第3話 (番外編・最初は嗤えても最後は哀しい話)韓国映画「ラストプリンセス」
文字数 2,915文字
2021・1・16
今回このエピソードは始めの内は嗤えるが、最後哀しくなる事を最初にお断りしておく。
それでも今日その映画を観た後、どうしても書かざるを得ない気持ちになったのである。
お許しあれ。
さて件の韓国映画は日本統治時代の朝鮮王の息女、徳恵翁主(とくけいおうしゅ/덕혜옹주)、と、言う朝鮮の王女を主人公として描いたフィクションである。
日本王公族として宗武志伯爵(そうたけゆきはくしゃく・対馬藩主の血筋)に嫁いだ。
朝鮮王族では正室が産んだ息女を皇女と呼び、後宮(側室)の産んだ息女を翁主と呼ぶ。
父は高宗(ゴジョン、こうそう、고종)で、
当時の日本王公族としての呼称は、徳寿宮李太王 㷩(とくじゅきゅうりたいおう・き)殿下。
彼女の兄はご存知の方もいらっしゃる事と思うが、大韓帝国最後の皇太子で、李 垠(り ぎん、イ・ウン、朝鮮語: 이은)殿下である。
こちらも日本王公族で正式な呼称は李王世子垠(りおうせいしぎん)殿下。
大韓帝国最後の皇太子で、妻は梨本宮家から嫁いだ方子妃殿下。
戦後は韓国皇太子妃の待遇で、李方子(イ・パンジャ)として生涯を全うした。
また作品にも登場する彼女の甥で、終戦間際に広島で被爆の後に薨去した李鍝(り ぐう、イ・ウ)が居る。
彼もまた日本王公族で、正式な呼称は雲峴宮李公鍝(うんけんきゅうりこうぐう)殿下。
李王家の一族で、父は大韓帝国皇帝高宗の五男李堈。
終戦間際は広島に司令部を置く第ニ総軍の教育参謀であった。
彼は陸大出の俊才で、本土決戦派が多数を占める第ニ総軍の参謀を務めた唯一人の王公族。
と、少しややこしいかも知れないが、主人公と登場人物の実際の関係を簡単に述べた次第。
とは言え上記に記した登場人物が実在していたこと以外は、この映画のストーリーは全くのフィクションである。
良くある反日映画と同様、これもまた現実からは懸け離れた内容であった。
しかし単なる反日映画として捨て置くには余りにも哀しく、最後には憤りをさえ覚える。
しかしそれは日本人として日本を批判する韓国人に対して、と、言うのではなく、障害の有る人に対する献身や障害の有る人への愛の否定、並びに日本人が韓国人を愛する事が犯罪である、と、言わんがばかりの非人間的な歴史歪曲に対して私は憤りを感じたのである。
普通の反日映画ならここ迄は言わない。
日本は当時の朝鮮に対して相当酷いことをしたのだがら、私自身は我々日本人に彼等の反日を批判する権利は無いと思っている。
しかし史実を良く調べもしないで、宗武志がどれだけ徳恵翁主を愛し献身的に看病していたかの事実を端折り、徳恵翁主の先天性知的障害や先天性精神疾患を無かった事にし、恰も日本や宗武志が彼女を精神病になるように追い詰めて、挙げ句監獄のような精神病院に監禁していたかの如き内容はどうしても承服しかねる。
勿論この映画はフィクションである。
冒頭にその旨を告知しているのも確かだ。
に、しても、物には程と言うものがある。
まぁ、とは言え、始めは笑える。
韓国人俳優や韓国人女優の日本語が余りにも訛っていて、芸人さんが良くやる外国人の日本語の訛り方みたいで、凄く笑えるのだ。
唯一1人李方子役の戸田菜穂だけがまともな日本語を喋り、その他の出演者の日本語はもう無茶苦茶である。
登場人物の王公族全員が学習院で学んでいたと言うのにである。
中川家の礼二の方がまともなくらいだ。
中でも徳恵翁主が日本に留学する際に着物を来ているのだが、その着付けが無茶苦茶で且つ髪形が酷過ぎるシーンが圧巻である。
観て戴けば分かるが、爆笑必到だ。
絶対に日本人が着付けたのではない。
と、言うか、実際の徳恵翁主は当時女学生だったのであるから、当時の写真からも徳恵翁主役の女優には袴を着用させるのが妥当。
今となっては謝恩会でしか着用しない袴だが、大正から昭和初期に掛けての女学生に取って袴は必須アイテムだったのだ。
それが袴も着用させずにしかも振り袖ならまだしも、まるで銀座のホステスさんの如く、会社訪問宜しく白の訪問着を着させているのだ。
なのに帯の後ろの結び目だけが振袖用の飾り結びにしてあると言うのは、如何なる了見か。
しかも女学生なら三つ編みにすべき処を、雑に後ろで紐を使って縛っているのだ。
恐らく日本人スタッフがおらず予算の関係か何かで髪形は適当に、またそうとは知らず振袖用の初手から結んである簡易式の何ちゃって帯にしたのだろう。
1人でも日本人スタッフが居たら止めただろうに。
この反日映画の監督はホ・ジノ氏で、彼は朴正煕政権の時代に小中学生時代を過ごした。
つまり李垠や徳恵翁主の帰国を、リアルタイムで見た世代である。
とは言え戦後世代で戦前の日本を知らない。
否、戦後も含め日本に対する知識が全く以て欠落している。
恐らく彼は日本に対して、韓国の教科書で得た以外の知識が無いかのように思う。
韓国内で流布されているように、徳恵翁主の知的障害や精神疾患は後天的なもので日本に連れて行かれたせいでそうなった、と。
日本人或いは宗武志に虐め抜かれてそうなったのだ、と、そう思い込んでいるのだろう。
実際は徳恵翁主の知的障害や精神疾患は先天性のもので、宗武志は献身的に彼女を支えており、戦後爵位を喪失し財政的にも困難で況してや健康保険制度の確立していない時代に、当時国内で唯一精神科の有った松沢病院に妻の徳恵を入院させているのだ。
しかも頻繁に付き添っている。
断じて監禁していたのではない。
それに宗武志は婚姻当初から、徳恵翁主の先天性知的障害や精神疾患の事を理解していた。
それを全部呑み込み当時帝国政府から押し付けられたような婚姻ではあったが、総て享受の上彼女を支えながら結婚生活の日々を送った。
理由は唯1つ。
宗武志が徳恵翁主を愛してしまったからだ。
で、なければ、徳恵との間に子を設けたりするだろうか。
当時の事だ。
避けられず嫌な相手と婚姻したのであれば、外に女を作って外の女に子を産ませれば良い。
しかし宗武志はそんな事はしなかった。
ホ・ジノ氏の映画を観ていると、徳恵翁主の先天性知的障害も精神疾患も存在しないかのように描かれており、その上宗武志が徳恵翁主に献身的なシーンなど一切無いのだ。
言い換えれば彼が映画の中で、健常者の宗武志が障害の有る徳恵翁主を愛す訳が無い、と、障害の有る人への愛を否定し、日本人の宗武志が韓国人の徳恵翁主を愛する事があってはならない、と、言っているに他ならない。
幾ら反日映画を作って日本人を批判しても構わないが、人が人を愛する事の否定と、人が人を愛した事実を捻じ曲げる事だけは、絶対に止めて貰いたい。
ホ・ジノ氏に言いたい。
健常者が障害の有る人を愛してはいけなと誰が決めたのか、また日本人が韓国人を愛してはいけないと誰が決めたのか、と。
故にホ・ジノ氏が謝罪しなければならないのは日本人に対してではない。
謝罪しなければならない相手は、宗武志を含む「愛する人の為に生きる総ての人」に対してである。
今回このエピソードは始めの内は嗤えるが、最後哀しくなる事を最初にお断りしておく。
それでも今日その映画を観た後、どうしても書かざるを得ない気持ちになったのである。
お許しあれ。
さて件の韓国映画は日本統治時代の朝鮮王の息女、徳恵翁主(とくけいおうしゅ/덕혜옹주)、と、言う朝鮮の王女を主人公として描いたフィクションである。
日本王公族として宗武志伯爵(そうたけゆきはくしゃく・対馬藩主の血筋)に嫁いだ。
朝鮮王族では正室が産んだ息女を皇女と呼び、後宮(側室)の産んだ息女を翁主と呼ぶ。
父は高宗(ゴジョン、こうそう、고종)で、
当時の日本王公族としての呼称は、徳寿宮李太王 㷩(とくじゅきゅうりたいおう・き)殿下。
彼女の兄はご存知の方もいらっしゃる事と思うが、大韓帝国最後の皇太子で、李 垠(り ぎん、イ・ウン、朝鮮語: 이은)殿下である。
こちらも日本王公族で正式な呼称は李王世子垠(りおうせいしぎん)殿下。
大韓帝国最後の皇太子で、妻は梨本宮家から嫁いだ方子妃殿下。
戦後は韓国皇太子妃の待遇で、李方子(イ・パンジャ)として生涯を全うした。
また作品にも登場する彼女の甥で、終戦間際に広島で被爆の後に薨去した李鍝(り ぐう、イ・ウ)が居る。
彼もまた日本王公族で、正式な呼称は雲峴宮李公鍝(うんけんきゅうりこうぐう)殿下。
李王家の一族で、父は大韓帝国皇帝高宗の五男李堈。
終戦間際は広島に司令部を置く第ニ総軍の教育参謀であった。
彼は陸大出の俊才で、本土決戦派が多数を占める第ニ総軍の参謀を務めた唯一人の王公族。
と、少しややこしいかも知れないが、主人公と登場人物の実際の関係を簡単に述べた次第。
とは言え上記に記した登場人物が実在していたこと以外は、この映画のストーリーは全くのフィクションである。
良くある反日映画と同様、これもまた現実からは懸け離れた内容であった。
しかし単なる反日映画として捨て置くには余りにも哀しく、最後には憤りをさえ覚える。
しかしそれは日本人として日本を批判する韓国人に対して、と、言うのではなく、障害の有る人に対する献身や障害の有る人への愛の否定、並びに日本人が韓国人を愛する事が犯罪である、と、言わんがばかりの非人間的な歴史歪曲に対して私は憤りを感じたのである。
普通の反日映画ならここ迄は言わない。
日本は当時の朝鮮に対して相当酷いことをしたのだがら、私自身は我々日本人に彼等の反日を批判する権利は無いと思っている。
しかし史実を良く調べもしないで、宗武志がどれだけ徳恵翁主を愛し献身的に看病していたかの事実を端折り、徳恵翁主の先天性知的障害や先天性精神疾患を無かった事にし、恰も日本や宗武志が彼女を精神病になるように追い詰めて、挙げ句監獄のような精神病院に監禁していたかの如き内容はどうしても承服しかねる。
勿論この映画はフィクションである。
冒頭にその旨を告知しているのも確かだ。
に、しても、物には程と言うものがある。
まぁ、とは言え、始めは笑える。
韓国人俳優や韓国人女優の日本語が余りにも訛っていて、芸人さんが良くやる外国人の日本語の訛り方みたいで、凄く笑えるのだ。
唯一1人李方子役の戸田菜穂だけがまともな日本語を喋り、その他の出演者の日本語はもう無茶苦茶である。
登場人物の王公族全員が学習院で学んでいたと言うのにである。
中川家の礼二の方がまともなくらいだ。
中でも徳恵翁主が日本に留学する際に着物を来ているのだが、その着付けが無茶苦茶で且つ髪形が酷過ぎるシーンが圧巻である。
観て戴けば分かるが、爆笑必到だ。
絶対に日本人が着付けたのではない。
と、言うか、実際の徳恵翁主は当時女学生だったのであるから、当時の写真からも徳恵翁主役の女優には袴を着用させるのが妥当。
今となっては謝恩会でしか着用しない袴だが、大正から昭和初期に掛けての女学生に取って袴は必須アイテムだったのだ。
それが袴も着用させずにしかも振り袖ならまだしも、まるで銀座のホステスさんの如く、会社訪問宜しく白の訪問着を着させているのだ。
なのに帯の後ろの結び目だけが振袖用の飾り結びにしてあると言うのは、如何なる了見か。
しかも女学生なら三つ編みにすべき処を、雑に後ろで紐を使って縛っているのだ。
恐らく日本人スタッフがおらず予算の関係か何かで髪形は適当に、またそうとは知らず振袖用の初手から結んである簡易式の何ちゃって帯にしたのだろう。
1人でも日本人スタッフが居たら止めただろうに。
この反日映画の監督はホ・ジノ氏で、彼は朴正煕政権の時代に小中学生時代を過ごした。
つまり李垠や徳恵翁主の帰国を、リアルタイムで見た世代である。
とは言え戦後世代で戦前の日本を知らない。
否、戦後も含め日本に対する知識が全く以て欠落している。
恐らく彼は日本に対して、韓国の教科書で得た以外の知識が無いかのように思う。
韓国内で流布されているように、徳恵翁主の知的障害や精神疾患は後天的なもので日本に連れて行かれたせいでそうなった、と。
日本人或いは宗武志に虐め抜かれてそうなったのだ、と、そう思い込んでいるのだろう。
実際は徳恵翁主の知的障害や精神疾患は先天性のもので、宗武志は献身的に彼女を支えており、戦後爵位を喪失し財政的にも困難で況してや健康保険制度の確立していない時代に、当時国内で唯一精神科の有った松沢病院に妻の徳恵を入院させているのだ。
しかも頻繁に付き添っている。
断じて監禁していたのではない。
それに宗武志は婚姻当初から、徳恵翁主の先天性知的障害や精神疾患の事を理解していた。
それを全部呑み込み当時帝国政府から押し付けられたような婚姻ではあったが、総て享受の上彼女を支えながら結婚生活の日々を送った。
理由は唯1つ。
宗武志が徳恵翁主を愛してしまったからだ。
で、なければ、徳恵との間に子を設けたりするだろうか。
当時の事だ。
避けられず嫌な相手と婚姻したのであれば、外に女を作って外の女に子を産ませれば良い。
しかし宗武志はそんな事はしなかった。
ホ・ジノ氏の映画を観ていると、徳恵翁主の先天性知的障害も精神疾患も存在しないかのように描かれており、その上宗武志が徳恵翁主に献身的なシーンなど一切無いのだ。
言い換えれば彼が映画の中で、健常者の宗武志が障害の有る徳恵翁主を愛す訳が無い、と、障害の有る人への愛を否定し、日本人の宗武志が韓国人の徳恵翁主を愛する事があってはならない、と、言っているに他ならない。
幾ら反日映画を作って日本人を批判しても構わないが、人が人を愛する事の否定と、人が人を愛した事実を捻じ曲げる事だけは、絶対に止めて貰いたい。
ホ・ジノ氏に言いたい。
健常者が障害の有る人を愛してはいけなと誰が決めたのか、また日本人が韓国人を愛してはいけないと誰が決めたのか、と。
故にホ・ジノ氏が謝罪しなければならないのは日本人に対してではない。
謝罪しなければならない相手は、宗武志を含む「愛する人の為に生きる総ての人」に対してである。