったのだ。これからだ。
この小さな内風呂でこれ程の経験が出来たのだから、内湯、露天風呂はどれ程俺を感じさせてくれるのか。浴衣の帯をしっかりと結び、期待に打ち震えながら俺は部屋を出た。
女は相応の対価さえあれば、惚れた男でなくても体を委ねる事ができる。男はその体さえ手に入れられれば対価を渡すことに吝かでない。俺はそう信じ、実行してきた。
周りを見てもそうだった。金や権力を持った老人たちが、それを対価に若く美しい女を側にはびらせ、女たちもそれに満足している姿をいやと言うほど眺めてきた。
まさかこの世に、本当に惚れた相手にしか体を委ねない女がいるなんて…
浮気をしたことのない主婦は相当数いるだろう、いや大半が経験ないのかも知れない。だがそれは夫以外の男から求められた事がないからであろう。
もし本能的に好意を寄せてしまう男からチャンスを与えられ求められた時、それを断れる女はどれだけいるだろうか。俺は今までそんな女は存在しないと確信してきた。
俺の考えが間違っていたのだろうか? この内風呂に入りながら自問自答する。
湯船に浸かり外を見渡す。
鳥の鳴き声が聞こえてくる。
風に揺すられた樹木の擦れ合う音が耳に心地良い。
緑が目にしみる。
仄かに立つ湯気が現実から俺を遠い世界に誘う。
湯の香りとヒノキの香りが俺の自問自答の思考を停止させる。
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どれ程時間が経ったのか。
常に時間に追われていたこの数十年の痼が、嘘のようにほぐれていく。
軽い。
心が軽い。
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喉が渇く。湯船から出て、体を拭き、机に置いた腕時計を見て驚く。30分経っていた。時を忘れる、とはこの事なのだろう。
俺は今、心の洗濯をしたのだ。入浴は時間の無駄と決めつけていた自分が過去のものとなる。
何も考えないことがこれ程までに人をリラックスさせるとは。今日の旅行が心底憂鬱だった自分が嘘のようだ。この『無の時』を求めて人は温泉に来るのだろうか?
成る程、俺は今まで人生を少し無駄にしてきたのかも知れない。この歳にしてこの感動を知るとは思わなかった。この気持ちを役員達にどう講釈すれば良いか。いや。彼等は既に知っているはずだ。知らなかったのは俺一人。
だが、これで良い。『無知の知』。己が無知である事を自覚し、その自覚に立って真の知を知れば良い。
喉が渇いたが帰りの運転があるから、冷蔵庫の天然水で喉を潤す。冷たい水が喉を通り過ぎる。途轍もない快感を感じる。もはや官能の世界だ。湯上がりの冷たい水。甘露とはこのことを言うのであったのだ!
ごく当たり前の事にこれ程までの快感がある。そんなことも知らずに過ごして来たのか。まあ、いい。俺は知った。無知である事を知ったのだ。これからだ。
この小さな内風呂でこれ程の経験が出来たのだから、内湯、露天風呂はどれ程俺を感じさせてくれるのか。浴衣の帯をしっかりと結び、期待に打ち震えながら俺は部屋を出た。