第7話

文字数 3,264文字

 ――――ガバッ……!!!

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 瑠香が夢を見て飛び起きる。

「……お姉ちゃん?どうしたの?」

 隣で寝ていた裕二が瑠香の声で目を覚ましたのか、ぼんやりとした声でそう言葉を掛ける。

「……ごめん……大丈夫……」

 瑠香が息を切らしながらそう言葉を綴る。

「お姉ちゃん……?」

 裕二が何を謝っているのかが分からなくてそう声を掛ける。

「ごめんね、起こしちゃって……。大丈夫だからゆっくり寝るといいよ」

 瑠香がそう言って裕二の頭を撫でる。裕二はコクンと頷くと、また目を閉じて眠りについた。

(……あの時の……)

 瑠香がそう心で呟く。

(……ずっと、こんな風に苦しむのかな……)

 瑠香が苦しみながらそう心で呟く。目に涙を溜めて、あの時の事を考える。

(どうして……私……)

 その事を考えれば考えるほど、涙が溢れてくる。

(過去は……消えない……。起こってしまったことは……消せない……)

 瑠香の心がグルグルと渦巻く。


 そして、声を出さないように涙を流し続けた。



「……瑠香ちゃん、一体何を言いたかったかな……?」

 奏がそうぽつりと呟く。

 先日の瑠香が言いかけた話が気になっているが、瑠香の瞳から恐怖が垣間見れた。その瞳を見て、とてつもない苦しみを抱えていることが分かる。

 それがいったい何なのか……?

 考えてみるものの、それは瑠香にしか分からない。古賀から聞いた話で「もしかしたら」と言う考えがあるが、必ずしもそれは絶対ではない。そして、瑠香はこれからどうなっていくのかをすごく不安に感じている……。

「……何とか助けてあげたいな」

 誰もいない特殊捜査室で奏がそう呟く。

 今日は透と紅蓮、槙の三人は元樹の過去について調べるために外に行っている。冴子も今は「ちょっと行ってくる」と言って捜査室を出て行った。奏は本山に急遽呼ばれる可能性があるので、ここで待機することになっていた。

 ――――カタカタカタカタ……。

 待機している間に渡された仕事をパソコンを使って打ち込んでいく。しかし、瑠香の事が気になり、作業が上手く進まない。

 ――――カタカタカタカタ……カタ……。

「はぁ~……」

 ため息が漏れる。

 瑠香の苦しみを癒すことが出来たらと考えてしまう。

「次はいつ面会できるかな……」

 次に瑠香に会える日がいつなのだろうと考えてしまい、与えられた仕事が上手く手に付かない。


 ――――ガチャ。


「はぁ~い♪奏ちゃん、作業は進んでる?」

 冴子がそう言いながら特殊捜査室の扉を開ける。

「あ……お帰りなさい……」

 奏が冴子にそう声を掛ける。

「元気ないわねぇ~。らしくないわよ!」

 冴子がそう言いながら奏の肩を叩く。

「何を思い悩んでいるか知らないけど、いつでも笑顔を心がけなさい♪そんな顔をしていたら気持ちも暗くなるわよ?」

 冴子が優しい声でそう言葉を綴る。

「……そうでうね。……はい!元気出します!」

 奏が「こんなんじゃダメだ」と感じ、笑顔を作ってそう言葉を綴る。

「その意気よ♪」

「はい!!」

「よし!じゃあ、持ってきた書類の整理に取り掛かるわよ!」

 冴子がそう言って、奏はその書類に取り掛かっていった。



「……瑠香の交友関係を洗ったら、この子が浮上した」

 本山が一枚の写真を見せながらそう言葉を発する。

 ここは本山の率いる捜査室だ。その場に杉原だけではなく、透、紅蓮、槙もいる。

「名前は倉林(くらばやし) 明美(あけみ)。瑠香とは小学校からの友人らしい。とりあえず、この子に話を聞いてみようと思う」

 本山がそう言葉を綴る。

「誰がこの子に話を聞きますか?」

 杉原がそう言葉を発する。

 大人がぞろぞろと明美に会いに行ったら、明美は恐縮する恐れがある。誰が話を聞きに行くか悩むが透はまず大丈夫だろうという事になる。それに杉原を付けるかどうかを思案している時だった。

「……奏ちゃんを連れていった方がいいんじゃないんですか?」

 紅蓮がそう口を開く。

「奏ちゃんの方が適任だと思いますよ?」

「……確かにそうかもしれないですね」

 紅蓮の言葉に杉原がそう答える。

「……じゃあ、結城と水無月でこの子に話を聞いてみてくれ」

「分かりました」

 本山の言葉に透がそう返事をした。



「……瑠香ちゃん、大丈夫かな……?」

 明美が自宅の部屋でそう呟く。

 あの事件が起こって以来、瑠香と連絡が取れなくなってしまった。瑠香のスマートフォンにメッセージも送ったが、既読になるものの返事が無い。

「……瑠香ちゃん、今、何処にいるんだろ……」

 そして、スマートフォンに入っている過去の写真を遡り、瑠香と一緒に撮った写真を眺めていく。

「……何があったのかな……?」

 小学生の時に瑠香が転校してきて仲良くなり、中学もよく一緒に過ごした。しかし、中学校を卒業する少し前から瑠香の様子がおかしいことに気付く。それまではよく笑っていたのに、あまり笑わなくなったこと。そして、時々見せる辛そうな表情……。

「……あの時もなんであんなこと言ったんだろう……?」

 明美があの時のことを思い出し、ポツリと呟く。

 あの時――――。


「明美ちゃん、時間はまだ早いしもう少し遊ぼうよ!」

 瑠香がそう言って、そろそろ夕飯の時間だからと言って帰る明美を引き留める。

「でも、瑠香ちゃんのところもそろそろ夕飯の時間でしょう?大丈夫なの?」

 明美がそう答える。

 時間は夕方の六時半を回っていた。明美のところは夕飯の時間が大体決まっており、七時ごろには夕飯になる。それは、瑠香のところもそれくらいなので、いつもならこの時間には家に帰っている。

「せっかく街まで来たんだからもうちょっと遊ぼうよ!大丈夫だよ!ね?ね?」

 明美はその言葉に悩んだものの、あまり来ることのできない場所に遊びに来ているからもう少し遊びたいという気持ちがあったので、その時はもう少し遊んで帰ることにした。

 しばらく遊んで、明美が時計を見ると夜の七時半を過ぎてしまったので慌てて声を上げる。

「瑠香ちゃん!大変!!もう七時半過ぎてる!!帰らないと怒られちゃうよ!!」

「大丈夫だよ!もう少し遊ぼ!!」

 瑠香がそう笑顔で言葉を綴る。

「流石に遅くなっちゃうよ!お母さんに怒られちゃう!!」

 明美がそう言って「帰ろう」と瑠香を促す。

「お願い……もうちょっとだけ……もうちょっとだけ……だか……ら……」

 瑠香がそう言葉を綴りながら涙を流す。

「瑠香ちゃん……?」

 瑠香の様子で家に帰りたくない理由があるのかもしれないと感じるが、それ以上に母親に怒られるのが怖かったので、瑠香を説得して家に帰ってきた。

 そして、次の日。

 明美が学校に行くと、瑠香の表情は暗く闇を湛えているような顔をしていた。

「瑠香ちゃん?!大丈夫?!」

 明美が慌てて瑠香に駆け寄ってそう声を掛ける。

「……うん」

 瑠香が力なく答える。

「やっぱり、遅くまで遊んでて瑠香ちゃんも怒られたの?」

 明美がそう言葉を綴る。

 昨日、明美は家に帰り着くと、母親に物凄い怒られてしまった。「遅い時間まで遊んでいたら危ないでしょう!」と、叱られて当分は街に行くことを禁止されてしまった。

「……まぁ、そんな感じ」

 瑠香がそう答える。

(瑠香ちゃんのお母さんってそんなに怒る人だったっけ??)

 明美が心の中でそう呟く。

 瑠香の母親には何度も会った事があるが、どちらかと言うと穏やかな人でそこまで叱るようなイメージが無かった。


(……今考えれば、あの時帰りたくなかったのは何か大きな理由があったのかも知れなかったな……)

 明美がその頃を思い出しながら写真を眺めていく。

 あの後の次の日、瑠香が学校に来た時、様子がおかしかったのも叱られたのではなく、別の理由だったかもしれない。それを、勝手に夜遅くまで遊んで怒られたと勝手に解釈して、何があったのかを聞かなかった。

(あの時、ちゃんと話を聞いてあげるべきだったな……)

 明美がそう心で呟き、ため息を吐く。

 その時だった。


 ――――コンコンコン……。


「はーい」

 部屋がノックされたので明美が返事をする。

「警察の人が来ているんだけど……」
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